Ep.6 憎悪
ちょっと微グロ注意かもしれません。
彼の背がいつもより何故か大きく見えた。地下室へ向かう螺旋階段は一定間隔でランプが付いていたものの、ジメジメしていて気味が悪かった。それでも、湧く疑問と好奇心で私の身体は動いていた。
「レヴさん……お姉さんは……こんなところに……?」
私はおどおどしながら問う。
彼の家のある建物の一番下の階にこの通路へ入るドアがある。それも何重に鍵がかけられていたものだ。そこまでして守らねばならない存在なのだろうか。
「あの……レヴさん?」
彼の顔はこちらからは見えない。返事はなく、だんだん不安がつのってきた。
「着いたぞ。このドアだ」
前を見ると一際ひときわ頑丈そうな金属製の板のようなものがある。しかし取っ手はなく、どうやって開けるのかわからない。するとレヴはその板に手を当て、目をつむった。数瞬後、赤い光が複雑な模様を刻みながら板を埋め尽くした。光はまるで脈動するように点滅し、何故か私に生物を連想させた。
間もなくして板が真ん中から割れ、部屋の内側に開いた。
「レイラ。これからお前が見るものが、俺の姉だ。逃げたいなら、逃げてくれて構わない」
逃げるなんて思考はこのときは頭になかった。彼のことを少しでも知れるなら、多少の精神的苦痛は覚悟している。
手前から段階的にランプが付き始める。とても広い部屋らしく、幅は10メートル以上はある。そして、特にキツい薬品の匂いの後に、その部屋にずらりと並べられていた物を認識し始める。
「……手?」
人の手だ。それだけじゃない。足に胴体。髪の毛や目のない頭に、よくわからない機械が幾つも、数え切れないぐらい並べられている。
「え……何ですか……ここ……」
震える声でそう問いかける。
「俺の作業室、そして、研究の成果だ。これらはマネキンだから心配しなくていい」
真ん中に空けられた隙間を歩きながら彼は言う。勇気を振り絞って彼に付いていく。
「姉貴は5年前、帝国と連邦との戦争が一番激しかった時期に連邦に拉致された。俺を庇ったんだ」
ゆっくりと彼は話し始めた。その声にさっきまでの余裕はなく、どこか苦しみが混じっている。
「それから俺は半年後に特殊部隊に異動した。姉貴を救うためだ」
奥には何かが布を被せられている。ちょうど人が座ったくらいのサイズで、微かに動いているようにも思えた。
「何……ですか……?それ……」
私は何かを察し始め、足を止めた。
心臓の音が早まり、呼吸が荒くなっていく。
「1年半、必死で戦ってきた。仲間たちも俺に協力してくれた。もちろん人も殺してきた。目の前で死んでいった戦友も見てきた。俺は自身の手を汚しながら、身を切る思いで生き残って、やっと手に入れたのが、これだ」
レヴは無造作に布を剥ぎ取った。女性が椅子に座っているだけだ。
ポンチョのようなものを着ていて、長い金髪は自分のに似てたが、顔の違いから別人だと分かる。
しかし、呆然と開かれた青い目には光がなく、焦点が合っていない。ボソボソと動く口は何かの言葉を発しているのだろうが聞き取れない。そして何より背中に繋がれた大小様々のチューブが、不気味に音を立てている。
「誰ですか……この人……」
私は分かりきっていたが一応尋ねていた。信じたくなかったからかもしれない。
「姉貴だ。これでも以前よりかはだいぶ原型を取り戻したほうだ」
「原型……って……」
「救出時、髪は全て引き千切られ、四肢をもがれ、皮は剥がれ、目は片方が潰されていた。ひどい有様だった」
「でも……この人は普通の人間のかたちをしてるじゃないですか!」
状況が整理できていない。身体の震えは止まらず、汗が額から吹き出してくる。
「作ってやったのさ。身体から」
ぞっとした。一瞬にして震えが収まり、代わりになにか冷たいものが心に突き刺さった衝撃を受ける。
「元の体はもう使い物にならなかった。だから代わりに機械の体を用意した。今ではそうも珍しくないだろう、脳以外の全身を機械にしている人間は。だから脳をこの体に移植すればどうにかなるかと思ったんだ」
そう言って彼は女性の肩を撫でる。その目は憎悪と後悔の詰まった、私には理解しきれない感情をこちらにぶつけているようだった。
「手術は完璧だった。終えた後の気分は最悪だったけどな。でも姉貴はまともな人間には戻らなかった。最後に残された彼女そのものの臓器。脳がやられていたんだ。初めは度重なる拷問や暴力によるものと思ってたが、どうやら違うらしい」
彼の目はより強く、より攻撃的なものに変わっていく。心なしか彼の長めの金髪が逆立つように見えた。
「彼女の脳からは、精神そのものが抜き取られている」
「それは……どういう……」
「ヒトには皆精神がある。今話している俺にも、これを見ているお前にも。見たもの、感じたものを理解し、判断し、行動に移しているのが精神だ。肉体じゃない、脳の中にある、人間の内面部分って言ったら分かりやすいか。彼女は特殊な魔法で精神だけ別の肉体に植え替えられ、元の体は好き勝手に嬲なぶられていた。そしてその精神は今でも連邦内にある。……まぁ、あくまで俺と、魔法に詳しい先輩との推測に過ぎないがな」
私は恐怖で後ずさりする。
「貴方は……何がしたいの……?」
「復讐だ。姉貴をこのようにした連中を探し、彼女を返してもらう。そして、殺す」
「貴方は!」
私は叫んだ。涙で視界がぼやけたが構わない。
「貴方は!それで満足なの!?きっと貴方のお姉さんは……そんなこと望んでないわ!」
レヴは少しうつむき。言う。
「そうかもな。だが、それなら自分の体がおもちゃのように弄ばれ、精神だけ抜き取られ死ぬことも許されず、戦争が終わった後も祖国に帰れないこの状況が、このクソみたいな状況が、彼女の、望んだことなのか?」
彼の顔が持ち上がる。
姉のものと同じ青いその目は。極限まで精神をすり減らした、無感情とも言えるものだった。何を考えればいいか分からない。疲労と苦痛に満ちた、悲しい目だ。
「俺は、もう疲れた。今でも気を抜けば自分の頭を撃ち抜きそうなんだ。いっそ許されるなら逃げてしまいたい。でも、奴らを、連邦の奴らを殺すまでは死ねない。俺は、復讐心だけで生きてる。俺には、それしか、無い」
私は耐えきれなくなって走り出した。彼の視線が背中に刺さる感覚に我慢しながら、走った。パーツに分けられたマネキンの間をくぐり抜け、階段を駆け上がった。
レヴさんには申し訳ないと思っている。でも、私にはあの部屋の、あの人の生み出すなにかに耐えられない。
「ごめんなさい……私……私は……」
涙が頬をぽろぽろと流れ落ちた。早くこの出来事を忘れ去りたかったが、彼の目が脳裏に焼き付いて、忘れることが出来なかった。
「行っちゃったか」
少し感情的になりすぎた、と後悔しながら、そばの椅子に座る。目の前の、機械じかけの女性は。意味もない単語を発し続けている。
「あいつはレイラっていうんだ。医者の子で、父親を探してるんだと。久々に一緒にいると楽しい人を見つけた。今ので嫌われたかもしれないけどな」
そう姉貴に問いかけ、はは、と苦笑する。
「傀儡に必要なパーツは大体揃ってる。明日から組み立てを始めるよ。本当は今日から始めたかったが、仕方ない」
腕のパーツを取り、動きを確かめる。軽量金属製のそれは滑らかに動作した。ランプにかざすと、きらきらと光を反射する。
「もうすぐ……もうすぐなんだ……待っててくれよ。姉貴」
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