Ep.8 人工物
閲覧感謝です。物語が動き始めます。
ここ、だったよな。と見上げるのは巨大な建物。帝都の高層建築物の中でも特に大きい中央医療連盟本部そして帝都中央病院だ。一つの建物にその2つの機構が組み込まれている。
一階は病院の受付となっていて、非常に清潔に保たれていた。多分帝都で一番綺麗にされている場所ではないだろうか。
外来の人々が中を行き交う中から、3日前の幼女を見つけ出した。青い髪をむき出しにしているのだからとても目立った。というかそれより目立つのはメイド服だ。茶色く薄汚い患者の服と比べて、真っ白と真っ黒で構成された彼女の服は明らかにこの場所にミスマッチだ。彼女はこちらを向くと丁寧にお辞儀をした。
「お待ちしておりました。レヴさん」
「おうよ、にしても、だいぶ雰囲気変わったな」
「この服ですか。ご主人様の趣味ですよ」
随分変わった趣味をお持ちのご主人様らしい。あの人も変わらないな、と思った。
「レヴさんをお連れしました」
開けられたドアの向こうに一人の男がソファに座っていた。床には書類が散らばり、きつい薬品の匂いがする。大きな窓からは帝都が一望できる。男はこちらに向くと、その緑の目を見開いてにやりと笑った。浮き上がった頬骨が、彼の痩せた体格を更に強調した。
「お久しぶりです。ラウ先生」
俺はそう言って軽く会釈をする。何を隠そうこの人物、俺の訓練生時代の教官、もとい先生である。
「こちらこそ、座って。散らかってるけど」
俺は向かい側の椅子に腰掛ける。先生はリシュにお茶を頼むと、黒くぼさついた髪を掻きながら襟を正した。
「最近はどう?楽しくやれてる?」
「えぇ、おかげでなんとか生きてますよ」
「そうか、なら良かった」
先生は鼻を手で拭うと、なんだか落ち着かないように座る体勢を2、3度変えた。
沈黙が数秒訪れた後
「研究はどうですか」
そう俺が言うと彼はなぜかほっとしたような顔をした。
「人工人間の計画も思ったほか順調に進んでてね、倫理審査部の了解が通れば本格的な人権設備と資金を受けられそうだ」
彼は凄腕の医師でありながら、研究者でもある。
その研究内容は人工で制作した「ヒト」を実用化することである。細胞の遺伝子情報を改変し、自分の好きなように人体を構成する。俺はあまり興味ないが、彼はその研究に昔から情熱を注いでいる。
「で、お話というのは」
先生は不意を疲れたように口を開け、少しうつむいた。
「えっと……そうだね……話しにくいことなんだけど……これは……えっと……」
「いいですよ、どうせ連邦と俺のことでしょう?」
彼は申し訳無さそうな目をしながら静かに頷いた。
「帝国議会の方からちょっと連絡が来てね、連邦が君の身柄を要求してるんだってさ」
俺は復讐を決意した後、身を隠すために帝国の戸籍や、医療連盟含めた何らかの会員情報、経歴を消去した。よって帝国も俺の姿を見つけられない。おそらく彼のもとへ連絡が届き、手紙が届いたのは、彼が一番俺と面識があり、同時に高い地位に属する人物だからだろう。
連邦がその気になれば俺のやったことを開示し強制的に見つけ出すことも可能なはずだが、そこまでしないのは事を荒立てたくないからだろうか。
俺は頭を抱え、椅子に体重を預けた。
「このままだとやばいよ、てか君、もう実行に移したの?」
彼は俺の復讐の内容を知っている唯一の人物だ。内容を口にした当初こそ猛反発したが、12時間の口論の末に彼が退いたのはかえっていい思い出だ。
リシュが紅茶の乗ったトレイをを持って来、テーブルに置く。
「はい、一応」
「だったらあんな手紙に反応しなくても良かったのに……」
紅茶をすすりつつ彼が言う。
「これが最期かもしれなかったので、一応挨拶だけでも、と」
ティーカップを少し揺らす。底に落ちている茶葉がふわりと舞った。
彼は感慨深い顔をした。再度沈黙が部屋を満たす。
「……彼女は?」
俺はリシュの方に目をやる。
「ん?あぁ、ちょっと言いにくいんだけどね」
先生は声のボリュームを少し下げて続ける。
「彼女、人工人間だ」
「な」
俺は軽く衝撃を受けた。そのせいで少し紅茶をこぼす。
「成功してたんですか!倫理部の許可は?」
「ないよ。でも、実験無しじゃ完璧な論文は書けないからね」
彼はけろりという。この人は普通に真面目だが、ところどころマッドサイエンティスト味があるのがちょっと欠点というか、何というか。
「君も言えないだろ、実の姉の脳以外を取っ払って機械にするなんてさ」
「ぐっ」
地味に痛いところを突いてくる。リシュは本棚の隣の椅子にちょこんと座りながら医学書を読んでいた。
「しかし、精巧な人形ですね。人工とは思えない」
「そりゃあ、成長過程は人間のそれと極限まで似せてるからね」
「あの子、何歳です」
「3ヶ月と21日だよ。成長を早くしているんだ」
「魔法でですか?」
彼は片方の眉を上げてみせた。
「違うよ。全部遺伝子操作だ。体格も、髪や肌の色も、知能も操作してある。それに何より聞いてほしいのが……」
途中から立ち上がり、演説のように喋りだす彼を静かに見守る。
「彼女、身体強化をしてあるんだ!」
「……はぁ」
そこから彼の話すスピードは数倍早くなり、俺は口出しする暇もなく圧倒されていた。
要約すると、リシュの見た目は完全に彼の趣味で決めたようで、その小さい体もあれ以上大きくならないのだとか。それに加え、人工人間の軍事転用も見据えた人権のために身体能力を常人の数倍に設定してあるらしい。今は彼の警護及び召使いとしてデータを集めているとのこと。因みに周りの人々には養子という理由をつけているらしい。
「一応聞きますが、何故メイド服なんです?」
「愚問だね。趣味に決まってるじゃないか。ロリメイドはロマンだよ」
俺はその質問を少し後悔した。そうだ、彼は筋金入りの変態だったのだ。
「この話題からちょっと離れましょう……」
「えー、もうちょっといいじゃないか」
「知人が父親を探してるんです」
「別に無視しなくてもいいのに……」
俺は強引に話題を変える。彼はまだなにか言いたげに椅子に座った。知人、というのはレイラのことだ。
「……ありがとうございます。で、その父親が数年前に帝都に来てからまだ帰ってきてないらしいんです。聞くところに、その父親は有名な医者らしく、俺もちょっとお話を伺いたくて……そんな暇あるか分かりませんが」
「恩師の話は聞き流すくせに見知らぬ人の話は聞きたがるんだね……」
「あまり興味ないですからね」
酷い!と彼が嘆く。正直、姉の治療に応用できるかも、と考えた時期もあったが、問題が肉体でなく精神にあることに気づいてからはあまり考えなくなった。
「まぁいいけど……で?彼の名前は?」
「ジェイク・アッシュというらしいです」
その刹那、後頭部に固く冷たいものを当てられる。銃。咄嗟にそう感じる。見るとリシュが見当たらない。おそらく彼女だ。先生の目が鋭く俺を睨む。
俺は混乱していたが、極力それを外面に出さないようにした。
若干冷めてしまった紅茶を置き、彼は言う。
「どこで知った?その名前」
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