Ep.1 出血
この作品はカクヨムでも投稿しています。カクヨムメインで作業しているので投稿が多少ずれるかもしれません。
目が覚める。
口の中には湿った土と血の味が残っている。しばらく茂みの中で気を失っていたようだ。すでに日は暮れていて、紺色の空には星がいくらか見えていた。身体を起こすと左肩に激痛が走る。失っていた意識がまたトびそうになる。血は止まっていたが、忌々しい銃弾は貫通せずに俺の肩の中で居座っている。
バカヤロー、こんなときに限って、包帯しか持ってきていなかった。鎮痛剤すらないのはキツい。そこら辺の草から薬草を見つける事もできるだろうが、一通り揃える前に俺の息が事切れるのは明白だ。連邦領から抜け出せたのが不幸中の幸いだろうか。しかし傀儡も全部破壊され、危機的状況であるのは変わりない。早急に自宅へ戻らねばならない。
傷口を包帯で縛り、そばに落ちていた銃の残弾を確認する。まぁ、蒸気の残量から十発も撃てそうにないが、気休めとしては充分だ。
銃を杖にして立ち上がる。焼ける痛みが伴うが必死に我慢する。こりゃ骨もいくつか折ってるかな、と苦笑いする。遠くに見える明かりは家だろうか。辛くなったらあの家にお世話になるか。
「あの……大丈夫ですか?」
背後からする声に驚きながら銃を構えようとする。
「誰ッ……うぁッ」
そんなうめき声とともに痛みで崩れ落ちた。傷口を押えるとじんわりと生暖かいものが広がっていくのを感じた。マズい、傷が開いた。
「大丈夫ですか!?」
女の声が駆け寄ってくる。
「すごい血……怪我してるんですか!?待ってて、今薬を」
「待ってくれ」
女の手を取って、息を落ち着かせて少しずつ言う。
「多分、すぐには……死なない。から、安心してくれ。今から、言う薬を、買ってきてほしい……金は、胸ポケットとリュックに、いくらでもある。」
女の顔は暗くてよく見えなかったが、うなずいてくれている気がした。
「何でも良い、麻酔薬と、消毒液、あと抗生物質を、上等なものを、できるだけ……たくさん頼む……」
息が荒くなる、めまいがし、意識が朦朧としてきた。
「あっ、それなら、多分私の家に沢山……」
俺はもうその意味を理解することが難しくなっていたが、最後に
「じゃぁ……そこに……」
とだけ言ったような気がする。そして、倒れた。必死に呼びかける彼女の声が聞こえたが、それに答えるだけの気力はもうなかった。
再び目を開けると、オレンジ色の光が見える。ロウソクのものだ。どうやらベッドに寝かされているらしい。だとすると、意識を失う直前の女は、俺を助けてくれたのだろうか。
横に顔を向けると長い金髪を持つ少女が椅子に座りながら寝ている。端正な顔立ちと華奢な身体に、俺は思わず
「……姉貴……?」
と呟くが、同時に少し後悔した。何度言ったら分かる。姉貴はもう。
「んぅ……あっ!起きましたか!」
女はさっきの声で目を覚ましたようで、ぱっと立ち上がると、
「今、なにか食べるものを持ってきますね!」
と、部屋の外へとさっさと行ってしまった。忙せわしないやつだな、と思った途端、腹が鳴った。
傷口には丁寧に包帯が巻かれていて、痛みももう少なかったが、依然として弾丸はそこに留まっているようだ。しかし、素人でこんなに適切な処置はできない。そこが疑問だった。
「お待たせしましたー!」
少女がトレイを持ちながら部屋に入ってくる。
「これは、君が?」
肩の包帯を見せながら言う。
「えへへ、そうですよ、ちょっと雑ですけど」
少女はトレイを俺のそばに置く。上に乗っているボウルにはシチューがたっぷりと注がれ、湯気を立てていた。
「お父さんが医者だったので、そのお手伝いの成果ですよ。今は帝都に行って帰ってこないんですけどね」
俺はトレイを自分の腿の上に置き、スプーンを取った。なるほど帝都に……じゃぁ相当な医者だったのか?
「そうか……おかげで生きてるよ。ありがとう」
少女の白い頬がぽっと赤くなる。
「そんなことないですよ!弾丸も摘出できなかったし……すぐちゃんとした病院に行ったほうが……」
シチューを啜る。美味い。久しぶりに温かいものを食べた気がする。
「いや、もしこの家に手術の道具が一式揃ってるなら、ちょっと使わせてもらいたい」
は少女はきょとんとした顔を向ける。
「良いですけど……もしかしてお医者さんですか?」
「元、軍医だ。……一級の称号も持ってたが、今となっては使いようもない」
少女の赤い目が一瞬にして輝く。
「凄いです!軍医さんに、しかも一級持ってた方に会えるなんて!お話聞かしてくれますか!?」
ずいと少女が顔を近づける。一級を持ってた時にはよくこのように驚かれもしたが、帝国が弱体化した今日ではあまり訊かれなくなったので、少々懐かしい気がした。
「待て待て、もうちょっと休ませてくれ。それと、名前を聞きたい」
少女は顔を引っ込めると、急に襟を正したように姿勢を伸ばした。
「失礼しました……私、レイラって言います。レイラ・アッシュです」
「レヴ・エンハンスだ、よろしく」
手を差し出すとレイラと名乗った彼女は両手で握った。
「よろしくおねがいします!レヴさん!これもなにかの縁です!」
彼女がぶんぶんと腕を振るので若干痛みが増したが、ふと思い出して口を開く。
「俺の装備はどうした?」
今の俺は上半身が裸で、下も元着てたものとは違う。
「あぁ、血がたくさんついてたので、洗って畳んでありますよ。銃……とかは別の部屋に置いてますけど……」
「なら良かった……」
まぁ彼女が盗みを犯す人間とは思えないが、ひとまず安心した。
「あの……聞きにくいことなんですが……」
レイラが遠慮しがちに問う。
「あの時……私がレヴさんを見つけたとき、何、されてたんですか?銃持ってるし、血まみれだし」
「あぁ」
そうだよなぁ。やっぱり気になるよなぁ。と、頭を押さえて俺は悩む。
「もう一つ頼みを聞いてくれたら、話すよ」
金髪の少女はごくりとつばを飲む。
「な、何ですか?」
「この、弾丸摘出を手伝ってほしい」
親指で左肩の銃創を指差すと、レイラの顔が真っ青になっていくのが目に見えた。
ご愛読誠にありがとうございます。彼らの旅は始まったばかりですが。暖かく見守ってやってくださいませ。