第九回 精霊の種類
「……もう一つ、ランドールさんの結界というのは……どうなっているのですか」
「わしの結界かのう。最初は外側に結界があってな、外に出られんようになっとったが、二百年ほど昔の話だからのう。わしが内側から掘り進んだから壊れたかもしれん。わしは外に出るつもりがなかったからのう。しょうもない主人に巡り会っても嫌じゃしな。それに、ここが気に入ってしもうたからのう。この洞窟の内側にわしの結果を張ってあるからな、誰も入って来られんと思ったが、燈と燈花が入ってきたからのう。それと、わしだけしか行くことの出来ない場所があってな、特別な結界じゃな」
あまりにも話が難しくて理解できない。結界というのは目で見ない現象なのか。それすら分からない。でもここには、彼の結界が内側から張られているので安全な場所である、ということは理解できた。
私はもちろん無理だけど、燈もランドールさんも一人でこの洞窟の出入りが自由なような気もする。それなのに、どうして私と契約する必要があるのだろうか。
「……それではもう一つ、なぜ……私と契約したいのですか」
「さっきも話だが燈花に興味が持てたからかのう。わしがふらふらと外に出るとな、誰かと強制的に契約させられそうでな、それを防ぐためにもな、燈花と契約したいからのう。わしは人間と契約しないとな、いつかはその力が衰えるんじゃよ。わしは自分でここに結界を張っとるし、色んな物作りをして鍛えているしのう。そう衰えは感じないが、もうそろそろ人間界に出て行ってもいい頃合いじゃのう。燈花がわしを連れ出すためにな、ここに迎えに来てくれたのかのう?」
これが最後の言葉なのか、と考えてしまうような説明を聞くが、色んなリスクを犯しても力の衰えを防ぐために人間と契約をする、と判断してもいいのかな?
私たちが偶然飛び込んだ事実も踏まえ、彼の長すぎた洞窟生活に別れを告げたいと思う意思が、瞬時に同期したような感じなのだろうか。
「……私たちは迎えに来たのではなくて、燈にはっきりと聞かないと分かりませんが……その……偶然にここに辿りついたみたいです」
「その偶然がな、わしの考えと一致したんじゃな。少し燈と話してくるかのう」
「えっ、燈と話せるの?」
燈の気配に気づいてないと言ったのに、驚きの声を上げた私の両手はテーブルの上にあり、右手に虫眼鏡、左手にはランドールさんの本体を持ち、それを見ながら話したり、周りを確認したりしている。
ふと思ったけど、虫眼鏡で光を集光させ黒い紙などを燃やすことは、ここの人たちは知らないよね。そういうのって魔法みたいだと思われないかな?
『ねぇね、契約しても大丈夫だよ』
『……何よ、寝てたんじゃないの? 突然現れ急に消えて……私の気持ちも考えてよ』
突然、燈の穏やかな代わり映えのしないかわいい声の響きが聞こえ、驚きと同時に、私の声が少し荒ぶれたような音色になる。
『……ごめんなさい。ちょっと休憩してたの。二人の会話を聞いてた』
はー、遣ってしまった。怒ったように聞こえたのかしら? 積み重なるランドールさんの言葉に対して、自分の感情のコントロールが出来ずに、少しはき出してしまったようだ。
『……どうなってるの? 声に出して話してもいいのね』
私の頭の中で声が響き、口から音声を出さずに会話していた状態をのことを、強調するかのような口ぶりに内容を変えたが、ほんとうに怒っているならば、ばんばん言葉をはき出したけど、そこまで感情が壊れてなさそうだ、などと勝手に考えてしまう。
『うん、大丈夫だよ。街に行ったら人間の声が聞こえたからね』
「もう、それだったらランドールさんに挨拶しなさいよ」
大人が子供に悟らせるような、少し命令口調になってしまったが、私たちの会話を聞いていれば、彼に話してはいけないことが理解できていると思いたい。
『うん、分かった。こんにちは、ランドールさん。ぼくは燈といます。僕は精霊ではりまのせん』
「ほほう、精霊ではないのかのう。わしは光の精霊かと思ったがのう」
『それでは、ぼくのことを光の精霊と思ってください。名前も燈ですからね』
「そうじゃのう。そう思った方が気が楽じゃな。いろいろ考える必要がないからのう」
燈が光の精霊? どこからその言葉が出てきたのよ、燈。
「……ええっと……光の精霊というのがいるのですか」
「ヨーチュリカ大陸ではのう、六大精霊というのがいてな、光の精霊もその中に入っておるが、火の精霊、水の精霊、樹の精霊、土の精霊、風の精霊と呼ばれているがのう」
燈のことを考える暇もなくも、意味不明な言葉がまたまた始まってしまう。もう嫌だー。
ポンポン……《妖精》
「……その……妖精さんもいるのですか。例えば、花とか木とかの」
さっきはあの音の後に、落とせって言ったような、今度は妖精って聞こえたけど、燈が私に、彼に聞こえないような言葉を、警告音といっしょに教えているのかしら?
「花の妖精はうじゃうじゃおるのう。暑かったり寒かったり天気次第ではな、長生きする妖精もいるかもしれんがな、すぐ死んでしまうからのう。花の妖精が一番多くてな、その次は木の妖精じゃな。何百年も生きておる樹の精霊は威勢がいいからのう」
「はあー、そうなんですか。花の種類は多いような気がするけど、花の精霊ではなく樹の精霊が六大精霊の中に入っているのですね」
彼の言葉は意味がはっきりとは理解出来ないながらも、会話の流れはスムーズに運んでいるようだ。
「花の精霊は聞いたことがないのう」
「……樹齢が関係しているのですね。何となく分かります」
「……樹齢かな? その言葉も知ららんがのう」
お互いに意味の分からない言葉があるようだ。精霊がいたり妖精がいたり、結界が張られたりと、いったいここはどのような世界になっているのだろうか。私は読書が好きだけど、こういった類いの本は少しか読んでないのよね。頭がよけいに混乱する。
「……あのですね、日本語、って分かりますか」
「そりゃ何じゃい?」
「英語、って分かりますか」
「知らんがのう」
今回も読んでいただき、ありがとうございました。