Ep.3 帝都
前回の続きです。
「ここが……帝都……ですか」
レイラが唖然としながら言う。
眼前に広がるのは薄汚いパイプで支配された市街。奥に向かうほど建物の標高が上がっていき、その中心部には一際高い、タワーとも城とも見れる建造物がそびえている。道の中心には自動車や馬車が混走し、あえて広く間が空けられた歩道には数え切れない人々がわらわら歩いている。街の至るところから煙や水蒸気が登っていて、この街を支えている蒸気機関の存在を知らせてくれる。
「正式名称をラウス・ボルグ。帝国初めての街にして、今もなお発展し続ける魔法と科学の融合体。今日こんにちでは弱体化した帝国の中でも、唯一衰えを見せないのがここだ」
「なんか、思ってたのより……」
「そりゃそうだ。世界一空気汚染がひどい街とも言われてるしな」
各所にある煙突やダクトから吐き出される空気は、コストカットのために全く処理されず、そのまま排気される。これらの空気はもちろん有害で、ガスマスクの買えないスラムの人々は肺を冒され死んでしまう。
「さて、そろそろここらでお開きといこ……」
「思ってたのより断然カッコいいです!!!」
俺はぽかんと口を開けたまま彼女を見つめる。
「だってほら!あの入り組んだパイプ!どうやってあんなに精巧に組めるんですか!それにこのドス黒い雰囲気!たまりません!ロマンですよ!ロマン!」
「おま、あのパイプはただ後から雑に継ぎ足していっただけで……」
「レヴさん!」
彼女の澄んだ赤い瞳がキラキラ輝きながら俺を真っ直ぐ見つめる。
「はい……」
何故か敬語になった。
「この街を案内して下さいますか!?」
「いやまて、俺はやることが」
「この通りです!」
するとレイラは猛スピードお辞儀をした。金髪が俺の目の前を掠める。そのまま彼女はピクリとも動かなくなった。気のせいか周りの目も険しい。
おれは一刻も早く自宅に戻りたかったが、彼女をここに置いたままではろくでなしやごろつき共に掻かっ攫さらわれるだけだ。それに、以前までは見られなかった顔ぶれも、この群衆の中に潜んでいる。俺にも何があるか分からなかい。頭が痛かったが、なんとか口を開く。
「わかった……」
と言うなり彼女は
「やったぁーーー!!!」
と飛び跳ねた。周りの目は更に険しくなり、冷やかしの声まで聞こえてきた。全く心外だが、もうちょっとこの女に付き合わなければならないらしい。
「帝都、特にここ第一商業特区周辺は、さっきも言ったが有害ガスが充満してる。目にはあまり問題はないが、マスクを付けないとすぐに肺炎になるぞ」
そう言って持ってきたガスマスク2つのうち片方をレイラに与えてやり、もう片方は自分が付ける。
「食事のときは外すんですか?」
少々癖のあるマスクに若干苦戦しながら彼女が言った。
「あぁ、室内は大体換気が効いてるからな。かと言って長居は禁物だ」
マスクの紐に髪を絡ませた彼女を尻目に続ける。
「早く食って早くマスク付けて早く店を出る。出来るだけガスを吸う時間を少なくしろ」
「痛っ!髪千切れた!?」
「お前聞いてないだろ」
レイラのマスクを整えてやり、道を歩き始める。
「早速飯にするか」
「待ってました!」
彼女の目が輝き始めた。俺もちょうど腹が減っていたし、行きつけの店の煮込みを久しぶりに食べたくなった。
「ちょっと歩くが、それまで我慢しろよ」
街の喧騒は人々と街の活動の象徴だ。エンジンの駆動音、ガスの排気音、犬の鳴き声に喧嘩、値引きの交渉や競りの声まで聞こえる。その音達にはどこか懐かしささえ感じた。
街は平面ではない。この道に沿って続く商業特区は建物の上階にも同じように店があり、それらを複雑につなぐ橋は(先程のレイラには、雑、と言ったものの)どこか芸術作品に似たものがある。
歩行者に左肩をぶつけたり、ぶつけられたりする度にまだ完治していない傷が痛んだが、気にする程ではなかった。
……もっとも、気になるのはレイラの方だ。知らないものを片っ端から聞いてくる。はしゃぐのは分かるし、田舎民とはいえ本などで帝都のことは少しくらい知ってるはずだろうに。だが、気にするだけ無駄だろう。彼女の目は素直で、見ていて面白かった。まるで生まれたばかりの子供みたいに。
道端の店が段々と見覚えあるものに変わっていき、やがて「オーヴェンハイト」という名前の店にたどり着いた。
「オーヴェン……何ていう意味です?」
「オーヴェンハイト。帝国の南の方にある島の固有言語で、意味が『誓いの地』らしい」
店のドアを開けようとしたが一回留まってレイラに言う。
「この店の店長、初見はかなり驚くだろうが、気にするなよ。根はいい人なんだ」
彼女はコクリと頷く。
俺がドアを開けると、中に充満していた熱気が一気に顔に当たる。建物の作りのせいで中に蒸気が溜まりやすいから仕方ないが、この店の熱気は異様だ。店内はカウンター席が厨房を囲っている構造で、その他にはテーブル席が数個あるシンプルな作りだ。構造だけ見ればだが。問題なのは壁には趣味の悪い絵画があちらこちらに雑に釘で打ち付けられている事と、店内がオイルとグリスの匂いで満たされている事だ。一応安全には問題ない、と思う。
座席は数席埋まっていたが、座るのにはなんら問題なかった。護身用に背中に下げていた銃を、いつでも取れるようにカウンターの上に置く。ここらへんは特に治安が悪い。ガスマスクを外していると、
「あらあら。この匂いはレヴくんじゃない。久しぶりだね」
と、厨房の奥からぬっと姿を表したのは細長い機械。巨大なミミズを機械化してそこに腕を付けたらちょうど彼、店長ことミスター・タヴィの完成だ。
あまりの衝撃にレイラは硬直してしまっている。まぁ無理はない。
「あら、こちらのきれいなお嬢さんは誰だい?彼女かい?」
タヴィは先端のカメラをキュイキュイと言わせながらレイラを見つめる。機械音声とは思えないほど人の声に近いのは昔から謎だ。
「あ……あわ」
レイラはガタガタ震え始め、目に涙を浮かべている。
「そんなんじゃないですよ。ただ帝都を案内してるだけです。こいつはレイラって言います」
「あらあらあらあらお嬢ちゃん。私はタヴィってもんさ。帝都ラウス・ボルグは初めてかな?てことは食事処もここが初めてってわけかい」
「あは……あはい……」
「あらららレヴくんも趣味が悪いねぇ。よりによってこの店を選ぶなんて。そう思わない?レイラちゃん?」
「タヴィさん、そのくらいにしてやって下さい。一生この店に入れなくなりますよ、彼女」
彼女の口角が引きつりはじめたところで割って入る。彼のカメラがこちらを向く。
「ハハ、で、何を頼むの?まさか挨拶だけってわけじゃないでしょう?」
彼の後ろのパネルには異様に丁寧な字で料理名が書かれている。俺は数秒迷ったが、結局いつも食べる
「秘伝機械煮込みを一つ」
と言った。「お嬢ちゃんは?」というタヴィの問一緒にレイラを見たが、まだ固まっている。ストレスに弱すぎではないか、この子。
「……じゃぁ、同じので」
代わりに俺が言ってやる。タヴィは引きつった笑い声を発しながら奥のガスコンロに向かった。
「……生きてるか?」
「……えっあっななな何でしょう?」
「あの人、見た目のインパクトは凄いけど、中身は普通にいい人なんだ」
レイラは毒虫を見る目でタヴィを見つめている。
「なんですか……アレ」
「人間さ」
「私には人間に見えませんが……」
「まぁ、簡単に言うとアレは機械の身代わりだな。本体がどこかにいるんだ」
「どうしてわざわざそんなことを?」
俺は出された水を飲みつつ答える。
「彼、昔は軍人でな。そのときに浴びた砲撃で両手両足を吹き飛ばされて、除隊後なにか移動の手段を探してたらああなったって訳だ」
「ああなったって……普通に考えたらあんなの思いつきませんよ……」
「ブーブー文句垂れるなら飯を食ってから言え」
「そうだよお嬢ちゃん、でもこれを食べたら、一生他の店にいけなくなるかもね」
タヴィの二本の腕が料理を運んでくる。秘伝機械煮込み。産地不明、名称不明の野菜と肉を何かで煮込んだものである。見た目は茶色い液体であるが、香りは抜群に良い。もちろん味も。
「うわぁ……何これ……」
レイラが顔をしかめる。そしてとなりでそれを啜る俺をまじまじと見つめている。
「レイラちゃん」
タヴィの突然の問に彼女は身体をビクつかせた。
「なんでも、始まりだけ力が要るってもんだよ。車にしたって飛行機だって同じさ。その代わり、動いた後はラクラク進む。レッツトライだよ」
そう言うと彼は指でグッドサインを作ってから他の客の対応のために席を外した。レイラは初めは戸惑っていたが、やがてスプーンを掴み、一口飲んだ。すると苦虫を噛んだような顔から一変、目に光が灯った。
「レヴさん……」
「おう?」
「これ、めっちゃ美味しいです……」
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