Ep.7 伝達
今回もちょっと微グロ注意かもしれません
土砂降りのなか、濡れながら走る。
「一級軍医殿!御姉様が見つかりました!」
連邦領サルヴァ要塞。100年のあいだ難攻不落かつ最強の砦として鎮座していたそれを陥落させた余韻などなかった。5週間に及ぶ作戦の末、魔力は底をつきかけていた上、肉体も疲労困憊ひろうこんぱいだったが、関係なかった。
ぬかるみに足を取られ、思いっきり転ぶ。泥と血の味がじわじわと舌を覆っていく。
「レヴ、しっかりしろ」
「済まない……」
手を差し出してくれた戦友とともに走り出す。泥を拭い、気力を振り絞った。
敵の殲滅のために追加された支援砲撃の音があたかもオペラのティンパニの如く低音を響かせる。
特設されたテントの中に滑り込む。感染が心配だったが、野ざらしよりかはまだましだった。
「一級軍医……レヴ様ですね……交代お願いします」
「ありがとう」
俺の代わりに面倒を見てくれていた2級軍医のアルクに礼を言う。
「姉貴!おい、どいてくれ!俺が治療する!」
マスクを付け、たかっている人を押しのながら地面に雑に敷かれた抗菌シートに近づく。
「おい姉貴!あね……」
そこに置かれていたのは、トルソーに首の上だけ付けたみたいな肉塊だった。皮膚はところどころ剥がれ、髪はなく、右目が潰されている。体液がドロドロと流れ落ち、特有の、不快な匂いを発している。
「なんだコレ……生きてるのか?」
そうアルクに向かって言った時、その肉塊は
「ああ……ああぁぁぁぁああぁぁぁぁああ!!!!」
と悲鳴を上げた。生きていることは確かだったが、その声は人間のものとは思えない。
「我々が助け出した頃には……既に……遺伝子照合の結果は、一級騎士殿のものと一致しています……」
呆然としながら、意識が身体から消えていくのを感じた。周りの声が次第に小さくなっていき、視界が狭窄きょうさくする。俺の大事な何かが一つ、崩れ去っていく気がした。
「……殿……軍医殿……一級軍医殿!!」
ハッとなって意識が戻される。夢と思いたかったが、依然その肉塊は俺の眼前にあった。
「……ご命令を……」
皆の視線が俺に注がれる。俺は歯ぎしりした。救えるのか?俺に。そもそもこれは本当に姉貴か?いや本物だろう。残された目の青色も、骨の形状もたしかに彼女にそっくりだった。
でも俺は信じたくなかった。これが、これが俺の憧れだった姉貴だなんて、到底思えるはずがなかった。
だが、やることをするしか無い。辛うじてそう自分に言い聞かせ口を開く。
「輸血用の血と血漿、ありったけもってこい。後送用の車も手配しろ。後方基地までなんとか持たせる」
兵士たちは「了解」と言うなりテントから出ていく。その時、姉貴が口を開いた。
そのうめき声は意味を作らなかったが、それでも彼女は何かを伝えようとしていた。
「どうした……俺なら此処にいる。レヴだ。見えるか……?安心しろ、俺が助け……」
「コ……オッ……コ……ロシテ……」
帝都の朝日は、分厚いスモッグでよく見えない。おかげで眩しく感じることはないが、たまに太陽を恋しくなる時がある。
寝室に注がれる僅かな光は、医学書と機械工学の本をじろりと見つめている。
ワイシャツを着ながら、一級軍医の象徴である純金の蛇と、一級騎士の純金の鷲の装飾を眺めた。
ふと昨日のことを思い出す。レイラはあれから帰ってきておらず、銃と荷物も消えていた。まぁいい。干渉しないのならこっちもこっちで行動しやすい。
キッチンで適当に朝食を作る。昨日のスープは、レイラのためにと余分に多く作っていたが、無駄だったみたいだ。
はぁ、とため息をつく。
「あの……レヴさんー?」
ドアの外で声がする。
「なんだ、逃げたんじゃないのか。レイラ」
「それもそうなんですけど……お金なくて……食べ物もないんです……」
俺は吹き出し、少し笑う。全く。調子を狂わせてきやがる。
勢いよくスープをがっつく彼女の衣服は少し汚れていた。
「お前……どこで寝たんだ」
「この建物の近くの路地裏です」
「よく襲われなかったな」
この周辺は治安が第一商業特区と比べてはるかに良いとはいえ、どんな奴がうろついているかはわからない。ましてやこのような少女が寝ていたら危険極まりない。
彼女は珍しく黙々と食べている。いつもなら煩いくらいに喋りかけてくるのに。
「昨日の事、気にしてんのか」
彼女はピクリと体を動かしてから複雑そうな目をする。
「あー……えっと、すみませんでした……」
「いい、あんなもん見たらフツーは逃げ出すさ」
そう言われて何故か更に申し訳無さそうになるレイラが上目遣いに話し出す。
「私……貴方のことをちょっと疑ってたんです。連邦に攻め入ろうなんて冗談じゃないか、って。調子に乗ってるだけなんじゃいか、って。だから私もちょっとついていけるんじゃないかと思ったんです」
「はっ。その通りだな」
笑いを含めて俺は言う。
「だけど、昨日の……貴方の目を見たらこの人は本気だってわかったんです。この人について行っても、私なんかじゃ足手まといになるから……」
俺は無表情で彼女を見つめる。
「だから……すみませんちょっと私は、此処でお別れです……」
「何で謝る。構わんよ。好きにすると良い」
彼女の目が涙ぐんできた。俺はなぜか罪悪感が募り、話題を変える。
「ほら食え、冷めちまうぞ」
彼女のボウルを軽く押してやる。無言でうなずいたレイラはゆっくりとスープをスプーンで掬い始めた。
「銃はやる。なに、一丁くらい何も問題はない。そうだ、父さん探すなら帝都中央病院に行くと良い。何か情報があるかもしれん」
「はい……ありがとうございます……お世話になりました……」
荷物を背負ったレイラが言う。
「はいよ、気をつけろよ。ガスマスクを忘れるな」
「わかってますよ。なんか、お母さんみたいですね」
俺は意外な返しに面食らった。彼女は最後に深々とお辞儀をしながらドアを開け、出ていった。
唐突な静けさが部屋を満たす。何故か俺は薬品の匂いを強く意識した。
ドアを開ける音がした。一瞬だけ彼女が忘れ物でもして戻ってきたのだと思ったが、予想は外れた。
玄関に現れたのは青い長髪を持つ幼女だ。前髪が向かって右斜め上に向かってばっさりカットされているのと、黄色い目が特徴的だった。新品の紺色のコートは彼女に対してだいぶ大きすぎる気がした。
彼女は崩れない笑いをたたえながら切り出した。
「レヴ様。私は中央医療連盟所属のリシュという者です。ご主人様から通達です」
彼女はポケットから一つの封筒を出し、差し出す。受け取って見てみると、差出人の欄に「ラウ」とある。あの方だな、と察する。
「中の手紙の内容の是非を確認して下さい。確認次第直接ご主人様に伝達します」
そう言われたので、手紙を取り出す。
内容は「3日後の午後十二時、医療連盟本部で待っている」とだけだった。なるほど、と俺は手紙を畳んだ。
「答えは是、だ。ありがとう」
「了解しました。では失礼します」
と、彼女は出ていった。
「さて」
俺は工具箱からスパナを出す。組み立てねばならないマネキン、もとい傀儡はおよそ100体。無駄に時間を費やしている場合ではない。
「2日で仕上げるぞ。徹夜だな。こりゃ」
目の前にずらりと並ぶマネキンのパーツを睨んで言った。
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