表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第二話 銀の木の実と魔物の棲む島

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/149

銀の実

 ダルウィンもカードも一緒に行きたそうにしていたが、ジーブの魔法は一人がやっと歩ける程度にしか土が固くならない。何人も乗れば、全員が底無し沼に沈んでしまう。

「あたしがあの実が必要なんだもんね。だから、あたしが行くべきなのよ」

 リンネは一歩前へ進んだ。踏み出した足は乾いて色が変わった泥にめりこむことなく、ちゃんと歩ける。

「この魔法はあまり長くかけられない。リンネ、早く戻って来るんだ」

「わかったわ」

 リンネはぬかるみの中央にある岩山へ向かい、全力疾走した。岩山まで辿り着くと、さっきまでいた所からそんなに距離はなかったはずなのに、やけに大きく感じる。木のある所までが高いように見えるのだ。

 こんな所でめげてなんかいられるもんですか。ジーブの身長よりちょっと高いくらいじゃない。

 リンネは岩山を登り出した。絶壁ではないから、塀を乗り越えることを思えば足をかける所もあって楽だ。こんな時に、家を抜け出していたのが役に立つとは思わなかった。

 何とか頂上まで登り切る。そこに立つ木には、確かに銀の実がなっていた。

 岩山が大きく思えた時とは逆に、木は思ったより細い。高さはリンネの身長の二倍ありそうだが、幹の一番太い部分でもリンネのウエストとあまり変わらないだろう。白い樹皮が、さらに木をきゃしゃに思わせた。

 枝はたくさん伸びているのだが全てがとても細く、折るのがかわいそうになってくる。その枝から極細の軸が伸び、その先に親指の爪サイズの実ができていた。銀色の実は、風に揺らされれば本当に鈴のように音がなりそうだ。

 そんなことを考えながら見ていると、リンネが近付くことで木が怖がっているようにも思えてくる。

「ごめんね。どうしてもこの実が必要なの。あたしの弟が悪い術をかけられていて、それを解くためにこの実が必要なの。だから、取らせてね」

 リンネは木にそう話し掛け、一番低い枝を折った。それでも、リンネが背伸びしてどうにか届く程に高い位置だ。


 イタイ!


 枝を折った途端、そんな声が聞こえた。見回してみても、ここには他に誰もいるはずがない。すぐに木が言ったのだと悟った。不思議な実をつける木なのだから、何か不思議なことが起きても当たり前だ。

「ごめんね、ごめんね。痛い思いをさせてごめんなさい。あなたからもらったこの実は、絶対に悪いことには使わないわ。ごめんね」

 リンネは髪のリボンをほどく。行動しやすいように、と三つ編みにしていた髪。その髪に結わえていた赤いリボンを、自分がたった今折った枝の付け根に結び付ける。木だから血が出ている訳ではないが、包帯のつもりだ。

「さっきね、あそこにいる巨人のジーブに聞いたわ。この実を手に入れても、戻った時に銀でなくなったり、枯れたりするって。勝手なお願いだってわかってるわ。あなたの身体を傷付けておいて、その実をこのままにしておいてって言うのは。でもね、あたしは弟が大好きで、あの子を助けてあげたいの。だから、あなたの力がほしいの。銀の実をください」

 リンネは木を抱き締めた。人にするように強く。

 すると、木がリンネを抱き締めた……ような気がした。枝を動かし、それを広げて暖かく抱き締めているような。

 何だか心が温かくなっていくような、不思議な気持ちになる。本当はこの木は人間なんじゃないか、とさえ思えた。

「リンネ!」

 突然響いたダルウィンの声が、リンネを現実に引き戻した。

「急げ。魔法が解けるぞ。早く戻って来い!」

 そこから見ていてもわかった。さっき歩いて来た所は乾いて少し薄い土色だったのが、次第に元の色へ戻ってゆく。

 リンネはもう一度、木を抱き締めて謝った。

「ごめんね、痛い思いをさせて。本当にごめんなさい。枝を折らせてくれてありがとう」

 木にキスすると、リンネは折った枝を口にくわえ、一気に下へと降りて行く。

 降りる方が難しいとは言うが、リンネはちゅうちょせずにある程度の高さまで来ると、飛び下りた。くわえていた枝を手に持つと、みんなのいる所へと走り出す。

 だが、段々と足がぬかるみにとられ、走りにくくなってきた。さっき砂浜を走った時の比ではない。足が持ち上がらないのだ。もう少しでニルケ達のいる所に辿り着けるというのに。

 あたしは絶対にこんな所で沈まない!

 走るうちに三つ編みは完全にほどけ、顔にかかる。それを払い除けながら、リンネは足を必死に動かした。ぬかるみが次第に深くなる。リンネの手の長さが今の三倍あれば届くという所まで来て、とうとうリンネの足が動かなくなる。

「やだぁ、もうちょっと待ってよ」

 ずぶずぶと身体がぬかるみの中へ沈む。このままでは銀の実と共に、底無し沼の中だ。

「リンネ、手を伸ばせっ」

 ダルウィンがぬかるみに入り、リンネの方へ手を伸ばしている。痛いくらいにリンネは手を伸ばした。指先がわずかに触れる。あとわずかだが、ダルウィンの方もぬかるみに身体が沈んでゆくから自由が利かない。

 そのダルウィンを、人間の姿になったカードが掴まえる。しっかりとカードの手を握ったダルウィンは、身を乗り出すと今度こそリンネの手を掴まえた。

「わわっ」

 二人の重さがかかり、カードの足場もあまり強くなかったせいで、ぬかるみの中へと足がはまる。これでは踏ん張れないし、沼の二人を引っ張り上げられない。

 と、今度はニルケがカードの腕を掴んだ。そのおかげでカードはぬかるみから足を抜き、それからダルウィンの手を思い切り引っ張った。

 沈む時は簡単に入ってゆくのに、引き出す時は重さが倍以上になったようで、なかなか出られない。

 それでも、ついにダルウィンの身体が出て、最後にようやくリンネの身体が固い地面の上に乗った。

 全員がこれまで以上にひどい格好で、しばらくは誰も口がきけずにその場にへたり込む。

 ようやくそれぞれが顔をあげ、リンネは自分が握って離さなかった枝を見た。

「銀色!」

 その声に、全員の目がリンネの持つ枝に集中する。

 リンネの肘から指先くらいの長さ。指よりやや太い枝は、幹と同じく白い。

 その枝には、確かに銀色の小さな実がついていた。三十個はあるだろうか。

「銀の実を手に入れた人間を見るのは初めてだ」

 ジーブが感心したようにリンネを見る。

 彼は、実を取るという行為はあくまでもリンネがしなければならないことであり、手伝うことができなかったのだ。

 しかし、リンネは実力で銀の実を手に入れた。

「やったぜ、リン、すげーや」

「苦労して宝物を手に入れた物語の主人公の気持ち、今ならはっきりわかるな」

「……」

「ニルケ? やだ、ひどい顔」

「それを言うなら、顔色でしょう。……こんな時に笑わせないでください」

 さっき無理したことで傷が開いたようで、出血がひどくなっている。リンネは急いで服の裾を引き裂き、ニルケの傷に当てた。

 しかし、今はリンネの服も泥だらけ。傷口に当てていいかも悩むところだが、とにかく血が出ないようにしなければ。

「早く医者へ連れて行かないと、マズいな。ケガをしてから時間もかなり経ってる」

「だけど、ここへ来たのはニルケの魔法よ。それがなきゃ……舟を作って漕ぐなんて時間がかかるし」

「無理だ。この島の周りの海流は激しい。漁師もほとんど近付かない。ましていかだなどでは、すぐに海へ放り出されてしまうぞ」

 ジーブに言われるまでもなく、海流が異常なのは聞いている。でも、他にどうやって帰ればいいのだ。

「あの海流、あなたの力で何とかできない?」

 申し訳なさそうに、ジーブは首を横に振る。

「してやりたいのはやまやまだが、私にはあの海流を抑えるのは無理だ。力が強すぎる」

「空を飛んで帰るってことができればなぁ」

 ダルウィンがふと上を見上げる。太陽がやや西に傾きかけていた。もうそんな時間になっているのだ。

 その中に、小さな影が見えた。鳥かと思っていると、影はこちらへ近付いて来る。

「何だ、あれ。海鳥か?」

 ダルウィンの声に、カードが同じように見上げる。

「鳥じゃないよ、あれ。もしかして……」

「もしかしてって、まさか魔物じゃないだろうな」

「違うよ」

 やがて影は一同の前に降り立つ。そこには、リンネよりも少し幼い少年がいた。

「タファーロじゃない。どうしてここに?」

 飛んで来た影は、オーゼルで会った魔法使いと精霊とのハーフの少年タファーロだった。

「うん、あれからどうも気になっちゃってさ。ちょっと様子を見に来たんだ。そしたら、魔物の気配がなくなってるし、どうなってんだろうと思って」

 自分が心配する筋合いではないはず。でも、どうも気になってしまう。人間の行くような場所でもないのに、行くと言いきった少女がタファーロはどうしても気になった。

 気になることを放っておくと気持ち悪いので、向かうことにしたのだ。

 必要以上に近付くつもりはなかったが、魔物の気配が消えている。集中すれば、人間の気配。

 そして、タファーロはリンネ達を見付けた。

「ほら、銀の実は手に入れたわ」

「へぇー、すごいじゃないか。本当にやるとはね」

 魔物にも殺されず、一日とかからずに手に入れるなんて……すごい強運の持ち主だな。

 タファーロはリンネと銀の実を見て、心底感心していた。

「あの、タファーロ、あなた、治癒魔法は使える?」

「へ? ああ、できるけど。どうかした?」

「ニルケがケガをしたの。お願い、治してあげて」

 すぐそこで横たわっているニルケの所へ、リンネは急いでタファーロを連れて行く。ニルケは青白い顔をして、意識もかなり薄れてきているようだ。

「どれ……ああ、こりゃひどいな」

 タファーロはニルケの傷口の上に手をかざし、呪文を唱えた。傷口に当てられていた布がひとりでに離れ、血が流れていた傷はタファーロの手の下で消えていく。

「すげー、あの傷が簡単になくなった。ジーブの治癒能力並みの力だぜ」

「魔法ってのは、本当にすごいものなんだな。それを使う魔法使いは、もっとすごいってことか」

 傷が大きくなれば、魔法の力もその分強くなければならない。ニルケのケガは重傷とも言えるものだった。それをすぐに治してしまったのだから、子どもの姿ではあるが、本当にタファーロはすごい魔法使いなのだ。

 傷が消え、ニルケはゆっくりと目を開けた。

「ニルケ、傷は治ったわよ。タファーロが治してくれたの」

「……どうやら生き延びられたようですね」

 ダルウィンに助けられながら起き上がると、ニルケは小さな先輩魔法使いに礼を言った。

「今日はまだ無理しない方がいいぜ。俺がやったのは、傷を治したってだけだから。魔法を使うのは、もう少し体力が戻ってからにしろよ」

「それじゃ、今日はここで夜明かしするしかないのかしら」

 食べるものは、森の中に果物が実っている木があったような気がする。人間が食べても平気なものなら、一晩くらいの夜明かしは可能だ。この泥だらけの格好で夜明かしは嬉しくないが……。

「俺、移動魔法はあまり使わないから、もし失敗したら悪いしなぁ。何だったら、海から帰る? 男二人で漕げば、一時間もあればオーゼルの街へ着くぜ」

「けど、海流のせいで舟が壊されたら、何もならないだろ」

 カードが言うと、タファーロは「あ、そうか」と気のない相槌を打つ。

「それじゃ、母さんに頼んでやる。ちょい待ってて」

「え?」

 タファーロはそう言うと、誰もがぽかんとしている間にどこかへ飛んで行った。

「彼は確か、海の精霊の息子ではなかったか?」

 ジーブがリンネ達に聞くが、リンネ達はそんなことなど知らない。

「え、海の精霊なの? お母さんが精霊だってことは聞いたけど」

「海の神の娘、セスィールの息子だと思うが……詳しいことは私もわからない」

「海の神っ?」

 そんなに強い後ろ盾があったのだ、あの魔法使いには。治癒魔法も簡単にやってのけるはずである。

 やがて、タファーロがまた姿を現した。そして、全員を浜辺へ連れて行く。

「じきに海流がおさまる。波が穏やかになるから、その間にオーゼルへ帰りな」

 タファーロはそう言うと、ポンと小さな舟を出してくれた。

「ありがとう、タファーロ。本当に助かったわ」

 リンネが魔法使いの頬にキスすると、タファーロは嬉しそうに笑った。

「へへっ、俺も暇だからさ」

 タファーロは「気を付けてな」と言いながら、またどこかへ飛んで行った。しばらく見送り、リンネ達は舟に乗り込む。

「あまり役に立てなかったな」

 見送るジーブは少し淋しそうだった。

「ううん、あなたの石が魔物からが守ってくれていたもの。それで充分よ。銀の実のある所を教えてもくれたし」

 あの石がなければ、リンネもニルケのようにケガをしていたかも知れない。それを思えば、こうして無傷でいられることに感謝しなくては。

「リンネ、元気で」

 ジーブはオーゼルの方向へ舟を押し出してくれた。

「ありがとう。あなたも元気でね」

 ソイルの島を出て、舟はオーゼルの街へ向かった。

☆☆☆

 海である程度の泥は落としたものの、ほこりだらけだ。

 宿へ帰ったリンネ達はそのほこりっぽさで宿屋の主人にいやな顔をされたが、ニルケが少し多めの金を出して黙らせた。

 風呂に入ってようやくさっぱり。一息つくと、リンネは改めて取って来た枝を見た。

 小さな実が枝に連なり、枝を振ればやっぱり鈴のような音がしそうな気がする。ローソクの火が当たり、反射した光が天井に不思議な模様をつくった。

「本当にきれいね。……あなた達、銀色のままでいてくれて、ありがとう」

 リンネが言うと、何となく木が笑ったように感じる。

 ジーブは、この木は人を見る、と言っていた。リンネの言葉を理解しているのかも知れない。

 木は一生懸命に謝り、頼み、願う少女を認めてくれたのだろう。だから、こうして銀の実がここにあるのだ。

 過去に他の人が銀の実を手に入れられなかったのは、欲望に目を光らせ、木を無視したために、木が怒って彼らには与えなかったのだろう。

 そういったことをジーブが教えなかったのは、教えられた後では本心からの言葉ではなくなってしまうからだ。言ってしまえばそれでいい、となりかねないから。

 だから、リンネ次第と言ったのだ。あの木は人を見ている、というヒントをくれて。

 もっとも、リンネはそれをヒントとは思ってはいなかった。必死だったので、そんなことを覚えている余裕すらもなかったのだ。

 ただ、木に対して感じた想いを口にしただけ。

 結果的には、それが一番いい結果をもたらしたのだろう。

 リンネは部屋にあった花瓶に枝を挿し、明かりを消してゆっくりと眠った。

☆☆☆

 次の日の朝も、いい天気だった。

「ダルウィン、助けてくれて本当にありがとう。あなたが一緒にいてくれなきゃ、ニルケは魔物に殺されてたかも知れないし、あたしもあの沼で沈んでたかも」

「どうしたんだ、リンネらしくない。えらく殊勝じゃないか」

「もう、人が真面目にお礼を言ってるのに」

「横から見てると、リンがお嬢様に思える」

 カードも同じく茶々を入れる。

「いつも本当のお嬢様らしくしてもらうと、周りがずいぶん喜ぶでしょうね」

 ニルケの言葉が最後にリンネを押し潰す。でも、すぐに立ち直ってしまうのがリンネの強い所だ。

「ダルウィンはまだオーゼルの街を見て回るの?」

「ああ。来たばかりだから、ゆっくりとね。リンネ達はすぐにラースの街へ戻るんだろ」

「うん。家族が待ってるから」

 昨夜は早く休んでいるので、ニルケの体力もずいぶんと回復している。まだ完全に回復とはいかないが、移動魔法を一度行うくらいなら大丈夫だ。

 それに中途半端なねこ姿のラグアードを抱え、両親がリンネ達の帰りを心待ちにしているはず。

「この分だと、また何か起きそうだな。次に会うのが楽しみだ」

「頻繁に起きたら、ぼく達周りの者がたまりませんよ」

「苦労は察する。でも、まぁ、これも運命ってことで」

「ニルケって苦労性だもんな。オレもいるから心配するなって」

「きみも充分にリンネの方に荷担してます」

 カードが加わって助かることもあるが、同時に大変なことも多い。

「はは、賑やかな生徒を持つと、本当に苦労するみたいだな。さ、早く戻ってやれよ」

 ダルウィンに促され、ニルケは移動魔法の呪文を唱えた。

「じゃあね、ダルウィン。またいつか」

 消える寸前、リンネが手を振った。ダルウィンも手を振り返しているうちに、その姿は消える。

「さぁて、昨日のならず者には見付からないように歩かないとな……」

 荷物を持つと、ダルウィンはのんびりとオーゼルの街を歩き出した。

☆☆☆

 エクサール家の庭に光の輪が浮かび、リンネ達の姿が現れた。

「ラグアード! 父様に母様! 帰って来たわよ」

 足が地面に着くや、リンネはラグアードの部屋へと駆け出した。

「姉様、おかえりなさい」

 ねこの耳としっぽをつけたままの弟が、部屋でリンネを迎えた。彼は本を読むのが好きな子なのだが、こんな格好になっても相変わらずのようだ。机の上に、お気に入りの本が開かれている。

「母様達は?」

「んーとね、父様はどうしても大切な仕事があるからって出掛けられて、母様はお部屋で寝てるよ」

 頼りにならない親だ。だが、父は立場上、忙しい身。まさか息子がねこにされかかっているので仕事を休む、とは大きな声で言えないだろう。それに、休んだところで呪いが解けるでもない。

 母は衝撃が大きすぎて寝込むのもわかる。彼女はリンネ程には強い性格ではないのだ。

 後で聞いた話によると、ラグアードが父に仕事へ行けだの、母に寝てろだのと言ったのだそうだ。何とも強い息子である。それとも、あまり事態を深刻に考えていないのか。

「ラグ、銀の実を見付けたわ。これでちゃんと元に戻してあげるからね」

 リンネは手に入れた銀の実を、ラグアードに見せた。

「きれいだね。これ、どうするの?」

 そう言われてリンネは固まった。そう言われてみれば、どうすればいいのかまでは聞いていない。

「ニルケ、これ、どうすればいいの?」

 ようやく部屋へ入って来たニルケに尋ねる。ここからは魔法使いの領分だ。

「あれ……ニルケ、何だかつかれてそう」

 ニルケの顔を見て、事情を知らないはずのラグアードがそんな言葉を口にする。小さいのに、よく気付く子だ。

「大丈夫ですよ、ぼくは。リンネ、その枝をかしてください」

 リンネは銀の実がついた枝を、ニルケに渡した。ニルケが呪文を唱えると、枝を動かしてもいないのに銀の実が揺れ出し、ついにはいくつかの実が枝から離れてニルケの手に落ちた。

「これを飲めば消えるはずです。これがラグアードに必要な数の実ですよ。カード、お湯を持ってきてくれますか」

「わかった」

 カードはすぐに部屋を飛び出して行った。その間にニルケはまた呪文を唱え、銀の実はさらさらの粉になる。

「これ、飲むの? お薬?」

 ニルケから手渡され、ラグアードはしげしげと銀の実だった粉を見詰める。

「この際、薬と言ってもいいと思いますよ。これを飲めば、耳としっぽが消えますから」

 カードがお湯を入れたティーポットとカップをトレイに載せ、戻って来た。

 ラグアードは言われた通りに、お湯と一緒に銀の実の粉を飲む。しばらくは何も起こらなかったが、次第にラグアードの耳としっぽの形が薄れてきた。

「あれぇ、なくなっちゃった」

 ラグアードがいじっていたしっぽが、その手からふっと消えてしまった。ねこの耳も完全に消えている。

「やったわ、ラグ。呪いは解けたわよ」

 リンネは弟を抱き締めた。

「ああ、やれやれだな。オレ、お袋さんを呼んで来るよ」

 リリアに知らせるべく、カードは再び部屋を飛び出した。

「姉様、これを取りに行くの、大変だったんじゃないの?」

 銀の実がどこにあるかわからない、と言われていたのをラグアードも聞いている。姉のことだから、どうにでもして見付けて来るのでは、と思ってはいたのだが、彼なりに心配していたのだ。

「それなりにね。でも、もういいのよ。ちゃんとこうして手に入ってるんだし、ラグも元に戻れたんだから」

 部屋の外からばたばたと音がして、リリアが駆け込んで来た。

「ラグ……ああ、ラグアード、元に戻ったのね」

 泣きながら母は息子を抱き締めた。涙を流して頬擦りする。

「さぁて、それじゃ、父様にも知らせに行こうかな」

 二人のことはニルケにまかせ、リンネはカードと共にラグスの所へと向かった。

 吉報を届けに。

☆☆☆

 そんなに多く手折ったつもりはなかったのだが、ラグアードに必要な数よりもずいぶんたくさんの実を取って来てしまったらしい。リンネの手元には、まだ多くの実をつけた枝が残っていた。二十個以上はありそうだ。

 ラグアードは完全に元に戻り、次の日になってまたねこの耳が生えていた、ということもなく、もう銀の実の役目は終わりということになる。

「ねぇ、ニルケ。これ、どうしたらいいかしら」

「またソイル島へ行っても、枝が元に戻るか、というのがありますしね。もらっておいたらどうですか? 実は取っておいて、枝は庭のどこかに差して。うまく根がつけばそれなりに木として成長するでしょうし、駄目でも土に返れるのならこの枝も本望じゃないでしょうか。ぼくの勝手な予想ですが」

 ニルケのアドバイスを聞き、リンネもそうすることにした。

 実を枝から取り、枝を庭の中で海に一番近い場所へ差した。リンネの家は海沿いにあるのではないが、少しでも海の匂いが近い方が島で生えていた木にすれば嬉しいだろう、というリンネなりの心遣いだ。

 数日が過ぎても枝は枯れることなく、どうやら根付いたようである。まだ成長こそしていないが、時間が経っても枯れたり腐ったりしていないのを見ると、そうなのだろう。

「あのばあさん、娘の墓がある村へ行ったんだって?」

「うん、嬉しいような悲しいような、ちょっと複雑な表情してたけど」

 ベイジャはラグスに教えられ、娘が眠っているという村へ赴いた。今度のことは、何かの縁だったのだろうか。

「あーあ、今度はゆっくりした旅がしたいなぁ。今回はばたばたしてたもんね」

「それより前に、オーゼルの街へ行くまでにやったおさらいをしましょうね。何をするにしても、それからですよ」

「そっか。オレ、邪魔しちゃ悪いから、よそに消えてる」

 カードはさっさとその場から逃げ出す。

「あー、カードずるい。あなたも一緒に勉強しなさいよ」

「カードはリンネより長く生きていますから、あなたより色んなことを知ってますよ」

 ニルケに勉強部屋へと引きずっていかれるリンネ。

 銀の実の力で授業から抜け出す……のは無理かしら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ