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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十五話 銀の実の力

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ネズミの身体

 リンネは部屋を見回し、壁に飾られた鏡を見付けた。化粧用の鏡ではないので、鏡の周りにはたくさんの細工がされており、姿の映る部分はあまり多くない。

 それでも構わずに、リンネはその鏡のそばへ走った。

「!!」

 うそぉ、と叫びたかったが、やはり声にならない。さっきと同じ鳴き声が出るだけだ。

「チュー」

 と。

 あたし、本当にネズミになっちゃったの? いやだぁ。ネズミなんて。冗談じゃないわ。どうせならもっとかわいい動物にしてくれたってよかったじゃないの。

 そんな場合でもないのに、リンネは違うことで怒っていた。

 どうやら、さっきムルヴェードルがカゴから出したネズミに意識を移されたようだ。

 実際、リンネの身体はそこにある。そして、ムルヴェードルがしっぽを掴まえていたネズミがいなくなった。そして、ネズミのリンネ。

 何をされたかを考えるには、十分すぎるヒントだ。

 どうしたって、あの銀の実がほしいって訳ね。誰が素直に渡すもんですかっての。

 こんな姿にされても、リンネはがんこ者である。

 それに今頃は、リンネがいないことに気付き、ニルケやカードが動き出しているはず。

 まさか家にはニセモノがいて、彼らの気付くのが遅くなってしまったことまではリンネもわからない。

 ひとまず、逃げよう。

 こんな所にいては、次に何をされるかわかったもんじやない。今の身体は小さいのだ。抜け出すのはさっきよりもずっと楽。それに、ドレスも着ていないから動きやすい。

 自分の本体を置いて行くのは忍びないが、まさかネズミの身体で人間を背負って逃げることもできない。戻る方法がわかるまで、身体のほうには待っていてもらおう。

 それに、ムルヴェードルは「リンネ」が必要なはずだ。殺しはしない。そんなことをすれば、自分の目的が達せられないのだから。

 リンネはそう考えると、さっさと逃げ出した。ねこ目人間の間をすり抜け、わずかに開いていた扉から外へと飛び出す。

 さて、どうしたもんだか……。

 とりあえず、ムルヴェードルの屋敷から離れたかった。それは同時に自分の身体からも遠ざかることになるのだが、それは後で考えることにする。

 ムルヴェードルの屋敷は、街からそれ程遠くないようだ。街の中ならネズミもたくさんいるだろうし、すぐには見付からないと考え、リンネは街の中へと走った。

 街の名前はフェレだと聞いた。ムルアの国には母方の祖父母がいるので、街の名前もある程度は知っているが、フェレの街へ実際に来たのは初めてだ。

 ひとまず、街の中へ入った。入ったはいいが、どう行動していいか迷ってしまう。

 人間の時なら迷うこともないが、ネズミにされてしまうとどうも感覚がおかしい。動物的な勘はあるのだろうが、物事を考える時にはあまり役には立たないようだ。

「こんな所でネズミ友達なんか作っても仕方ないもんねぇ。……そうだ。あたし、ネズミの声で鳴くしかできないなら、人間と会話ができないってこと?」

 さっきも言葉は出なかったし、ムルヴェードルは気が変わったら長く鳴けと言っていた。つまり、人間の言葉で降参を告げられないから、意識的に違う鳴き方でわかるようにしろ、ということなのだ。

 これは、かなりマズいような気がする。ニルケ達がリンネを見付け出してくれたとしても、それがリンネだとわからないではないか。リンネであっても身体が本物のネズミなので、カードにもきっとわからない。……狼はネズミを喰うのだろうか。

 それに、飲食店があるような街の中では、ネズミなど害獣でしかない。追い払われてしまう対象だ。ムルヴェードルはリンネが逃げた時のことも考えて、人間には嫌われ者のネズミに意識を移したのかも知れない。

「何てつまらない部分にまで頭の回る男なのよ、あいつは」

 腹を立てるリンネの後ろで、いやな気配がした。本能的な恐怖。

 ねこがいる。向こうはネズミのリンネを見付け、今まさにこちらへ走って来ようとするところだった。

 やだっ! ねこじゃないのっ。

 普段のリンネなら、犬やねこなどは大好きなのだが、今の身体はネズミで、しかもリンネ自身の身体ではなく、意識を本物のネズミに移されただけ。そして、ネズミの本能として、ねこの姿が恐怖の塊のように見えてしまうのだ。

 リンネはねこを見た途端、方向も何もわからないまま全速力で走り出す。リンネが、と言うより、ネズミの身体の中の恐怖心が天敵から逃げようとするのだ。

 記憶の中で、ねこが上手にネズミを捕まえた場面が浮かんだ。あのネズミと同じ立場に自分も陥るかも知れない。

 冗談じゃないわ。どうせ死ぬなら、自分の身体で死にたいわよ。

 リンネはとにかく一目散に逃げた。ここで死ぬ訳にはいかない。

 建物の壁に穴があいているのが目に入る。ねこには入れそうにない幅。恐らく、別のネズミが出入りする穴なのだろう。

 リンネは迷わず、いや、迷う暇もなく、その穴へ飛び込んだ。中へ入っても、リンネは奥の方へと走り続ける。もしも壁がモロかったりしたら、ねこが壊しかねない。

 とにかく、ここまで来れば大丈夫……よね?

 肩で息をする。こんなに必死に走ったのは初めてだ。あんなに恐怖にかられて走るのは。どんな目に遭っても、ここまで必死に走らなかったように思う。

 だが、ほっとしている時間はなかった。

「キャー、ネズミ!」

 女性の金切り声がして、リンネはビクッとする。上から声が降ってくるみたいだ。

 見上げると、いかにも下町にいそうな太ったおばさんがいた。どこからか子ども達が声を聞き付けてやって来る。まだ十歳前後らしい、男の子や女の子。

 どうやらリンネは、ねこから逃げようとするあまり、民家の台所の方にまでやって来てしまったらしい。

「こいつっ、待て」

 待て、と言われても、棒を持って追い掛けられているのに、持っていたら殺される。ねこの一難が去って、次は人間。

 リンネは泣きたくなった。いつもなら大好きな相手なのに、今はネズミの姿というだけで、殺されそうになってしまうのだから。

 男の子の攻撃から一時的に身を隠すと、周りに別の何かの気配を感じて辺りを窺った。すぐ近くだ。

 もう、次は何なのよ。

 次から次に何かが起こり、息をつく間もない。

「誰だ、お前」

 目の前にネズミが現れた。ネズミ同士なので、どうやら言葉は通じるらしい。しかし、どうも険悪なムード。

「この辺りじゃ、見掛けない顔だな。どこから来たんだ」

「どこのって……その」

「お嬢ちゃんよぉ、この辺りは俺の縄張なんだぜ」

 リンネはネズミの生態に詳しくないが、ネズミにも縄張というものが存在するのだろうか。……こうして口にしているのだから、あるのだろう。

「まぁ、お前はメスだから許してやるがよ。オスだったらすぐに追っ払うところだ。で、どうだ。俺の女になるか」

「どうしていきなりそんな話に飛ぶのっ」

「他にどういう話があるってんだ。子孫繁栄、ネズミ一族万歳。オスは蹴散らす、メスは抱き込む。それが俺達の生活ってもんじゃねぇか」

 ネズミの世界はこんなだから、ネズミ算で数が増えるに違いない。

「そんなの、お断りよっ」

 目の前のネズミを張り倒し、リンネはその場から逃げ出した。たとえネズミでも、仲間はいないと思った方が正解らしい。

 家の隅っこでモタモタしていたら、また何が起こるかわかったもんじゃないわ。早く元に戻る方法を見付けなきゃ。

 リンネは周りにねこがいないことを確認してから、家を出る。他の動物や人間に見付からないように、何か元に戻るための手掛かりがないかを探しに走り出した。

☆☆☆

 どんなに注意しても、ネズミ生活に慣れないリンネはすぐ誰かに見付かり、追い掛けられるハメになった。

 気が付けば、もう身体がボロボロになっている。汚い屋根裏や路地の間を走り、逃げ惑う。とにかく、相手から離れることで精一杯なのだ。細かいことには関わっていられない。

 疲れちゃった……。

 リンネは知らず、ムルヴェードルの屋敷に足が向いていた。

 考える時間、というのはこのことだったのだ。きっとリンネが抜け出してしまうことも承知の上で、こんな方法を取ったのだろう。

 ネズミのままでは毎日が修羅場になり、人間の生活しか知らないリンネに生き残るチャンスは少ない。元に戻りたければ……。そういうことだ。

 あの木を渡すしかないの? だけど、渡して本当に戻れるのかしら。

 まだ実はなっていないから、ムルヴェードルがすぐに悪用することは無理だろう。だが、彼が話していたように、力を加えて何かおかしな作用のある実を作ろうとしているのなら……。

 リンネにとって、あの木の実は弟のラグアードを助けてくれた救い主。悪用されたくはない。しかし、このままでは自分の身が危ういのだ。ニルケ達がここへ助けに来ても、リンネの本体を重視して、話もできないネズミなど無視するに違いない。カードは……ネズミ語がわかるだろうか。

 リンネが色々なことを頭に巡らせながらトボトボと歩いていると、行く手から人間の気配を感じた。今日一日の経験で、逃げなければ、という信号が走る。

 リンネは道端の草むらに身を隠した。その人間が通り過ぎるのを待つ。

 だが、こちらへやって来る人間の顔を見て、リンネは飛び出した。

 歩いて来る人間は、ダルウィンだったのだ。パズート大陸の国々を旅している、リンネの恋人。

 彼の顔を見た途端、リンネは自分の現在の姿も忘れてダルウィンの前へ飛び出してしまった。

 ダルウィン!

 リンネはそう叫んだつもりだったが、ネズミの鳴き声がするだけ。ダルウィンにリンネがわかるはずもない。いきなりネズミが現れ、自分の足にしがみつくのを見て首を傾げるだけだ。

「おいおい、俺の靴なんか食ったって、うまくないぞ。かじらないでくれよ」

 身体が小さいため、掴みにくかったらしい。ダルウィンはムルヴェードルと同じようにしっぽをつまんだ。途端にリンネの視界は逆になってしまう。

 何するのよ、ダルウィンってば。あたしよ、わかんないのっ。そういう持ち方はやめてよね。頭に血が上るじゃないの。

 いくら怒っても、ダルウィンにはネズミが鳴いて抗議しているようにしか見えない。

「ほら、仲間の所に帰れよ。俺はエサなんて持ってないから、あきらめてくれ」

 ダルウィンはリンネを地面に下ろした。そのまま街へと歩き出す。

 どうしてよ。どうしてわかってくれないのよ。ダルウィン、あたしがわかんないの? わかってよ。見付けてよ。あたし、ここにいるのよ。行かないでっ。

「待ってよ! 置いてかないで、ダルウィン!」

 歩きかけたダルウィンの足が止まった。ゆっくりとこちらを向く。

「……リンネ?」

 ダルウィンの視線は、地面にいるネズミのリンネには向いていない。もう少し上の方だ。

「どうせあたしはネズミよ。いつもの姿じゃないけど、一生懸命訴えてるんだからわかってくれたっていいじゃないの。好きでしっぽなんか付けてないわよ。あたしだってこと、わかってくれたっていいじゃない」

 ダルウィンが聞けば理不尽と言おうか、無茶だと思われそうだが、そんなことには構っていられない。リンネはダルウィンの視線には気付かず、泣き叫ぶ。

 しばらくぐずってから、ふいにリンネは顔を上げた。と、ダルウィンの視線とぶつかる。呆気にとられた表情のダルウィンを見て、リンネは恐る恐る尋ねた。

「……ダルウィン? あたしがわかるの?」

「リンネの怒鳴り声を聞いて、な」

 考えてみると、ネズミの身体のリンネは地面の下にいるのに、ダルウィンの視線は下には向けられていない。いつも彼がリンネと話をする時と同じ程度の傾きだ。

「あたし……あたしの声? あれ……どうなってるの」

「リンネ、今、本当にネズミなのか?」

「うん、さっきダルウィンにしがみついたネズミは、あたしなんだから」

 自分の手を見る。そこには人間の手があった。元に戻ったのかと思いきや、その手を通して向こう側が見えている。透けているのだ。

「あたしの身体……幻影なんだわ」

 どういう作用があったかは知らない。だが、今のリンネは人間の形をした幻影で、ネズミから煙が立ち上るようにして浮かんでいる。人間の姿なので、会話もできるのだ。

「リンネ、何があったんだ。ニルケやカードは一緒じゃないのか?」

「ニルケやカードは……今頃あたしを捜してくれていると思うけど。見付けても、本体のある場所へ向かうと思うわ」

「いつまでその姿が保てるか、わからないんだろ? 消えるまでにどういう情況か、話してくれ」

 ダルウィンにせかされ、リンネはムルヴェードルにこんな姿にされたことを急いで話した。銀の実を要求し、リンネが断ると承諾させるためにこういう方法を取ったのだ、と。

 話をするうちに、リンネの姿は次第に薄れてきた。人間の姿を取る力がなくなってきたのだろう。だいたい、どうしてこんな幻影が出たのかわからないから、保つための力など出しようがない。

 幸い、大筋を話した後でリンネの幻影は消えた。ダルウィンにもある程度の事情は飲み込めたろう。

「そりゃ、こんな姿にされたらわからなくもなるって。ニルケやカードなら魔法の気配でわかるだろうけどさ。俺は普通の人間だからな」

 でも、わかってほしかった。

 ネズミに戻ってしまったリンネが、恨めしそうにダルウィンの顔を見上げる。

「そんな顔で見るなよ。とにかく、ムルヴェードルって奴の屋敷からリンネの身体を取り戻さないとな。意識と本体さえ同じ場所にあれば、ニルケ達が来るまでに戻れるかも知れない」

 魔法使いはニルケ一人ではないのだ。いつ彼らがリンネを捜し出してくれるか予測ができないのだから、この街にいる魔法使いに頼んで少しでも早く人間の姿に戻してもらう方がいい。

 ダルウィンはひょいとリンネを掴むと、自分の肩に乗せた。

「話はできなくても、俺の言うことはわかるんだろ? そのムルヴェードルって奴のいる場所を教えてくれ」

 リンネはダルウィンの顔を見た。

 一人で乗り込む気なの? あそこにはあの男が魔法で作ったねこ目人間の手下が一杯いるのよ。それに、ダルウィンまでネズミにされちゃったら……。

 そうは思うのだが、いかんせん、言葉が出ない。

「忍び込んで、リンネの身体をかっさらってくる。場所さえ教えてくれれば、夜中にでもリンネを連れて来てやるよ」

 だけど、女の子とは言え、人間一人をかついで魔物の家から出るって大変よ。あっちこっちに見張りがいたし。今はあたしがここにいるから見張ってないかも知れないけど、あの家全体がおかしいかも知れないじゃない。魔除けも何も持ってないのに、入って行くのってちょっと危険だわ。

 いつもなら、こういう状況になれば真っ先に行くくせに、なぜか今のリンネは弱気だ。動物の勘で、危険だということがわかっているのだろうか。

 何にしても、ダルウィンにはリンネの言葉が通じない。ただネズミの鳴き声がするだけ。リンネが止めようとしても、ダルウィンにはわからないのだ。

「さ、道案内頼むぜ。リンネも早く元に戻りたいだろ」

 そりゃあ、早く戻れるに越したことはないけど。

 助けに来てくれようとするのは、嬉しい。とっても嬉しい。

 でも、何かが起こりそうな気がして仕方がないのだ。

 それでも、ダルウィンにせかされ、リンネはムルヴェードルへの屋敷を指し示したのだった。

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