「一」の代用は「壱」。…………何故?
「一」という漢字。
言わずと知れた「イチ」ですね。常用漢字の中では一番単純な文字です。
この「一」は、「指示文字」という分類の漢字です。
「指示文字」というのは、"具体的な形は持たないが、図で表すことならできる"という事柄を表した漢字です。「上」や「中」等はその代表例です。
また、漢字ではないですが、"何もない空白"を表す数字の「0」や、大小を視覚的に表した不等号「<」などは、指示文字と成り立ちが同じだと言えます。
線が一本だけあるから「一」というのは、とてもわかりやすいでしょう?
ところが、一万円の「一」は、紙幣には「壱」と表記されています。
他にも、ご祝儀や小切手等では「壱」と表記されています。
如何して「壱」は「一」を表すのでしょうか?
これが今回の話題です。
まず、「壱」には「旧字体」というものが存在します。
「旧字体」は、終戦前後まで使われていた、昔の漢字です。慶應義塾の「應」は「応」の旧字体、偶に見る「學」というのは「学」の旧字体ですし、「櫻」という字も「桜」の旧字体です。
大体の旧字体は、その字の一部を省略され、或いは一部を簡単なものに変更されて、現在使われている漢字になっています。
この「壱」の旧字体は「壹」です。
「豆」と書いていた部分を、「匕」と変えて簡単にしたわけですね。
…………如何して「豆」が「匕」になるか、ですか?
これは、昔の人々が使っていた「草書体」に関係します。
「草書体」は、古文書などに書かれている、何だかうねうねしていて、文字同士が繋がっているような字体です。
以下をご覧ください。
左が「壱」、右が「壹」の草書体です。これを、次のようにしてみましょう。
赤で示した部分を除けば、二者の違いは無視できる程度に収まりますね!
なので、「豆」は「匕」という形に省略して使われたのです。
では、如何して「一」を「壱」で代用するのでしょうか?
その理由は「文書の改竄を防ぐため」です。「一」は、後から筆を加えるだけで、「二」にも「三」にも、「十」にだってすることが可能です。それを防ぐために「壱」を使ったわけですね。
……と、これは比較的有名な話。
では、如何して代用する字が「壱」だったのでしょうか?
理由は「壹」にあります。
この「壹」という字。更に遡ると「冖」と「口」の間の「一」が「士」と書かれています。(これも字の省略ですね)
つまり、「吉」という字が中に含まれていたのです。
これは、この漢字が「壺」と「吉」(良いという意味。おみくじの吉) が合わさってできた字だからです。(このように、複数の字を組み合わせて作る漢字を「会意文字」と言います)
そしてこの字は、「壺の中が良いもの(つまり酒)で満ちた状態」を表します。なので「壺」に「吉」を合わせたのです。
そこから意味が派生して、「壺の中が一つのもので満たされた様子」という意味で使われるようになり、それが転じて「一つのもの」を表すようになりました。それが「一」に通じたのです。
更に、この字は「吉」から読みを借りて「キチ」「キツ」という読みでした。
これが時代と共に訛って、「イチ」「イツ」という読みに変わり、これも「一」に通じました。
つまり「壹」は、意味も読みも「一」に通じる、代用するのに最適な文字だったのです。
「一」を「壱」で代用するのには、確たる理由があったわけですね。