私がヒロイン!
「「マリーベル侯爵令嬢、この場を以て貴様を断罪する!」」
花が咲き始める初春のこの時期。
王立アカデミー高等科の卒業式典の後のパーティーにて、2組の男女がそれぞれの方向から迫ってきたかと思ったら、冒頭のセリフを言い放ちました。
何事なのかしらと、持っていたグラスを近くの給仕に預け、扇子を手に持ち振り返りました。
「何事ですの?私が何かございまして?」
2組の男女はそれぞれ顔を見合わせています。
浮かぶ色は『困惑』でしょうか?
「な、なんだ貴様等!マリーベル嬢に用があるのは私達だ!」
「いや、用があるのは私たちの方だ!」
周りは少しずつ距離をとって遠巻きに見始めましたわ。あらやだ、目立つじゃありませんの。
ってもう手遅れですわね。
まず右から会場を突っ切って現れたのは、貴族の中でも最も王族に近い公爵家の嫡男アルベルト様。そして王宮魔術師の筆頭の伯爵家の次男、ニーベル様。
その間にピンクがかった金髪ストレートに赤色のリボンをアクセントに結わえた、ピンクのフワフワドレスの令嬢。
そして左からステージ近くを通ってきたのは、宰相様がいらっしゃる侯爵家の嫡男ダーシェ様と、騎士団の団長を務めてらっしゃる子爵家の嫡男モーリス様。
ダーベルト様の腕には同じ赤みの強い金髪ですが、ゆるい巻き毛に同じ赤色リボン、ピンクでフワフワのドレスのご令嬢。
あの髪型とドレスは流行っているのかしら?
「……なんですの?この場でないといけませんの?」
言外に他所でやれと言ってみるが伝わらなかったようね。
やいのやいのしている2つの集まりからアルベルト様が一歩こちらへ踏み出して声高らかに言いました。
「ええい、先に言わせてもらおう!貴様はこの可憐なシャーロットに対し、身分を笠に着て罵倒し、私物をとりあげたり、あらぬ噂を立てて孤立させ、あまつさえ危害を加えた罪、知らぬとは言わせんぞ!!」
「なに!その令嬢にも…?!この儚くか弱いエマもだぞ!」
「そうなのか?!なんと卑劣な…!」
ダーシェ様が脇から入ってきましたが、同じ内容のようですわね。
「今日で卒業ではあるが、心優しき
シャーロットは謝罪の言葉さえ言えば、全てを許し、忘れる言っているのだ!
マリーベル嬢、これまでの所業を反省して謝罪せよ!」
「そうだ!エマも謝罪さえすれば許すと…!」
お優しいアピールは終わりましたでしょうかね?そろそろ聞いてみましょう。
「申し訳ございませんが、そちらのご令嬢方を存じ上げませんわ。同じクラスじゃございませんわよね?」
「しらを切る気か!」
はぁ、全く。思わずため息が出そうなので扇子を広げて口元を隠しますわ。
「身分を笠に着て…でしたか?この学園では学園側の采配で、平民の特待生も交えてクラス分けが成されますのよ。ある程度存じ上げている方もおりますが、そちらのご令嬢方は記憶にございませんわ。それで、まずどちらのクラスですの?」
「シャーロットはD組だ」
「エマはF組だ!」
「…ではA組でした私とはクラスが違いますし、存じ上げなくても仕方ありませんわね?それで身分を笠に着るとはどちらでですの?」
「「廊下や中庭、ホールですわ、私、毎日怖くてっっ」」
シャーロット様はアルベルト様に。エマ様はダーシェ様に、ひしっと腕に縋り付いています。
ちょっと、何なのですかこの御花畑な集団は。周りが騒めいてますわ。
「身分がどうだか存じ上げませんが、私、一個人を貶めるように罵倒した覚えはございませんわ」
「「うそをつかないで下さいっ」」
「見た目とか」「言葉遣いとか」
「「私が平民上がりだからとっっ」」
オペラの掛け合いのようですわね〜。とのんびり感動に浸っている場合ではございませんね。
「あなた方何おっしゃっておりますの?」
後ろの観客から上がった声に、視線が集まります。同じクラスや同じ委員で仲良くしていただいたご令嬢方ですわね。
「マリーベル様は最終学年から、風紀委員長に就かれておりますわ。逸脱した服装や言動に注意して正されるのはお役目の一つですわ」
「風紀…だと??」
お花畑集団はきょとん顔で見返します。
えっやだ、知らないのかしら。
「昨年、生徒会で新たに組織された委員ですわ。
平等といえど、貴族の子息が多く一部平民も在籍する以上、高圧的な態度を取る方や、平民の中では貴族のマナーがわからず諍いの元になってしまう事がございますわ。
それを諌めて取りなしたり、その場の正しい対処法を教えたりするのですわ。
マリーベル様は、そのお役目でその都度注意なさっているところを見たことがあります。決して身分や罵倒などはございませんでしたわ」
なんと的確なフォローなのでしょうか。
そういえばよく廊下を走ったり、スカートを短くされり、荷物をいっぱい持っては廊下に散らかしていた方がいましたわね。
ピンクな頭の令嬢が多かったような?
「ありがとう、アンリエッタ様。貴女方も。
それで卒業の本日、そちらの方々のクラスを知り得た私が、どうやって物を隠したり出来るのでしょう?」
「そ…それはっ…取り巻きにでもやらせたのだろう!」
そーだそーだと喚く集団。
「取り巻きだなんて失礼ですわ。
皆さま良き友人であり、学友と思っております。取り巻きだなんて思ったことも扱ったこともございませんわ。
それに私、これでも風紀委員長や委員会議、習い事といったように忙しくしておりましたの。あなた方のいう嫌がらせなどに割く時間など、1分たりともございませんでしたわ。
そんな中、いつ行ったと??」
さぁさぁ言うてごらんなさいなと視線を向けるとシャーロット様が意を決してと言う体で言い出しました。
「わ、私、先月の初めに登校してすぐ大事なブローチを取り上げられました」
周りがざわつき始めましたが、これは非難めいたものではございません。
「先月の初めにあった風紀委員による、服装取り締まりの件でしょうか?
学園規定にございます通り、華美な装飾の施されたもの、規定に外れた着こなしに関しては取り締まり対象になりますわ。対象物は没収後、半月毎に家別に保管後、各ご自宅に返却しておりますわ」
「えっっっっうそ」
「嘘ではございません。ちゃんと没収されたものには、違反チケット、没収品を明記した控えをお渡ししておりますわ。ご存知ありませんの?」
しかも取り締まりにはトラブル回避から、必ず2人以上で行うようにしておりますし。
取り巻きとはもしかしてそれのことかしら…?だとしたら本当に何も知らなかったのかしら。
思わずため息が出てしまいましたわ。
「ええと、これで誤解は解けましたでしょうか?ああ、最後に危害…でしたか?私、そのような事はしておりませんわ」
「誤魔化そうというのだな!」
「そうだ!エマは階段の上から突き落とされたのだぞ!」
「なに!シャーロットもだぞ!」
「事故ではございませんの?」
「「悲鳴が聞こえて駆けつけ階段下で倒れているのを見つけたのだぞ」」
どこまでも被りますのね〜。
それぞれの令嬢方よりよっぽど気が合うのではなくて?
「はぁ、それはいつの事ですの?」
「「3日前の昼ごろ」」
「南棟ホールでだ!」「東棟ホールだ!」
言ったと同時に、なんだと!と見合わせるアルベルト様とダーシェ様。
どっちでも良いですが、
「………私、同時に別の場所に存在はできませんことよ?」
「おい!ダーシェ!シャーロットが嘘をついたというのか?!」
「アルベルト様、心清らかなエマは虚偽など申しません!」
睨み合う双方のお団子集団。
「まぁ、何はともあれ、広大な敷地を誇る学園の両極端の棟に同時は無理ですわ。
それに……私、3日前はこの卒業式やパーティーでお世話になった商会の会長様数名のお客様とお礼を兼ねたお茶会を、中央棟の庭園で開催しておりましたわ」
「「「なんだと…!」」」
「なんだもかんだもありませんわ。
言いがかりも甚だしく、その上皆様の卒業を祝うパーティーを邪魔して何をなさりたいのかしら?どれだけの費用と時間を費やしているとお思いですの?」
おもむろに持っていた扇子を閉じ、ビシッと集団を指して宣告します。
「これ以上妨害なさるようでしたら、卒業を取り消し留年、又は除籍も視野に入れての話し合いとなりますわよ。宜しいでしょうか?」
「「「「「な……!!」」」」」
いや、そりゃそうでしょう。
他国の留学生や縁者のいるパーティーで、上位貴族の令嬢を謂れ無き罪で貶めたのですもの。
「ご理解なさったのなら、どうぞお引き取りくださいませ」
すっと扇子を出入り口の方へ指し示し、出て行けと態度でも表しますと、慌てて先を競うように出て行きました。
冷めた目で見ていた周りがざわつき始めましたので、収めなければですわね。
すっと吸い込んで周りを見渡します。
「お騒がせいたしまして、申し訳ございませんでした。なにか誤解が御座いました様ですが問題ございませんわ。
さぁ、楽隊の皆様、演奏をお願いいたしますわ」
仕切り直しとばかりにテンポのいいワルツが奏でられ始めました。
さすがといいますか、皆さま何事もなかったように雑談をし始めたりダンスをしたりと、思い思いに楽しみ始めました。
少ししてから、先程庇ってくださったアンリエッタ様が声をかけてくださいます。
「マリーベル様、災難でございましたわ。
大丈夫でしょうか?」
「ええ、問題ございませんわ。でもまさか学園に在籍しながら、学園の組織をご存じないとは嘆かわしい限りですわね。
とりあえず我が家から方々にお手紙をお送りいたしますわ」
「それがよろしいですわ。マリーベル様に冤罪までかけるとは…! 言語道断です」
あれは冤罪というより…
つぃっと退場された出入り口に目を向けてため息混じりに
「お花畑に視界まで遮られた結果ですわね」
つい溢してしまいました。
「まぁ、マリーベル様!的確な表現ですわ!」
皆さま扇子で口元を隠しながらクスクス笑い出してしまいました。
私としたことが、いけませんわね。
「さぁ皆さま楽しんでくださいましね。
この日のために、趣向を凝らしたケーキをご用意しておりますの。もう召し上がられて?」
***
「なんなのなんなの!あの悪役令嬢!!」
悪態をつくピンクなフワフワ2つが、人気のない庭園のガゼボで喚いていた。
「「あ、あなた!!」」
お互いの声を聞きお互いの顔を指差しさけぶ。
「「私の真似して邪魔して何のつもりよ!」」
「「・・・何言ってるの?」」
先程から同じ言葉を被せてくる、この女は何なのだ。と怪訝そうに相貌を歪めて睨め付けるピンクなフワフワ2人。
ちょっとまて。まさか…?
「「あなたも転生者なの…?」」
「ここは私がヒロインの世界なのよ!便乗しようとしてるんじゃないわよ!このモブが!!」
「あなたこそ何を言っているの?!私こそがヒロインでしょ?!ピンクの髪で緑の瞳!!そして生い立ちもそう!」
「はぁぁぁ?!私だってピンクで緑だわ!!平民から貴族になったし私こそ本物よ!」
「その髪はピンクじゃなくってサーモンピンクでしょー?!」
「はぁ?!あんたの目は節穴じゃないの?!
あんたのはほぼ赤髪の部類じゃない?!」
などと思い思い目につく部分を上げ諂っては、罵る2人。
そう、エマは同じ色彩でも全体的に濃い目。
シャーロットは淡い色合いをしていた。
貴族社会において、気の多い男性貴族が目についたメイド、庶民に手をつける。なんてことはありふれた事であり、その時にできた子を庶子として認知して迎えるか、はたまた捨て置くかもままある話であった。
そして前世を思い出した二人は、お互いはまっていた乙女ゲームに思い当たり、「自分こそヒロインだ」と思い込んだのである。
お互いに罵り合い、時に掴み合っては爪を立て。
息切れして疲れた頃に訪れた悟りタイムで、はたと思い出す。
『あのゲームのヒロインって…』
そういえば攻略対象をきっちり描かれていたけど、ヒロインって後ろ姿や横顔、シルエットだったな。と。
さらにいえば名前は自由入力。
そしてクラスはルート毎にランダムだ。
ヒロインだと言えなくもないが、違うとも言える…?
いやいや、…え?ほんとに?
ようやく現実を見た二人は一気に脳内のお花畑が萎れ、枯れて、散っていった。
そもそもユルッとした設定のゲームだったし。
恋愛重視でその他は勉強だとか魅力アップ、親密度を測るもの、イベントばかりだったし。
え、この先ってどうしたら良いわけ?
すっかり暗くなり、建物から溢れる光でうっすらと照らされた庭園のガゼボでピンクのフワフワ2人は、蒼白になりながら状況を改めて認識していくのであった。
思い込んで突き進むのが一人とは限らず、そしてヒロインじゃなくって攻略対象やサブキャラ以外はぼんやりってよくあるよねと思ったら、書きたくなってしまいました。
勢いなのでお目こぼしを。