そして
シータちゃんとペピタが使用人室を出てから、もう随分経った。なんで帰ってこないんだろう。シータちゃんは私の言うことを信じて、色々調べているのかもしれない。けど、ペピタが心配だ。
二人が出てから考えていたけれど、そもそも本当の意味で人がいなくなるのは、すごく難しい。その人を消すだけではなく、所持品や記憶まで消さなければ、いなくなるとは言えない。でも、私は覚えている。二人が覚えていない。なぜか?
● ● ●
いつの間にか眠ってしまった。時計を見るともう十六時。あれから二時間以上経っているのに、シータちゃんもペピタも帰ってきていないのか。
その時、嫌な予感がした。
「まさか、ね……」
私は使用人室を飛び出すと、屋敷の中を探し回った。
「シータちゃん! ペピタ! 返事して!」
いない。いないいないいない。どこにもいない。
私は二階の部屋を調べた。エイダ、メリッサ、エマ、ペピタ、シータの部屋には何もなかった。まるで最初から誰もいなかったみたいに。チェスの間と私の部屋だけはそのままだった。
「ウソだ、こんなの」
私は一階の部屋を調べた。食堂、浴室、給湯室はいつも通りだった。そう、いつも通り、彼女たちはいない。残るは客室二つ。
「エイダ……」
エイダが人魂を見たと言ったのは、第二客室。であればここが異変の元凶なのか?
まず、第一客室のドアノブを捻る。綺麗に掃除がなされているけど、誰もいない。やっぱりおかしいのは第二客室か?
第二客室のノブは、少し回しづらかった。立て付けが悪いのか、押しただけでは開かない。ぐっと手に力を込め、肩で押すように開けた。
──誰もいなかった。
部屋の真ん中には、鹿のネックレスが落ちていた。これを持っているのは、シータちゃんかエイダだけ。しかし、そんなことは今は関係ない。この部屋は変なことになっているのだ。
「月が出てる……?」
窓の外には、夜空と満月があった。時計を見ても、十六時三十分。スクリーンか何かで写し出されてるのか? そばに近づいてみると、それはよくできた絵だった。遠目から見ると本物そのものだけど、近くで見ると案外普通だ。
結局、第二客室には何もなかった。タンスの中やテーブルの下にも、誰もいなかった。
「あとは、庭と地下室と書斎……」
期待はしていない。書斎に入るのは掃除以外で禁じられているし、地下室は暗くて何かをするには向いていない。庭にいたら、窓から分かるだろう。
ま、探すけどさ。
● ● ●
十八時。全て調べ終え、もう一度屋敷の中も全て見た。けれど誰もいない。
「サボってばっかでバチが当たったのかなぁ」
声はかすれていた。瞳から溢れる雫は、床に落ちるまで気がつかなかった。
「エイダは一番の親友だった。エイダに起こしてもらうために、ねぼすけのフリをしてたくらいだもの」
「メリッサは料理が上手だった。それに仕事も早くて、恥ずかしいけど、少し憧れてた」
「エマは誰よりも優しかった。一緒に仕事をサボった時もあったっけ。……それは優しいとは言わないか」
「ペピタは頑張り屋さんだった。一番小さいのに、私とは他の子たちよりもすぐに仲良くなったなぁ」
「シータは唯一の家族だった。もちろん、本当の意味での家族じゃないけど、私のお母さんよりもお母さんらしかったよ」
ため息をつく。
「みんな、忘れちゃうのかな。みんながみんなを忘れたみたいに、私もみんなを忘れちゃうのかな」
この言葉は誰にも届かない。友のエイダにも、憧れのメリッサにも、優しいエマにも、頑張るペピタにも、母のシータにも。だって誰もいないんだから。
「嫌だ……誰か、誰か助けてよ」
● ● ●
使用人室で、空になったロッカーを見つめていると、外から車の音がした。
もしかして、ご主人が帰ってきたのだろうか。そうだ、ご主人がいる! ご主人なら何か知ってるかも、そうでなくとも、私の言うことを信じてくれるはずだ!
私はすごい勢いで玄関に向かい、ドアを思い切り開けた。ご主人だ。知ってる人がいるだけで、こんなに嬉しいとは。ご主人は私に気づくと、片手をちょっとあげた。
「やあ、ノラが出迎えなんて珍しいね」
「ご主人っ! よかった、本物のご主人だ……!」
「ど、どうしたんだい? 何かあったの?」
「それが……」
私はみんながいなくなったことを説明した。
「ふむ。本当なら大変なことだ。すぐに本宅から何人か呼んで、屋敷を調べよう」
「し、信じてくれるの?」
「当たり前だろう。ノラも、それに他のメイド達も大切な家族じゃないか」
ご主人は、若い女の子のメイドばっか雇ってスケベなやつだと思ってたけど、こんなに頼りになるとは思わなかった。それに、ちゃんとみんなのことを覚えている。やっぱりみんなはいる。シータちゃんもペピタも、頭が混乱していただけなんだ。
「大丈夫。君は一人じゃない」
ご主人の胸はすごく暖かかった。