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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第三話 消えた魔法使い

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コルドナへ

「え、コルドナに……帰るの?」

 リンネはぽかんとなって、魔法使いの顔を見詰める。

 いつものように、勉強の時間が近くなって抜け出そうとしたところを見事家庭教師(せんせい)に見付かり、仕方なく授業を受けた後でそう告げられたのだ。

 リンネの家庭教師で魔法使いのニルケは、コルドナの街の生まれ。ここラースの街はルエックの北にあるが、コルドナは南。縦長の国の端にそれぞれが位置している。

 ラースが港街であるのに対し、コルドナは内陸。昔はどちらかといえば田舎だったが、最近では開けてきている。隣接しているジェスタの国やラカールの国に近い街だ。

 ニルケの父、セイダル=ドュート。リンネの父、ラグス=エクサール。

 二人は友人関係にあり、ニルケが十五歳の時、ラグスはリンネの家庭教師を依頼してきた。それ以来、ニルケはずっとリンネの勉強や教養などの面倒をみてきている。

 ニルケに何か避けられない事情がない限り。

 もしくは、リンネがどこかへ嫁ぐ日まで。

 この状態がずっと続く。誰もが何となくそう考えていた。

「突然ですが、明日コルドナへ行きますので」

 本当に突然そんなことを告げられ、リンネはきょとんとしてしまう。

「どうして? ニルケ、家庭教師やめちゃうの? 契約期間が切れたの? それとも続ける自信がなくなった? あたしに教えるのがいやになったから、魔法の勉強に専念するの?」

 我に返ると、リンネは続け様にそう質問した。今度はニルケの方がきょとんとなる。

「別に契約期間なんて決めてませんよ。辞めてくれとも言われていません。今更自信をなくす程、ぼくもヤワじゃありませんからね。リンネに逃げられた日には、いつも魔法の勉強に専念してますから」

 言いながら、何がおかしいのかニルケはくすくす笑う。

「じゃ、どうして?」

「リンネ、今の質問の仕方と表情から、ぼくがいなくなったら淋しくなると思っている、と考えていいですか?」

「……」

 リンネは答えず、少し拗ねたような目でニルケを見た。

 確かに今の言い方だと、言葉の裏に行かないでほしい、というのが隠れてるように思われる。

 それに、リンネは間違いなくニルケが行ってしまうと淋しくなる、というのがわかっていた。彼がエクサール家へ来て九年になるのだ。本当の兄のように慕っている部分もある。

 そのニルケがいなくなってしまったとしても、リンネには実の弟ラグアードがいるし、魔獣ではあるが友達のカードがそばにいる。彼がいなくなっても、全くの一人になる訳ではない。

 それでも、いつもそばにいた人がなくなれば、淋しくなるというもの。

「いつも口うるさく言ってる割には、嫌われていないようですね。安心しました」

 複雑そうな顔をしているリンネを見て、ニルケはにっこり笑う。

「帰ると言っても、ほんの数日ですよ。兄に子どもが生まれたので、祝いに行くんです」

「え……ラースを出て行くって意味じゃなかったの?」

「ぼくはコルドナへ()()、と言ったんですよ。生まれた街ですから、帰ると言っても差し支えはないでしょうけれど。本当にここを出て行く意味で帰ると言うなら、ちゃんと最初から説明しますよ」

 つまり、一時的な里帰りをするだけだ。

 リンネは一気に身体の力が抜けた気がした。

「なによぉ、それなら先にそう言って」

 落ち込みかけた分、リンネはふくれてみせる。

「言う前に、リンネが質問攻めにしたんですよ」

 そう言われると、反論できない。

「ねぇ、子どもって女の子? 男の子?」

 リンネはさっさと話題を変えた。

「女の子です。とうとうぼくも叔父さんですよ」

「んじゃ、ニルケも負けずにお兄さんを伯父さんにしちゃえばいいじゃない」

 リンネの言葉に、ニルケは苦笑する。

「一日二日でできることではないですからね」

 どーだか。真面目な人程、手が早かったりするんだから。

 そう思ったが、口に出しては言わないでおく。

「明日、出発?」

「ええ。ちゃんとエクサール氏にも言ってありますから」

「あたしも行きたい」

 いきなり思い付き、リンネは言いながら手を上げた。

「行くって、コルドナへですか?」

「そう。あたしも赤ちゃんを見たいもん。いいでしょ」

「ぼくは構いませんが」

「んじゃ、決まり。父様に言ってくるね」

 リンネは父に許可をもらうべく、部屋を飛び出して行った。こういう行動は早い。

「やれやれ、姪がリンネの影響を受けすぎなければいいですけれどね」

☆☆☆

 次の日、ニルケの移動魔法でコルドナへ向かう。

 メンバーはニルケとリンネ、そしてカードだ。

 ラグスは、ニルケには面倒をかけるだろうが、とリンネのコルドナ行きを許可してくれた。特に危ないこともないだろうということで、反対する理由もない。

 表向きでは「赤ちゃんを見たい」と言っているが、娘の本心は「よその街を見て歩き回りたい」というものであることは、ラグスもわかっている。

 だが、コルドナはちゃんとした街だし、これまでにも何度か行っている。心配するようなことは起こらないだろう……たぶん。

 それに、リンネに勢いこんで頼まれたら、駄目だとも言えない。

 カードは、リンネが出掛けると言えば一緒について来る。今回も、リンが行くならオレも、ということでついて来た。

 カードはリンネに助けられたこともあって、自分がリンネを守るんだ、という使命感のようなものがある。彼は黒い狼の姿を持つ魔獣だが、人間の姿の時はリンネと変わらない年頃の少年の姿になり、ケンカの天才でもあるのだ。ボディガードには充分な人材(魔材?)である。

 ラースの自宅からニルケの魔法で移動し、次に現れたのはリンネも何度か来た覚えのある家。ニルケの生家であるドュート家だ。

 ニルケがリンネの家庭教師を頼まれる前。

 仕事でコルドナの街へ行くというラグスに、リンネは同行させてもらったことがある。その仕事の途中でラグスはドュート家へ寄り、その時に初めてリンネはニルケと会った。その後も似たような状況で訪れること、数回。

 そして、最近では一昨年の春にニルケの三つ違いの兄セルスが結婚する時。父やニルケとコルドナの街へ来た。

 セルスの妻マーファは、砂色の髪に薄い青の瞳をした優しい顔立ちの美人だ。セルスもなかなかハンサムだし、美人の彼女との子どもならきっとかわいいだろう、とリンネは期待する。

「まぁ、リンネも来てくれたのね」

 迎えに出てくれたマーファは、嬉しそうにリンネ達を迎え入れる。家の中では、今日は仕事が休みのセルスがむずがる子どもをあやしていた。

「兄さんも泣く子には勝てないようですね」

 セルスは商人である父セイダルの跡を継いでいる。仕事では父以上にやり手のセルスも、泣きわめく我が子には手を焼いているようだ。

「おう、ニルケ、来たか。何言ってんだ。お前だってそのうち同じ目に遭うぞ」

「ダメよぉ、セルス。そんな抱き方じゃ」

 リンネがつかつかと近付くと、セルスから赤ん坊を受け取る。

「ほーら、いい子ね」

 途端に赤ん坊は静かになった。男達がその手並みに感心する。

「へぇー、リンって結構器用なんだな」

「おてんばでも女の子、ということですね」

「リンネにも母性はあるか。うんうん、よかったな。少し安心したぞ」

 どうも引っ掛かりを感じる。セルスもニルケの兄だけあって、言うことがちょっとばかりきつかったりするのだ。

「ふーんだ。あたしにだって弟がいるのよ。ラグアードが小さい時は面倒みてたんだから」

「それですよ。よくラグアードがリンネのようにならないものだと不思議で」

「ニルケ、それってどういう意味よ」

「そうだよなー。ラグってリンの弟なのに、性格はちっとも似てないや」

 ラグアードは男の子の割におとなしすぎる。その分、リンネが賑やかだ。

 極端に性格が違う、というのは本人達もわかっていることではある……。

「エクサールのおじさんもおばさんも、穏やかな人なのになぁ」

 それもよく言われる。強いて言うなら、ラグスの「社交的」な部分が似たのだろう。

「あら、リンネ。赤ちゃんの抱き方が上手ね」

 マーファがお茶を持って、部屋へ入って来た。

「いいお母さんになれるわ」

 マーファは素直にほめてくれる。男達とは大違い。

「本当? 嬉しいな。この子、マーファに似てるわね。将来美人間違いなしよ。名前は何ていうの?」

「サーシャよ。よろしくね」

「サーシャか。きれいな名前」

「リンネ、俺にも似てるだろ。ほら、この鼻筋が通ってる所なんか俺そっくり」

「ふぅん、そうかしら」

 意地悪を言うおじさんは無視である。

☆☆☆

 しばらくして、ドュート家の家長セイダルが妻ケイニャと買い物から戻って来た。

 サーシャの誕生でおじいちゃんおばあちゃんになってしまった二人だが、まだまだ若い初老の夫婦である。

 夜になると、みんなで夕食のテーブルを囲んだ。

「リンネが来るのは二年ぶりか。リリアによく似てきたな」

「おじ様、それってきれいになったってこと?」

 リンネの母リリアは、身内内外でも美人だと評判だ。

「ああ、もちろん」

 ニルケとよく似た緑の瞳のセイダルは、にこやかに頷いた。

「おとなしくしていれば、みんな同じことを言ってくれますよ、リンネ」

「何だ、おてんばは相変わらずかい?」

 リンネの昔からのおてんばぶりは、セイダルももちろん知っている。

「あたしだって、子どもの頃みたいにやんちゃしないわよ」

「どうでしょうか」

 知らない人が聞いたらどっちなんだと迷いそうなセリフだが、確かにやんちゃしてないとは言えない。

 何やかやで和やかに食事が終わり、食後のお茶をそれぞれが飲んでいた。

「どうだ、ニルケ。少しは魔法の腕も上がったか?」

「それなりに。ラースにはいい魔法書が多く入ってきますから、勉強のやりがいがあります」

 ニルケは二年ぶりに会う父に近況報告をした。

「コルドナも以前に比べればいい本が入るようにはなったらしいが、ラースのように大量には無理だからな」

 ニルケがリンネの家庭教師を承諾した理由の一つに、魔法書が手に入りやすい環境だということがあった。

「この街にも魔法使いがいるようになったらしいですね」

「それもここ最近の話だ。まだまだ田舎だよ、この街は」

「なぁ、ニルケ。よその国には、魔法使いのための学校があるらしいな」

「ええ、そんな学校があるのぉ?」

 リンネは驚いてセルスに聞き返す。

「聞いたことはあります。ポスベームの国でしょう? あそこは大きな国ですから、何をするにしても先端をいってますね」

 ポスベームはルエックから南東に二つ国を隔てた所にある国で、ここパズート大陸の中で一番の大国だ。人口もルエックの三倍近くあり、文化や流行など色々なものがポスベームから他の国々へと広がるといわれている。

「ふぅん、世の中には色々な学校があるのねぇ。そこなら、ラースにいるよりもっとしっかり勉強できるんじゃないの?」

「でしょうね」

「お前、えらくあっさりした返事をするなぁ」

「行く気がありませんから」

 ニルケの答えは簡潔だ。

「一時は心惹かれましたけれどね。学校でとなると、詰め込みのような状態になりそうですし、納得できるまで続けられるかどうかもわかりません。同じ場所で勉強するのは、一人や二人じゃありませんから。ライバルがいれば、張り合いは出るかも知れませんけれどね。何をするにも一長一短はありますが、ぼくは団体で勉強するより我流でいいと思っています。しつこく突き詰めてからでないと、先へ進めない性格ですから」

「なるほど、大量生産より、手造りってところか」

「兄さん、取り扱ってる商品と同じにしないでくださいよ」

 ニルケがセルスの言葉に苦笑する。

「そう言えばニルケ、ちょっと妙な噂を聞いたのだが」

 セイダルが少し重い声を出した。

「何ですか?」

「……ルエックやジェスタなどの国で魔法使いがいなくなる、ということが最近続いているそうだ」

「ああ、その話は俺も聞いた。ある日突然、理由もなく消えるってな。そのまま戻って来ないらしいぞ」

「おじさま、いなくなるって行方不明って意味なの?」

「だろうな。誰も行く先を知らないらしいから。行商の途中で、そういう噂が耳に入ってな。どこまで本当なのかはわからないが、お前も気を付けるようにしろ」

 本当か嘘かわからない噂でも、父にすれば魔法使いという肩書きがある息子の身の上が心配なのだ。

「わかりました。でも、ぼくは大丈夫だと思います。仮にいなくなった魔法使い達が何かをさせられるためにさらわれたとしても、大した魔力もないぼくなんか無視されますよ」

「あら、ないよりマシってこともあるわよ」

 それを聞いてセルスが吹き出す。

「なるほど、質より量か。リンネも言うな」

「ぼくはリンネを逃がさないようにする魔法さえあれば、今は間に合っていますから」

 しっかり言い返しておくニルケだった。

☆☆☆

 次の日、リンネはコルドナの街を見て回ることにしていた。

 この街をうろうろするのは二年振りだ。同じ店もあれば、改装した店や人が変わった店もあるだろう。楽しみだ。

 ニルケは昔の友人宅へ行くと言う。ラースへ移るまでずっと親しくしていた人らしい。街の役場で働いているが、今日はニルケが訪ねて来るという知らせを受けているので休みをとっているのだ。

 カードはもちろん、リンネについて行く。それに、カードはコルドナの街は初めてなのだ。今まで色々な国や街を通ることはあっても、ゆっくりと見物したことがない。山や森の中で好き勝手にする時の方が多かったし、人間の姿になる必要もあまりなく、こうして誰かと一緒に人間の街を歩き回る機会というのがなかった。

 リンネと一緒に行動するようになって、カードも新しい体験を増やしている。

 リンネ達はデュート家を出ると、途中まで一緒に歩いた。

「ねぇ、友達って女性?」

「いえ、残念ながら男ですよ。彼は恋人がいますけれど」

「なんだ、つまんねぇの」

「幼馴染みで、来年の春に結婚するそうです」

「ふぅん。でも、友達の恋人を好きになって悩むっていうのもよくあることみたいよ」

 他人(ひと)の色恋沙汰というものは、第三者にとっては楽しいからかいのタネだ。

「……リンネ、どこでそんなことを覚えてくるんですか」

「あらぁ、あたしだって花も恥じらう乙女よ。色んな恋のシチュエイションについての知識は、ニルケよりもずっと大人よん」

「リンネ!」

 本当に怒られる前に、リンネはそそくさと逃げ出す。

「何を莫迦なことを……花も恥じらうより怖がりますよ」

「ニルケ、夜が遅くなるようなら、あたしがうまく説明しておいてあげるからね」

「うん、オレも協力する」

「こらっ」

 ふたりはけたけた笑いながら、街の方へと走って行った。

「全く……どうしてあのエネルギーを勉強の方へ向けられないんでしょうかね」

 小さく溜め息を一つつき、ニルケは友人宅のある方へと歩いて行った。

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