1.序章
目が覚めた時、自分に何が起きているのか分からなかった。
ぼんやりと考えている中で、記憶が蘇ってきた。
確か、会社帰りに車に引かれたはず…
体に痛みはない。
しかし、体が思うように動かない。
声を発しようにも、上手く喋れない。
そう…私は赤ん坊になっていた。
ある大名家の姫である「足利氏姫」として…
天正7年、氏姫は5歳になっていた。
当初、氏姫は夢だと思っていたが、
寝ても覚めても状況が一向に変わらない為、
さすがに夢ではなく、現実だと認識するようになっていた。
私は、なんで前世の記憶を持っているのだろう。
前世の私は、「古川 友美」という名で、
地方大学の法学部を卒業後、そこそこ名の知れた大企業に就職し法務部に配属されていた。
そして、25歳の誕生日、誰に祝ってもらえるでもなく、夜遅くまで残業し、もうすぐ自分の誕生日が終わってしまうという時間帯に帰路についている時に、暴走車の事故に巻き込まれた…
と、ここまでの記憶はある。
その後目が覚めたら赤ん坊になっていた訳だが…
新たに生まれ変わって5年が経ったが、
この5年間で自分の置かれた立場や状況などが
朧気ながら見えてきた。
まず、今の時代は戦国時代末期で天正7年、西暦でいうと1579年で、
いわゆる本能寺の変の3年前にあたる。
そして、私がいる所は、古河城というお城の中であり、父は足利義氏、母は春姫と呼ばれる後北条氏第3代北条氏康の娘である。
父である義氏は、関東公方の嫡流である古河公方の第5第当主にあたり、氏姫は由緒正しい足利一門の姫として生を受けたのであるが…
この古河公方家は、関東公方家の嫡流として周囲から位置付けられており、
関東公方家とは、室町幕府初代将軍である足利尊氏の四男、足利持氏が関東10ヶ国を支配する為、鎌倉に居を構え、足利将軍家についで強大な地位と権力をもつ家である。
しかし、関東公方家は足利将軍家との対立、関東管領家である上杉氏との対立等を繰り返した結果、関東公方家の力は徐々に弱まりる。
そして鎌倉を追われ下総国古河に居を構えるものの、戦国時代になると、北条早雲を祖とする後北条氏が母である春姫の父親である、第3代北条氏康の頃までに南関東をほぼ手中に収め、4代氏政、5代氏直の頃になると関東のほぼ7割を支配するようになっており、後北条氏が関東の覇者になっていた。
この頃の古河公方家はというと、父である義氏が当主であるが、下総国の一部をかろうじて領有しているだけで、後北条氏の姫を妻に迎え、完全に後北条氏の庇護の元に置かれ、傀儡となっていたのである。