魔性の森
「考えることが汚いな。人間の魔力で補おうってか」
馬上で事情を聞いたダルウィンは、素直な感想を口にした。
「だけど、どうやって助けるつもりでいるんだ? 何か手立てはあるのか?」
「ないわよ」
あまりにもきっぱり言われ、ダルウィンは一瞬言葉を失った。
「ないって……リンネ。相手は以前捕まえた盗賊じゃないんだぞ。魔性に素手で立ち向かうつもりか?」
「ダル、リンは切れちゃってるから、正論言っても無駄だよ」
後ろを走っているカードが教える。
「お年寄りは大切にしなさいって言われてるけど、こんなひどいことする年寄りなんかに誰が優しくするもんですか」
「それはわかるけど、問題がズレてるぞ」
人間の年寄りと魔性の年寄りは同じではないはずだが……。生きている年数が桁違いだ。
「前に銀の実を取ったでしょ。ダルウィンも手伝ってくれたソイル島の」
弟のラグアードが魔物に呪いをかけられてしまい、それを解くために必要だと言われた銀の実。それを探し回っていた時、ダルウィンも一緒だったのでもちろんよく知っている。
「ああ。あれを持って来てるのか?」
「役に立つかどうかはわからないけどね。お守りみたいな感じで持ってるの。魔法に関係するものって言えば、カードとこの実くらいよ」
「とんでもない冒険をする子だな。呪いを解くとは聞いたけど、魔性に通用するのか」
もちろん、リンネだって何とも言えない。でも、他に何も方法がないし、頼れるものがないのだ。
こんなことを予想していた訳ではなく、たまたま持って来ていただけ。それでも、何もないよりはずっといい……と思う。
「別に本気で魔性と張り合うつもりはないわ。とにかく捕まってる魔法使いを逃がせればいいのよ。何人さらわれてるのか知らないけど、みんなが力を合わせてくれればどうにかなるわ」
真剣な顔をしながら、どこか楽観的なリンネである。
一行はシーナの街へ入る手前までやって来た。夜の間走り続けているので、馬もかなりバテてきている。カードも馬程ではなくても、それなりに疲れていた。
馬上の二人も、乗ってるだけだが揺られ続けているので、やはり平気という訳にはいかない。
「一度休もう」
ダルウィンが馬を止めた。細い川が流れているので、ここなら馬に水を飲ませられる。
「シーナの街はすぐそこよ。休んでなんかいられないわ」
「休憩だ」
リンネの反対を押し切るように、ダルウィンはきっぱり言い、馬から降りてしまう。
「ほら、リンネも一度降りろ」
「そんなことしてる時間ないわよ」
「疲れた顔して偉そうに言うな。俺に会うまでも、ずっと走っていたんだろ。ニルケどうこうの前に、リンネが先に倒れたらその後はどうするんだ」
「……あたしはそんなにヤワじゃないわ」
これでも同世代の女の子よりは体力があるつもりだ。少なくとも、部屋で編み物や読書に時間を使う令嬢よりは。
「充分ヤワだよ。ほら」
強制的に、リンネはダルウィンに馬から降ろされてしまう。
「リンネがどんなにがんばろうとしたって、身体は正直なものだ。必死なのはわかるが、いざって時に力が出なかったら何もならないだろ。それに、慌てすぎて肝心なことが見えなくなることだってあるんだ。今のままじゃ、リンネは絶対に何かを見落とすぞ」
川のそばの草むらに座らされたリンネは、黙ってダルウィンの言葉を聞いた。
「うん……このままじゃ、何か失敗しそうだっていう感じはあった」
正直に言えば、自分がいつもより突っ走っている、という気はしていたのだ。
「こんな時に何だけど、気分転換は必要だぞ。根を詰めすぎたら、出るはずのいいアイディアだって出てこなくなる」
今までにない状況に、リンネも軽いパニックになってしまっていたようだ。
「ダルがいてくれて助かったな。オレじゃ、リンを抑え切れないもん」
「はは……暴れ馬みたいだな」
「暴れ馬より質が悪いわよね、しゃべる分だけ」
「ニルケがここにいたら、自覚しているんですね、なんて言うんじゃないか?」
「もう、ダルウィンてば」
話をするうちに、リンネも少し気が楽になってきた。
「よし、無駄とは思うが、簡単に計画をたてよう。じきに朝日も上る。街の人間も起き出して来るだろうから、例の魔性がいるっていう館のことを聞こう。魔性うんぬんはともかく、館のある所なら知ってる奴もいるだろう。シーナに魔法使いは……いるかな」
もしいるなら協力を求めるか、せめて何か手助けになる道具の一つでも借りたい。だが、魔性は手始めにここラカールの国から連れ去っているだろうから、恐らく魔法使いの協力は絶望的。魔性の館へ行ったら、主の目を盗んで魔法使いを逃がすしか手はないだろう。
「それで……リンネ?」
リンネの頭がふらふらと揺れている。うたた寝をしているようだ。やはり疲れていたのだろう。
ダルウィンとカードは顔を見合わせ、お互いに笑みを浮かべた。
☆☆☆
リンネ達は夜が明けると、シーナの街へ入った。
朝早くから市場が通りに並び、それを買いにやって来る人達で賑わっている。
ダルウィンは、そばを通り掛かった中年の男性に声をかけた。
「シーナにあるどこかの森に古い館があるって聞いたんだけど、知ってる?」
「魔性の森のことかい?」
「ここらへんじゃ、そういう呼び方をしてるのか」
教えてくれたカードの仲間は、森の名前までは教えてくれていない。シーナの森、というだけ。その時はそれだけでも充分な情報だったが、いざこうして行動に移すと不充分だ。
「あそこに見える山へ向かって行けば、東側にその森が見えてくるよ。誰が建てたんだか、かなり古い館が森の奥にあるってのは聞いたことがある。……あんた、もし行くつもりなら、やめておいた方がいいぞ」
「何か出るとか?」
魔性がいるのは知っているが、街ではどんな風に話されているのだろう。
「ああ。森にはとんでもない魔物がいるって噂だし、その館にゃ、森のヌシが棲んでるって話だ。見付かりゃ、生きては帰れねぇ」
どこにでもありそうな話だ。大抵は人間の妄想だったりするが、これが嘘でないことをリンネ達は知っている。
「森の主か。えらく物騒なのがいるんだな。面白そうじゃないか」
「おいおい、何をする気か知らんが、ヌシを見ようなんておかしな気は起こすなよ」
男は親切に忠告してくれた。ダルウィンは教えてもらった礼を言っておく。
「あの山の東にある森がそうみたいだ。さすがに館までの道はわからなかったけど」
「その森の中に館が本当にあるってだけで充分よ。それに魔性の森って言われてるのなら、その魔性がいてもおかしないわ」
言われた方にある山へ向かって進むと、確かに東に森が見えてきた。その近くになると、周辺に人影はほとんどない。さすがに魔性の森と呼ばれるだけあって、人は近付こうとしないのだろう。
過去にこの森で事件があったかどうかはともかく、よく思われていないのは確かのようである。
「いかにもって感じね。ソイル島の森と同じ雰囲気があるもん。ってことは魔物がいるってことになるし」
「ディボスって魔性がオレ達のことを勘付いてないことを祈るよ」
術を使えないカードにすれば、あまり顔を合わせたくない相手だ。
「その魔性ってのは、魔法使いを狙ってるんだろ。魔力のない俺達を見付けたって、何の興味も抱かないんじゃないかな」
ダルウィンが言うように、普通の人間が歩いていても、迷い込んだくらいにしか思わないだろう。ただ、気紛れを起こされては困る。それに、カードの仲間が言わなかっただけで、人間を喰っているという可能性だってあるのだ。
リンネ達は森の中へと踏み入った。こんな所の地図はないし、館のある場所もはっきりしない。ひたすら歩くだけ。
奥と聞いたが、周りが同じ景色なので、どれ程の距離を歩いてきたのかはっきりしない。どの辺りが奥と呼べる場所なのだろう。
「カード、何か感じない?」
ここは気配に敏感なカードが頼りだ。
「今は無理だな。下級の魔物は自分の存在を隠す術を持たないからわかるけど、上になる程、うまく気配を隠すんだ。魔性って呼ばれるからには、いくらおいぼれても気配を消すことはできるだろうしさ。低レベルの魔物がいるなっていうのは何となくわかるよ」
「他の魔物なんて、どうだっていいわよ」
本当はどうだってよくないはずだが、気配も消せない魔物など、カードが何とかしてくれる。……カードにだって限界はあるだろうが。
とにかく、魔物に気を配る精神的余裕はない。魔性の館を見付けるのが先決だ。
「ここではカードの力が頼りなんだから、がんばってね」
「わかってるよ」
魔の臭いを嗅ぎ付けやすくするためにも、カードは狼の姿に変わった。姿によって向き不向きがあるらしい。
「すぐ近くに魔物がいるな。それに、血の臭いがする」
魔物はともかく、血の臭いと聞いてリンネもあまりいい気はしない。
魔物が何かを襲ったのだろうか。その餌食になった動物の血が、カードの鼻をくすぐったのか。その血が人間のものではないことを祈るばかりだ。
「森のにおいも濃いから鮮明にって訳にいかないし、誰の血でどこにあるのかはっきりしないんだよな」
「血の臭いが一番弱い方へ進めばどうだ? 喰われた奴の血か、喰った奴の牙や爪に付いている血かはともかく、臭いが弱ければ今はそこにいないから薄れたってことになるだろ」
「そこまで細かく言われても、完璧には無理だってば」
「ニルケのためにもがんばって、カード」
カードはカードなりにがんばってくれているのだ。それはリンネにもわかっている。
「腹がふくれて、今は俺達を襲うって気を起こさないでくれるといいんだけど」
「……あ、ヤベ」
先頭を行くカードがそんな声を上げる。つまづかないように歩いていた二人は、その声で前を向いた。
そこには、ダルウィンと年代が近そうな青年が、木の根元に座っていた。
くせのない黒髪は胸まであり、カードより濃い褐色の肌をしている美形の青年。今は座っているが、立ち上がれば長身のダルウィンより高いだろう。
だが、その目は鋭くこちらに向けられていて、警戒心を全身から発している。友好的な雰囲気はかけらもない。
「カード、ヤベって何?」
「彼が人間じゃないってことだろ」
カードの代わりにダルウィンが答える。見た目は人間のようだが、こんな怪しげな森に単身でいるとは考えにくい。
彼がもしここへ入り込んで迷ったのなら、こんな鋭い目付きでこちらを見たりはしないだろう。狼のカードはともかく、人の姿を見てほっとするか、人間に姿を変えた魔性かも知れないと思って怯えるか、だ。少なくとも、いきなり睨み付けたりはしないだろう。その目は、普通の人間ではありえない金色だ。
だが、彼が魔族と呼ばれる存在だとしても、どうしてこんなに警戒するような目をしているのだろう。リンネやダルウィンが人間なのは、気配でわかりそうなものなのに。
「方向がだんだん狂っちまったみたい。オレの鼻、ボケちまったのかなぁ」
避けて通るはずが、真っ直ぐにレッドゾーンへ向かってしまった。リンネを危険から遠ざけたいカードとしては、大失態だ。
「何だ、お前達は」
青年の目付きも鋭いが、口調もきつい。
「何だ、と言われても、一言ではうまく答えられないんだけど。強いて言うなら、旅の一行ってところかな」
ダルウィンが代表して答える。
「そんな奴がどうしてこの森へ入ってきた。ここは人間など滅多に入って来ない所だ」
魔性の森と呼ばれているのだから、人はそうそう来ないだろう。
「その滅多な事情ができたものでね。……お前、ケガをしてるのか?」
よく見ると、青年が着ている黒のシャツが破れている。右の上腕で、その周辺も濡れている。シャツが黒いためにわかりにくいが、ケガしているらしい。カードが感じた血の臭いはこれだったのだ。
大きく破れているのは右腕だけだが、改めて見れば髪は乱れているし、顔や手などの露出している部分も汚れていた。
「手負いの獣みたいなものだ。ケガをしているから、近付く奴全てに警戒してるんだ」
こそっとダルウィンはリンネに耳打ちした。
「ねぇ、あなた、どうしてそんなケガしたの?」
「……人間にやられた」
「だけど、あなたは魔物……なんでしょ? 人間の姿になれるなら、魔力は高いってニルケに聞いたような気がするけど。なのに、人間にやられるの?」
リンネが言うと、青年は少し悔しそうな表情になる。
「俺は普段、鳥の姿をしている。隣りの山の上を飛んでいた時、狩人の放った矢が翼に当たったんだ」
幸い、矢は刺さったままにはならなかったものの、傷付いた翼ではもう飛べなくなってしまった。ようやくこの森まで来た時に力尽き、墜落。魔族でなければ、命を落としていたかも知れない。
人間に姿を変えたのは、鳥という獲物を求めているなら人間の姿の彼に手を出すことはないと考えたからだ。この森なら人間は追って来ないだろうが、念のために。
そう思って落ち着きかけた途端、リンネ達が現れたのだった。警戒もするだろう。事情が事情だけに、人間に対する不信感もあってこんな目付きになっているのだ。
「魔獣……いや、魔鳥ってことか。結構近くにいるものなんだな」
「俺は何もしてない。なのに、いきなり矢を放ってきた。俺は前から人間なんか嫌いだったんだ、くそっ」
狩人にすれば、ただ鳥を撃ち落として獲物を得ようとしていただけだろう。魔鳥を狙っていたなんて知らなかったはずだ。これは彼の運が悪かったとしか言い様がない。
「出血がひどいわ。手当てしないと」
「寄るなっ」
リンネが近寄ろうとすると、青年が怒鳴った。警戒してるというより、怯えているようにも見える。この状態で人間に近付かれたら何をされるかわからない、というところか。それがリンネのような少女でも関係ない。
「俺に近付くな。さっさとどこかへ行け」
「リン、ああ言ってもらったことだし、さっさと先へ進もうぜ」
この様子なら、追い掛けて来ることもないだろう。血の臭いは本物だし、これなら自分の傷を癒やすので精一杯。人間のことなんか目に入ってないはず。
「だけど、ケガ人を放っておいて行くの?」
「人じゃないんだから、放っておいたって数時間か……長くても数日すれば治るよ」
魔獣にもよるが、治癒能力は人間よりも高いのだ。リンネが心配しなくても、そのうち治る。そう簡単には死なない。
「ニルケも大切だけど、ケガして苦しんでる人を放って行くのってやっぱりいや」
「だから、人じゃないんだってば」
カードの言うことも聞かず、リンネは青年の方へ近寄る。
「来るなと言っただろう。俺に近付くなっ」
「静かになさいっ」
わめく青年にリンネが一喝。面食らった顔で青年は黙った。恐らく、今までこんな風に人間に怒鳴られたことなどなかったのだろう。だいたい、魔鳥とわかって怒鳴る人間なんてまずいない。
「怖がらなくていいわ。そのままにしておくより、何か巻いていた方が傷の治りもずっと早くなるでしょ」
リンネはスカートの裾を破いた。それを青年の腕に巻き付ける。
「リンネ、俺も手伝おう」
ただ黙って見ている訳にもいかず、ダルウィンも加わる。
「うん、ありがとう」
「……お前、リンネっていうのか」
ほんのわずか警戒を解いたような顔で、青年が口を開いた。リンネが自分を傷付けようとする存在ではない、と悟ったようだ。
「そうよ、あなたは?」
ごく自然にリンネは聞き返した。
「……カディアン」
ぼそりと青年は答えた。
「カディアン、あまり腕を動かしちゃだめよ。まぁ、痛むから自分で無理に動かすことはないでしょうけど。この腕が翼に変わるのなら、治るまでは飛ばない方がいいわね。普通の動物と同じようにあなた達をあてはめちゃいけないんでしょうけど」
「……」
言いながら、手早く巻いてしまう。
「さ、応急手当も済んだことだし、先へ進むか」
「うん。じゃあね、カディアン」
「まぁったく、リンも物好きというかおせっかいというか」
そばで座って待っていたカードが立ち上がる。
思わぬ道草をしてしまった。その分を取り戻さねばならない。
「お、おい……リンネ」
少しためらいながら、カディアンがリンネの名を呼んだ。
「なぁに?」
「こんな森で、どこへ行くつもりなんだ?」
「ディボスって魔性の所よ」
カディアンがディボスの仲間かも知れない、なんてことをリンネは考えない。
「ディボスの所に? 何をしに行くんだ、人間が魔性の所になんて」
邪な野心を持った人間が魔方陣を描き、呪文を唱えて悪魔を呼び出し、何かと引き換えに自分の望みをかなえる、というのは聞いたことがある。
だが、どう見てもリンネはそういった人間と同じようには見えない。
「あたしの知り合いの魔法使いが捕まってるの。彼を助けに行くのよ」
カディアンは目を丸くしてリンネを見る。言葉に出さなくても、嘘だろ、と言っている顔だ。彼女の言い方は、魔性の所へ行くような口調ではない。
「あたしは絶対に行くわ。そうでなきゃ、こんな所まで出向いたりしないもん」
青年の表情に、リンネはそう答える。
「俺も放っておけない性分なんでね。知らない仲じゃないしな」
「最大の恩人はリンだけど、オレ、魔法使いにも結構世話になってるし」
ふたりも説明する。
「それでディボスなんかの所に……」
「そうなの。じゃ、カディアン、お大事にね」
「ま……待て」
再びカディアンが引き止めた。
「さっきはさっさと行けって言ったくせに、今度は何だよ」
カードが文句を言う。
カディアンは立ち上がると、リンネの方へ近付いて来た。無事な方の左手を差し出す。その手には二本の黒い羽があった。
「やる。ディボスの奴、今は力が弱ってるから、あんな魔性の魔法なら少しは跳ね返せるはずだ」
「え、これって魔除け?」
「俺の羽だ」
受け取った羽は真っ黒だ。羽ペンよりも大きい。軸が太くて固く、羽の部分は艶やかだ。
「長くて立派ね。カディアンって何の鳥なの?」
「オオワシだ。そんなに大したものじゃないが、わずかなら盾になってくれるだろう。矢には効かないがな」
言いながら、カディアンは自分自身に内心戸惑っていた。なぜ好きではないはずの人間に、こんなことをしているのだろう、と。
好きではないはずの人間に助けられたまま、というのがいやだから。
それもあるが、あんなに真っ直ぐ向かって来た人間に会ったのが初めてで、何か心に引っ掛かるものがあったのかも知れない。
「ありがとうっ、カディアン!」
満面笑みを浮かべ、リンネはカディアンに抱き付いた。もちろん、ケガをしている腕はちゃんと避けて。
「お、おいっ。自分が何をしてるのか、わかってるのか」
カディアンは思い切り面食らった。魔族相手に抱き付くなんて、普通じゃできない。真正面から一喝された時から思っていたが、やっぱりこの人間は変わっている。
「何って、喜びを全身で表してるんじゃない」
カディアンの焦りをよそに、リンネは自分の感情に実に正直だ。
「魔除けがあれば、すっごく心強いわ。あたし達何もできないから、魔性に見付からずに忍び込むくらいが精一杯だって思ってたの。でも、これなら気分的にも楽になれるわ」
魔性の館へ行くのに、魔除けがあるかないかではずいぶんと気持ちの持ちようが違う。どれだけの効果があるかはともかく、こうして手元にあるだけで嬉しい。
「そんなに期待はするなよ。奴がどこまで力を取り戻してるかわからないからな」
「うん、わかった。……あの、一つお願いしていい?」
「ディボスの居場所、か?」
カディアンはリンネが知りたいことをわかってくれている。この状況なら、十分予測できること。
「知ってるのか、奴がいる館を」
「俺も鳥族だからな。今は飛べないが、空にいる時はよく見掛ける」
ダルウィンの言葉に、カディアンは頷いた。
「ここからなら、この方向へ真っ直ぐ歩け。俺は歩いて行ったことがないから、どれくらいの時間がかかるか知らないが、とにかく真っ直ぐだ」
「真っ直ぐ行けば、魔性の館があるのね」
リンネは運が向いてきてる、と感じた。ニルケを捜し始めた時の難関が、こうして一つずつクリアできている。全く居場所がわからなかった魔法使いが、どんどん近付いてきた。
「魔性相手に素手で行こうなんて、命知らずだな」
「あたしだって、自分の命は大事よ。死ぬ気なんてないもん」
強気な発言である。カディアンは思わず吹き出した。
「人間は大っ嫌いだったが、中には面白い奴もいるものだな」
「面白い、で済めばいいけどな。リンに関してはこういうの、よくあることだぜ」
これまで何度かリンネと付き合って来ているダルウィンも、カードの言葉にうんうんと頷く。
「も、もういいでしょ。行くわよ」
これ以上ここにいると、何を言われるかわからない。リンネはダルウィンを引っ張って歩き出した。
「リンネ」
カディアンの声が追って来た。
「ディボスが死んだフリしても、油断はするな。奴には心臓が二つあるからな」
「わかった、ありがとう、カディアン」
手を振って去って行くリンネを、褐色の肌の青年は静かに見送った。





