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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十九話 告白

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打ち明ける

 今の声は、ティルにも聞こえた。

 驚いて振り返ると、出入りする穴から見たことのない人間が次々に入って来る。

「何なのよ、あなた達」

「ニルケを迎えに来たのよ」

 先頭で入って来たリンネが、はっきり答えた。

「ひどい顔色……」

 ニルケの顔を見てそう言うシェリルーも、真っ青になっている。

「おい、ニルケ、生きてるか」

 ぐったりとなったニルケを見て、ダルウィンが怒鳴った。ニルケはそちらを見て、応えるように弱々しくながら笑う。

「生きてるけど、あれじゃすぐにくたばりそうだぞ」

 カードの言い方はきついが、誰もがニルケの具合の悪さは見てとれた。ニルケは床に座った状態だが、その様子は糸が切れた人形のようだ。

「ニルケはね、熱があるのよ。病気なの。あなたがどういうつもりで連れて来たかは知らないけど、とにかく返してもらうわ」

「ダメ!」

 リンネが歩きかけると、ティルはニルケの前に立ちはだかった。

「ティル、やめるんだっ」

 最後に入って来たフェダーがいさめる。

「フェダー……」

 見知った顔に、ティルはなぜ人間がここまで来ることができたのかを悟った。同族の彼がこの人間達と邪魔しに来たのだ。

「まさかとは思ったが、本当にお前が魔法使いを連れて行ったとは。早く彼を帰すんだ」

「やだっ」

 ティルが叫ぶと、いきなり鷹のような大きな鳥がその場に何百羽と現れ、リンネ達に襲い掛かってきた。

 ダルウィンは短剣を出し、カードは狼になってその牙でそれぞれ襲ってくる鳥を撃退してゆく。リンネとシェリルーは前に出ているふたりが守ってくれるので無事だが、たまに彼らの反撃の間をぬって襲ってくることがあった。それらは、一応の護身用で持っている短剣の柄で、リンネがはたき落とす。

 だが、鳥達の攻撃は長く続かなかった。フェダーが風を起こし、ティルの出した鳥達を地面や壁に叩き付けてしまったのだ。衝撃を受けた鳥はすぐに消滅してしまう。全てが消えるのはあっという間だ。

 ティルの見た目はリンネより年上のようだが、フェダーは彼女のことを幼いと言っていた。リンネ達にとっては激しい攻撃になりえても、フェダーにとっては大した攻めではないのだ。

 それを見たティルはニルケを掴まえて立たせると、侵入者から少しでも離れようと移動する。

「病人に無茶しないで。お願い」

 ティルのニルケに対する扱いに、シェリルーは気が気でない。

「帰ってよっ。せっかくニルケとふたりでいたのに。どうして来たのよぉ。ここはあたしの場所なんだから。あたしの好きな誰かとしか、いちゃいけない場所なんだからっ」

 その姿に似合わず、子どものように叫ぶティル。耳元で叫ばれてるニルケはうるさくて仕方がない。

「あなた……ニルケが好きなの?」

「うんっ」

 リンネの問いに、ティルはこの場に不釣り合いなほどにっこり笑って頷いた。

「だから、ティルは一緒にいるの。ニルケと一緒にいるんだから」

「一途なのはいいが、あまり思い込むのもどうだかな」

「好きなのに、どうして好きって言っちゃいけないのっ」

 ダルウィンの言葉に、ティルが噛み付く。責めるのは筋違いだ、とでも言うように。

「好きだから一緒にいたいっていう気持ちは、あたしにもわかるんだけど……」

 リンネだってダルウィンが好きで、好きだから一緒にいたいと思う。その気持ちは人間も魔族も同じ。

 いつもなら負けず口撃するリンネだが、いつもと事情が違うので強く言えない。

「ティル、離してください。ぼくは彼らと帰ります」

 苦しそうな息の下からニルケが言い、自分を掴まえている手を解こうとする。ティルは大きく目を開き、それから何度も首を横に振る。

「やだやだやだやだ! 離さないもん。あたしはニルケと一緒にいるんだから」

「ティル……お願いですから」

「やだってば。せっかくティルが連れて来たのに。せっかくティルのいる所に、ニルケがいるのに。あたしはここにいるのっ。ニルケと一緒にいるのっ」

 ニルケが離れようとすればするほど、ティルはそれを拒否し、離すまいとする。しまいには有無を言わさず抱き締めた。

「いい加減にしなさい!」

 急にきつい口調で言われ、ティルはびくっとする。まるで母親に叱られた子どものように。

 恐る恐るというように声の方を見ると、シェリルーがつかつかとこちらへ歩いて来る。

「な、何よ。こっち来ないでよ」

 逃げるように、ニルケを盾にするように彼の後ろへ隠れるティル。だが、シェリルーは構わずにふたりのいる所まで来ると、ティルの腕を掴んだ。そのままぐっと引っ張られ、ティルの手からニルケが離れる。

「やっ……何を」

 ぱしっ、という音が響く。シェリルーがティルの頬を叩いていた。

「いい加減にしなさい。あなた、彼がどういう状態だかわからないの?」

 叩かれた方のティルは、呆然としてシェリルーの方を見ている。それはその場にいた誰もが同じだった。

 今は人間の姿とは言え、相手はシェリルーより背が高く、その本性は魔鳥なのに。まるで恐れる様子がない。

「ティル。あなた、さっきからニルケが好きだって言ってるけど、それは好きとは違うわ。そういうのは、ワガママって言うのよ。本当に好きなら、相手のことを思いやる。だけど、あなたは自分のことばっかりで、彼のことなんて何も考えてないじゃない」

「そ、そんなことないもん。ティルだってニルケのこと、考えてるもん」

 あっけにとられていたティルだが、少し立ち直って反論する。

「だったら、彼を早く帰してあげて。こんな寒い所じゃ、もっと熱が上がるわ」

「けどぉ……」

 ティルは渋い顔をする。どんなに叱られても責められても、やっぱりニルケを手放すのがいやなのだ。

「また、せっかく、なんて言うの? その言葉は、好きな相手に対して使うものじゃないわ」

 さっきティルが口にした言葉を、シェリルーはきっぱり非難した。

「な、何だか今日のシェリルー、強いわね」

 後ろで見ていたリンネ達は、いつもとは違うシェリルーの姿にちょっと驚いていた。

 以前もニルケが危ない時、普段からは考えられない強さの魔法を使ったことはあったが、その時の本人はほとんトランス状態だった。

 でも、今ははっきり自分の意思で、魔族と対峙している。

「恋する乙女は強いって言うが、シェリルーを見ていると、なるほどなと思うよ」

「何だかリンを見てるような気分になる」

「ああ、言えてるな」

 いつもこういう相手を攻める役はリンネがしているのだが、こうして他の誰かがすると不思議な気分になる。

「そう落ち着いていていいのか? 今のうちに魔法使いを」

「まだ待った方がよさそうだ」

 ニルケ達の方へ出ようとしたフェダーを、ダルウィンが止める。

「話を中途半端に終わらせると、同じことをしかねないからな、あの子」

 おおいにありえると思ったフェダーは、言われた通りもう少し待つことにした。

 シェリルーの言葉に、ちょっと詰まっていたティル。だが、キッとシェリルーを見据えると、再び反論する。

「ティル、ニルケのこと好き。ニルケがティルのこといやなら、ニルケの好きな誰かに姿を変えてもいいって言った。ニルケのためよ。ティル、自分のことばっかり考えてないもん」

「ティル……それも違うわ」

「違わない!」

 否定されたことを、ティルはさらに否定する。

「あなたがたとえどんなに上手に他の誰かの姿に変われても、それはうわべだけ。ティルはやっぱりティルよ。ニルケが好きな誰かとは、やっぱり違うの」

「ティル、ニルケの好きな誰かになる」

 頑固に言い張る。足を踏ん張り、顔を赤くして。その様子を見ていると、小さな子が必死になっていい訳しているみたいだ。

「ティルはティル以外の誰にもなれないのよ。他の誰も、ティル自身になれないのと同じで。誰かを好きになるのは、外見も含まれるでしょうけど、その相手の中身だもの」

「……」

 まだティルは反論したそうな顔をしているが、言葉が見付からないらしい。

「ティル」

 ニルケに呼ばれ、ティルはすぐにそちらを見た。シェリルーがティルを引き離したため、ニルケは壁によりかかり、かろうじて立っている。

「きみの好意は嬉しいですが、ティルの気持ちに応えられません。ぼくには……好きな人がいます」

 かすれる声で、ニルケは告げた。

「誰? どんなひと? そのひとも、ニルケのことが好き?」

「ぼくはその人ではありませんから、わかりません。推測するだけです」

「教えて。誰?」

「……」

 ニルケは答えようとしない。

「はっきり言えばいいのよ。途中でやめるなんて、ズルい態度だわ」

 リンネの言葉は、味方に対しても結構容赦ない。

「どうして言ってくれないの。ティルから離れたいから、嘘ついたの? 本当は好きなひとなんていないとか」

「もうやめて、ティル」

 問い詰めようとするティルを、シェリルーが止めた。でも、本当はシェリルーだって知りたい。

 端から見ればシェリルーとニルケは恋人同士みたいだ、とリンネは言った。でも、ニルケの口からそういった言葉を、これまでに聞いたことはない。

 シェリルーも告白しよう、と何度も思ってはいても、まだ直接本人に言えてなかった。

 これまでに色々なできごとがあり、その度にニルケは魔法の下手なシェリルーを守ろうとしてくれていた。魔法の下手さ加減に落ち込んだりすると、なぐさめてくれた。シェリルーのレベルでは危険な魔法を使い、そのことを本気で叱ってくれたのも彼だ。

 リンネは、ニルケがシェリルーのことを想っているからだ、と言う。シェリルーもそれが真実ならどんなに嬉しいかしら、と何度も考えた。

 ニルケはシェリルーのことを、本当にそういう目で見てくれているのだろうか。同じ想いを抱いてくれているのだろうか。

 それはティルより、シェリルーの方がずっと知りたいこと。

 でも、今はそんな場合ではない。早くニルケを休ませなければ。

「ね、教えて」

 しかし、ティルがあきらめる様子はない。

「……その人に危害を加えたりしない、と約束できますか?」

 リンネの言葉が効いたのか、このままではティルが決してあきらめないと思ったのか、ニルケは静かに尋ねた。

「できるよ。ティルは今まで、約束破ったことなんてないもん。だから、教えて」

 しばらく間があった。シェリルーは心臓が破裂しそうな気すらして、この間が早く過ぎて欲しいと祈っていた。時間が止まったようなこの沈黙が痛い。

 ティルがもう一度せかそうとした時、ようやくニルケが口を開いた。

「……シェリルー=サントレーフという人です」

「……!」

 その名前を聞いて、シェリルーは息が止まりそうになった。

「好きってどれくらい?」

「どれくらいと聞かれても……数で言えることじゃありませんから」

「でも、どれくらい?」

「……。心から愛しています」

 自分の愛する人の口から、自分の名前を聞いた瞬間、シェリルーは自分の顔に血が上るのをはっきり感じた。知らず、涙がこぼれる。

「へぇ、本当に言ったわね」

「リンがけしかけたんだろ」

「まぁ、いいじゃない。これであたしも、ようやくニルケの気持ちがしっかり聞けたわ」

「何だよ、あの二人。まだお互いの気持ちを言ってなかったのか?」

「みたいよ。シェリルーが慌てて否定してたもん」

「俺、てっきり言ってると思ってたんだけどなぁ。リンネがハッパかけるとかして」

「どっちもこういうことにはオクテみたいだしね」

 外野の方がうるさい。

 ティルはフェダーと一緒に現れたこの侵入者の名前をまだ知らなかったが、リンネ達が話しているのを聞いて、目の前にいる女性がニルケの言うシェリルーだとわかった。

「あなたが、ニルケの好きなひとなの?」

 改めてティルは、シェリルーの方に向き直った。

「ティル、その人に危害を加えないと約束したはずでしょう」

「ニルケは黙っててよっ」

 ティルの声の調子が変わり、シェリルーは、そして少し離れて見ているリンネ達もわずかに身構える。ニルケの想い人がすぐそこにいるとわかり、逆上したティルが手を出してくるかも知れない。

「あなたはどうなの? ニルケのことが好きなの?」

「あ……の、えっと」

 第三者にはっきり聞かれ、シェリルーは耳まで赤くなる。さっきまではきはきしゃべっていたのに、今はまともな言葉にならない。

「シェリルー、がんばれ。今言わないと、ずっと言えないわよ」

 リンネが後ろで応援する。その言葉に励まされたのか、シェリルーはぐっと顔を上げ、ティルとしっかり視線を合わせた。

「私はニルケが好きです。初めて会った時からずっと」

「絶対に好き?」

 おかしな表現だが、シェリルーはそんなことなど構っていない。

「好きよ。他の誰よりもずっと」

 言ってから、シェリルーはニルケより熱があるんじゃないかというほどに、さらに赤くなる。

「それじゃ、ティルの入る所、ないじゃない。つまんないの。んじゃ、ニルケのこと、やーめた」

 まるで遊びをやめるかのような口調で言うと、そのままティルはリンネ達の前を走り過ぎ、外へと飛び出した。

「待つんだ、ティルナーン!」

 ティルの後を追って、フェダーも飛び出して行く。

 しばし、あっけにとられて彼らの姿を見送っていたニルケだが、やがて短くため息をついた。

「これで……帰らせて……もら……そうで…………」

 最後の方は、もう言葉になっていなかった。ニルケはそのまま、崩れるようにして倒れる。慌ててシェリルーが腕を差し出し、抱き留めようとしたが、意識のない男性を抱えるほどの腕力はない。

 ニルケと一緒に倒れそうになるシェリルーを、駆け付けたカードとダルウィンが支えてくれた。

「! ひどい熱」

 思っていた以上に、ニルケの熱は上がっている。その熱さに、シェリルーはぞっとなった。

「早く……早くお医者様に診せないと」

 シェリルーがおろおろしているのを見ると、リンネは急いでフェダーが出て行った方へと走り、そこから大きく叫んだ。

「フェダー! 戻って来てっ。早く!」

 リンネの通る声が何度もこだました。

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