リンネvsディボス
かちゃりと扉の開く音がした。
扉の……開く音? まさか。
「いたっ! ニルケ!」
この場にあまり似つかわしくない、少女の声が部屋に響いた。
いつまで経っても、ディボスの死の球は投げられない。不審に思ってシェリルーが目を開けると、あれだけ開かなかった扉が開いている。
そして、そこから一人の少女が姿を現していたのだ。その後ろから、さらに青年と少年が一人ずつ。とても死に神には見えない。死に神が複数で現れるなんて、聞いたこともなかった。
驚いたのは、シェリルーだけではない。ディボスもいきなり扉を開ける不届き者に、あっけにとられている。そのせいか、浮かんでいた力の球は消えてしまった。
少女はニルケと叫んだ。彼の知り合いなのだろうか。こんな所まで来るなんて、彼女もああ見えて魔法使いなのだろうか。
シェリルーの疑問は、同じく疑問に思ったディボスが口にしていた。
「何だ、お前達は」
「あんたなんかに名乗ってやるもんですか。おいぼれ魔性なんか、さっさと隠居しちゃいなさい」
ニルケも魔性に対してぽんぽん言っていたが、この少女はニルケの上を行く。
「お前達は……魔法使いではないな。どうやってここへ来た」
ディボスは怒るより、こいつらは何者だ、という疑問の方が強いらしい。また魔法使いでもない人間がここへ来たことに対して、警戒をしていた。
「歩いて来たのよ。足があるんだから」
少女……リンネの口調は、魔性を相手にしているものとは思えない。普段でも言いたいことはいうのだが、怒るとさらに毒舌になる。ニルケが傷付いているのを見付け、すぐに部屋の中央に立つ老人の仕業だろうと見当を付けた。さらには、それが魔性のディボスだということも。
そうなると、リンネが冷静でいられはずもない。
「お前は、わしを誰かわかって言っておるのだろうな」
莫迦にされたようなセリフを向けられ、ディボスは怒りで身体が小刻みに震えている。
「そういう偉そうな態度って大っ嫌い。あたし、さっきちゃんと言ったでしょ、おいぼれ魔性って。あんたがディボスっていう自分勝手で死に損ないで、魔法使いの宿敵だってことはわかってるわよ」
「……わしに向かって何と言う口の利き方を」
「魔性だからって、人間が全て平伏すと思ったら大間違いよ。地獄だか魔界だかに帰って反省しなさい」
シェリルーは呆然となって、リンネの言葉を聞いていた。
ニルケも強気な発言をしていたが、少女の場合は強気というより無茶苦茶だ。恐いもの知らず、という言葉が恥ずかしがってしまう勢い。彼女は魔性の恐ろしさを知らないのではないだろうか。
少女の後ろにいる男達はやれやれ、というようなあきらめの表情。いつものことなのだろうか。
彼女から次々に出て来る言葉は、完全にディボスを怒らせている。自分がディボスなら、やはり腹を立てるだろう。このままでは、さっきシェリルーに向けられようとしていた力が、リンネの方に向けられてしまいそうだ。
「帰ったら……言葉遣いを教えないと……」
意識を取り戻したニルケが、かすれた声でそんなことをつぶやいた。リンネの声で目を覚ましたのだ。
正しくは叩き起こされた、に近い。痛みを堪えながらニルケは身体を起こした。
思っていた通りというか、恐れていた通りというか。やはりリンネはニルケを捜しに来たのだ。カードはもちろん、どこで出会ったのかダルウィンまで連れて。
まさか、魔性を盗賊や何かと同じように考えているんじゃないでしょうね……。
リンネの性格はよく知っているつもりだが、魔性を目の前にしてああも強く出るとは思わなかった。ディボスを挑発するような言葉を発することに関しては人のことを言えないニルケだが、リンネは明らかに彼よりもすごい口調だ。
恐らく、リンネに挑発の意図はない。思い付くままを口にしているのだろう。それがどんな効果をもたらすかも考えず。いや、相手がどう思おうと構わないのだ。リンネにそう言わせているのはその相手だから、悪いのは相手だと。
「たかが人間の小娘ごときが。魔法使いでない奴に用はない」
しわの奥のぎらつく目で、リンネを睨む魔性。しかし、リンネは平気で受け止める。
「魔力がないもんね。魔法使いの魔力で養ってもらってる魔性にとって、普通の人間なんて邪魔なだけでしょうから」
リンネの言い方は、ディボスの癇に障った。
「わしが……養ってもらっているだと」
「そうよ。その言い方が不服なら、寄生してるって言い方もあるわよ。もし世の中に魔法使いが存在していなかったら、あんたなんてとっくにくたばってるんじゃない。どんなに偉そうにしていたって、所詮は人間の力をもらったものじゃないの。それをさも自分の力みたいにいばっちゃって。ちょっとは羞恥心ってものを持ちなさいよね。あんた、魔性としてのプライドがないんじゃないの?」
ディボスの身体がさっきよりも震える。怒りが頂点に達した、という表情で、顔が真っ赤になっていた。これだけ言われれば、いくら気の長い魔性でも怒るだろう。
「おのれ……言わせておけば」
「言われるようなことを、あんた自身がしてきたんじゃない。自分の行為を棚に上げて、人を恨むなんて湿った根性、持たないでほしいわ」
リンネの毒舌はとどまるところを知らない。
「おい、そろそろやめた方がよくないか?」
リンネの後ろにいた青年……ダルウィンがいさめる。もっとも、今更遅いような気もしていた。止める間もなく次々にリンネの口から言葉が発せられ、ようやく彼も口を挟んだのだが、すでに魔性はかなり機嫌を損ねている。いや、激怒している。
「ダメだって。これで誰かがリンを止められたらすごいよ」
少年……カードももうお手上げ状態。だいたい、ニルケを見付け、ディボスがいるのを見付けた時から、こんな展開になるような気はしていた。
リンネがきゃーっ、などと叫びながら逃げようとしたら、むしろそちらの方を疑う。
「わしを怒らせた罪は重いぞ。灰も残らん程の炎で焼き尽くしてやる」
それを聞いても、リンネは動じない。むしろ、さらに挑戦的な目付きでディボスを睨む。
「あの部屋にいた魔法使い達の魔力でね」
「ああ、そうだ」
ディボスの言い方は、開き直りのように聞こえる。
「あたしが消えても、あたしが言った事実は消えないわよ。あんたは魔性のくせに、人間の力に頼らなきゃ生きていけないんだから」
「やかましい。ある程度まで回復すれば、わし本来の力は戻る」
ディボスも腹を立てているが、リンネだって負けず劣らず頭にきている。
「ある程度? だーかーらー、それも人間のおかげでね。そうなるまでに魔法使いがいなきゃ困るんだから、結局は同じよ。それまでも何もできないもんだから、あんな骨だけの召使い一匹だけをどうにか使って世話させてたんでしょ。あんたなんて、魔力を抜いたらただのフヌケだわ」
言うところまで言ってしまうリンネ。
「黙れ! その口を閉ざしてやるっ」
とうとう限界にきたディボスは、手に再び黒い球を浮かび上がらせた。目が怒りにぎらついている。
「リン、ヤバいよ。思ったよりもディボスの奴、力を蓄えてる。カディアンの羽でも防ぎ切れるかわかんないぜ」
「だからって、どうしようって言うの」
リンネのディボスを睨む目付きはひるまない。
「死んでから後悔するがいい」
ディボスは死の球をリンネの方に向けて放った。
☆☆☆
ディボスの放った球が、リンネに当たるほんの少し手前。
突然、白い光が壁のように現れた。それがディボスの死の光の球を弾く。光は霧散し、リンネ達がいた所を避けるようにして後ろの壁には焦げ跡がついていた。
「あー、びっくりした」
リンネ達は扉付近へ飛ばされていた。飛ばされたショックでしりもちをついてしまったが、ケガはない。
「この羽、すごい効き目だな」
すぐにダルウィンが起き上がる。もう少し衝撃が強ければ、目を回していた。
「ダル、違うよ。あいつの羽だけじゃない」
カディアンの羽だけでは、ディボスのあの球を弾くことは無理だったはず。同じように飛ばされてしまったカードだが、別の力が働いていたのは身体で感じた。
「お前……まだそんな力が残っていたか」
ディボスの方を見ると、魔性の視線はニルケの方へ向けられていた。
傷だらけのニルケが、リンネ達の周りに防御の魔法をかけたのだ。体力もかなり奪われているはずなのに。魔法を使った反動を堪えきれず、また倒れてしまっていた。
「そう簡単に……その人達を殺される訳にはいかないのでね」
今はディボスの気がリンネ達だけに向けられていた。使った魔法の力をディボスに奪われることがなかったので、リンネ達を守ることができたのだ。
「くっ……」
「ニルケ、もう動かないで」
魔法が効いたのはいいが、無理をしたことで傷が痛み、ニルケは顔をしかめた。
ニルケにばかり気を取られて気付くのが遅れたが、彼のそばにはリンネ達の知らない女性がいる。長い金髪のきれいな女性だ。必死に介抱しようとしてくれているし、ここにいるからには彼女も魔法使いだろう。
「ニルケ!」
あの傷でニルケが魔法をかけたと知り、リンネが立ち上がる。途端にばらばらっと何かが床に散らばる音がした。
銀の実だ。リンネが小さな袋に入れて持ち歩いていた銀の実が、飛ばされた拍子に袋の紐が切れ、床に散らばってしまった。
「うぐっ……」
銀の実が散らばった時、ディボスは一瞬、後ろに退いた。何かから逃げるかのように。
その途端、ニルケとシェリルーに妙な感覚があった。何かが身体に入ってくるような。それから少し、ほんの少しだけ身体が楽になったような気がする。
同時に、ガラス扉からシュッという、空気が抜けるような音が聞こえた。
「わしの力を弾いたとは……」
「あんたの力じゃないわ。魔法使い達の力よ」
リンネが否定・訂正する。
「おのれ……このままで済むと思うな」
「それって何て言うか、知ってる?」
「何?」
「負け犬の遠吠え。あんたはあたし達を灰も残らないような炎で焼くって言ったわよね。それって結構、すごい魔法のはずでしょ。それが効かなかったのに、このままでは済まないなんて言われても、失敗した恥ずかしさを隠すための強がりとしか聞こえないわ」
「うぬぬ……」
図星だったらしく、魔性は歯ぎしりしてリンネを見た。
「ダルウィン、今なら剣が通じます」
ニルケの声が部屋に響く。傷を負いながら、敵が弱ったことを告げてくれたのだ。
魔性がギョッとした顔でニルケの方を向いた。余計なことを、と言いたげに睨む。
「あ、本当だ。さっきまでと魔力の強さが大違い」
カードも魔性の魔力が落ちたのに気付き、ニッと笑う。
「ニルケ、仇をとってやるぜ」
「……まだ死んでませんよ」
そうつぶやいたが、ダルウィン達の方には届かなかった。
「んじゃ、オレも一緒に出番をもらってもいいってことだよな」
ダルウィンがニルケの声を聞いてすかさず剣を抜き、カードは狼の姿になった。
カードは床を蹴ると、ディボスののどに噛み付いた。
「ぐわっ」
狼に襲われ、ディボスは後ろへ倒された。喉元を狙われ、必死に抵抗する。鋭い爪が伸び、カードを傷付けようとしたが、一瞬早く、カードはディボスから飛び退いた。
「年寄り相手に気がのらないが、俺も黙ってやられるのはいやだからな」
ダルウィンの剣が光った。カードに倒されていたディボスは、剣をよけながら起き上がる。だが、次の魔法を使わせないようにダルウィンは素早く剣を振り、刃は魔性の身体に飲み込まれた。
ディボスはダルウィンの剣によって、心臓部を貫かれる。
剣を抜くと傷口から鮮血が吹き出し、老人の身体はゆっくりと倒れていった。
「やったわ、ダルウィン」
見ていて気持ちのいい場面ではないが、ここは喜ぶべきだ。
リンネはニルケのそばへ駆け寄る。
「ここへ来るまで、危ないことをしていなかったでしょうね」
ほんのわずか、ニルケはくちびるの端を上げた。
「聞いても無駄だってわかってるくせに。でも、今回は危ないことって少なかったわよ」
「どこがだよ」
リンネの言葉に、カードが横槍を入れる。
「さっきの会話でもわかったろ、んなはずないってさ。ニルケ、傷が治ったらリンの行動、報告してやるよ」
「……やはり普通にはできないようですね」
本人も言ったが、本当に聞くだけ無駄だった。
「お、おい、カード!」
ダルウィンの声に、一同はそちらを向いた。シェリルーが小さな悲鳴を上げる。
倒れたはずのディボスが、ゆっくりと起き上がっているのだ。
「心臓一突きしたはずだぞ。なのに……あ、もう一つ!」
言いながら、ダルウィンは思い出した。
ここへ来る前、カディアンが言っていた。ディボスには心臓が二つあるから、気を付けろ、と。
ディボスはいやな音をたてながら、人間の老人の姿をどんどん崩しつつある。
人間の皮を破いているような光景だった。その皮の中から、ねじれた短い角を二本持つ獣が現れる。身体は人間のように直立だが、顔は醜い牛のようだ。
「おのれ……まさか人間ごときに心臓を貫かれようとは。魔力などなくとも、わしのこの手で絞め殺してくれる」
老人の時はリンネとさほど変わらない身長だったディボスは、本性を現すとゆうに二倍はあった。確かにあの太い腕でなら、リンネの首を絞めるなど訳ない。
汚いあごひげを生やし、大きくなったことで目はさっきよりはっきり見える分、その邪悪な光が満ちているのがよくわかる。左胸には、ダルウィンがさっき貫いた剣の跡がはっきり残っていた。
「あんた、その格好の方が余程魔性らしいじゃない。さっきのおじいさんよりずっといいわよ。いかにもって感じ」
そんな場合ではないのだが、リンネはそんな感想をもらした。
「ふん、今更わしの気をひこうとしても遅いわっ」
「誰が魔性の気を引くもんですか。見損なわないで」
「リンネ、よけろ」
ダルウィンの声に、リンネはその通りにした。つまり、横に逃げた。
リンネを襲おうとしていたディボスの後ろから、ダルウィンが斬りかかったのだ。右胸から左脇にかけて剣が走らせる。ズズッと音をたてながら、ディボスの身体は真っ二つに斬り離された。上半身がずり落ちて転がり、下半身が倒れる。
だが、ディボスはまだ死んでいなかった。腕だけで上半身を起こし、ずるずるとリンネの方へ向かって行く。これはさすがにリンネも気持ち悪かった。
「くそっ、何だよ、こいつの血は」
ダルウィンの剣が床に落ちる音が響く。ディボスの身体を斬ったまではいいが、血のついた手がしびれて剣が持てなくなってしまったのだ。まるで毒に触れてしまったみたいに。
「これでわしを殺せたと思うな。わしは……もっと生きる。お前達を喰らって、これからも生きる。老いなど、わしには無縁のものだ」
「あきらめの悪い奴。死んでもつきまとわれそう」
カードの感想に、リンネも頷く。
「わしは死なん」
ディボスがリンネの方へ徐々に近付いて来る。
「いい加減にしろよ、こいつ」
カードがまたディボスの首に噛み付いた。
「うぉっ、離せっ」
もがくうちに、ディボスの身体はまた倒れてしまう。さっきよりも長く鋭く伸びた爪がカードを襲った。カードはかろうじて逃げたが、背中に三筋の傷を付けられる。
「くそっ」
「カード!」
「大丈夫だよ、リン。かすっただけだ」
カードの少し長めの毛が、ディボスの爪を完全に食い込ませなかったので助かった。
横に転がったまま、ディボスは高笑いする。
「わしを殺そうなど、お前達になどできるはずがない。さぁ、おとなしくしていろ。すぐに頭からかじってやる」
「上半身だけで転がってる奴に言われたくないわね」
「全くだ」
ダルウィンがまだしびれる手で剣を拾う。そのまま剣を落とすようにしてディボスの腕を斬り、自力で起き上がれないようにした。
「いくら切り刻もうと、わしは死なん。魔性がそう簡単に死ぬはずがないのだ。たとえ腕を失っても、じきにまた蘇生する。無駄なことだ」
「ごちゃごちゃとうるさいんだよ」
ダルウィンは、剣をディボスの口に刺した。力まかせに刺したので、後頭部を貫いて床に達する。ディボスは床に縫い付けられた状態になった。口に剣を刺されているから、もうしゃべれない。ただ呻き声がするだけ。
それなのに、ここまでやっても本当に死なない。
「くそ、いい加減腹が立ってきた。どうやったらこいつは死ぬんだ」
ダルウィンがいまいましげにディボスを見た。
「もう一つの心臓を刺してしまうしかないだろ」
「それってどこにあるの?」
「オレも他魔物の心臓の位置までは知らないからなぁ」
カードがディボスの上半身の切り口に顔を近付けた。
「まさか、足の裏にはないよなぁ」
ダルウィンはしびれの取れない手をさすりながら、転がっているディボスの下半身の方を蹴飛ばした。
「カード、ディボスの腕が蘇生してるわ。気を付けて」
腕の切り口から、新しい腕が現れようとしている。魔力は少なくても、回復力はさすがに魔性ということか。
どす黒い切り口から、鋭い爪を伸ばした腕がめりめりといやな音をたてながらゆっくりと生えてくる。そのうち上半身と下半身がまた結合し、一つにならないとも限らない。
剣を刺された口でディボスが低く笑う。腕がどんどん伸びてきた。
「あったっ」
ディボスのもう一つの心臓を、カードが見付けた。単純と言えば単純で、対になるように、右側にあったのだ。これをつぶしてしまえば、ディボスは今度こそ死ぬ。
カードはその心臓を身体から引きずり出し、ダルウィンの方に放ろうとした。だが、剣はディボスを床に刺し止めているし、そうでなくても彼はまだ手がしびれている。
「カード、リンネに放れ」
「ええっ、あたし? あたし、剣なんて持ってないわよ」
「羽でやるんだ」
カディアンの羽は、軸の部分が普通の鳥よりも固い。先も尖っている。これならば……。
「わかった。あたし、ダーツは上手いんだから」
また街での遊びが役に立ちそうだ。
「うががっ」
腕を再生させたディボスが、慌てて自分を突き刺している剣を抜こうとしている。あれが抜けてディボスが動くようになれば、心臓を取り戻しにどう動くかわからない。
カードはそれを見て、リンネの方へくわえていた心臓を放った。リンネは服に差していた羽を持つと、狙いをつけて投げる。
ちょうど、ディボスは剣を抜き取り、放られた心臓の方に手を伸ばそうとしていた。
「わ、わしの心臓!」
「当たれーっ」
ディボスの手が届くより、リンネの投げた羽が心臓を貫くのが一瞬、早かった。
固い羽の軸は確かに心臓の中心を通り抜け、そのまま壁に突き刺さる。
「あ……あ……あ……」
伸ばしたディボスの手がぼろぼろと崩れ、次第に薄くなる。手が消え、胴が消え、やがて頭が消えた。足の方はすでに消えている。
「今度こそ、やったわよ」
灰すらも残さずに殺してやる、とリンネに言っていたディボスが、自分が跡形もなく殺されてしまったのだ。
まるでそこには何もなかったように、魔性はその存在を完全に消した。





