第八回 契約の言葉
「……感覚共有が壊れる……以心伝心みたいな状態が壊れるの?」
「……その言葉は知らんがのう」
「えっ、以心伝心ですか」
「そうじゃのう。以心……伝心じゃな」
「言葉で伝えなくても、その……お互いに感じ取れること……ですかね」
「ほほう、感じ取れるのか、その通りじゃのう」
「契約することは難しいのですね」
契約すると、二人の力が合わさって発揮出来ると言っているのだろうか。私には何も力なんてないのにね。その現状を理解しているのだろうか。
「燈花よりもわしの方が大変なんじゃからのう。わしが命令されると断れん」
「……でも、ランドールさんが何が出来るなんて、私には分からないのでは?」
「主人にはある程度のことは分かってしまうからのう」
燈についてはほとんど分からない。知らぬ間に私の体の中に入ってきたからなのだろうか。ランドールさんともう少し話をした方がいいような気がする。
「……契約のことは燈に相談してみますね」
「まあ、わしが簡単にここから出る方法は、燈花と契約することが一番じゃからな」
彼の利益というのはここから出ることなのかしら? そのことまで言葉にするなんてよく分からない。リスクを冒してもここから出たいのだろうか。
二百年間、人生の三倍の時間だよね。燈に頼んで外に出すことも出来そうだけど、途方もない話の内容に、私の頭がついていけないのが現実だ。
「……分かりました」
「何をするにも善し悪しがあるからのう。燈花の判断に任せるかのう」
今までのランドールさんの言葉を総合していると、簡単には契約が出来ない、と私の心がそう判断しているようで、首に提げただけでは契約が出来ないと、でも私の両手が拒否したことで、首に下げるだけでも何らかの影響を受けるのだと思う。あの音は燈からの警告かもしれない。
燈がランドールさんというイレギュラーの存在に気づき、素早く内部に引っ込んだのは、残り少ない力を温存しながら私を守ろうとしているのだろう。それに、目の前にある物は、ここが地球でもなく日本でもないことを、私に自覚させるためだと思う。そのことに気づくようにと、私に考える時間をくれたのだろうか。
それとも、燈の力が私にも作用しているのかな? 燈と出会ってから丸一日も経ってないような気がするけど、精神的疲労は感じるが、仕事で重苦しかった体の疲れは軽いようだ。それに、夕食前だったのに、目の前の食べ物を見ても空腹感がさほど湧かない。
内部寄生、時空の狭間、次元の歪みの意味もほとんど分からない。でも、燈よりもランドールさん言葉の方が現実味を帯びているような気がする。
「ほれ、そこの金貨と見比べてみるといいのう。上手く出来ているじゃろうが」
その言葉と同時に、私の目の前の空間に金貨が一枚、揺れることもなく浮いている。それを右手でつみ、無造作に置いてある銀貨や銅貨を無視して、一つの金貨を手前にずらし左側に置き、ランドールさんの作り上げた金貨を右側に置く。
私の視線は四枚の葉の中を一つずつ見比べるが見にくい。そうだ、虫眼鏡を持っていたのだ。中堅ではあるが建築会社の事務で働いていた私。与えられる資料は専門用語が多く、その言葉の解説本は文字が小さくて見にくい。使う回数は少なくなったが、リュックのポケットに入っているのだ
生地の基本は青色だが、京友禅のような昔ながらの色彩で描かれたハンカチを使い、手作り袋の中に仕舞ってある。横を向き外側にあるジッパーを引いて取り出し、紐を緩めて虫眼鏡を取り出す。
「そりゃ何じゃい?」
「虫眼鏡といいます。細かい物が大きく見えるんですよ」
「ほほう、わしの本体をその虫眼鏡とやらに近づけてくれんかのう」
宙に浮いているのをすっかり忘れていたが、私のことを信じてくれているみたいで、その本体が近づいてくる。
垂れ下がっているネックレスを左手の甲の上から下げるようにし、本体の裏側から丸い輪をつかみ、右手に持っている虫眼鏡の前に持ってくる。
「はっきりと見えんのう」
「虫眼鏡を金貨に近づけますから、よく見える位置で止めますから言ってください」
「おおっ、そこじゃ、よく見えるのう」
ピントが合ったみたいだ。よかった。
「出来栄えはどうですか」
「まったく同じじゃな。わしが作った物が本物じゃな。紛れもない金だからのう」
「左側は色が同じでも、他の金属が入っているかもしれませんね」
「その通りじゃな。燈花と気が合いそうじゃのう」
見ず知らずの私のとを気に入ってくれたのかしら? でも、話しか出来ないからな、燈みたいな存在だと思えばいいのかな? 最初の出会いよりも親近感が湧いてくる。
「……ありがとうございます。一つ聞いてもいいいですか」
「答えられんこともあるがな、一つでも二つでも何でもいいから聞くといいかのう」
「ええっと……ランドールさんの本体はずっとここにあるのに、どうやって作ったのですか、それが不思議なんですけど」
「わしはずっとここにいるがな、本体から声が聞こえるじゃろう」
ほんとうに、この本体と呼んでいる場所から、彼の声の響きが聞こえてくるのだ。どうなっているのだろうか。
「……はい」
「結界の中にはな、わしの分身というのか二人いるんじゃよ。最初は一人だったがな、もう一人増やせたんじゃよ」
「はー、何ですかそれは?」
「まあ、長生きしとると色んなことが出来るようになるのう」
「私と契約しなくても、とっくに外に出られたのですね」
「それは分からん。出たことがないしな。出ようとも思わんかったからのう」
だんだんとここから出してあげたい気持ちになっていたのに、出たいとも思わなかった、今までの会話は何なのよ。
「今までの話は……その……嘘なんですか」
「ほんとうの話じゃよ。ここで物作りをするよりもな、燈花に興味を持ってしまったからのう。ここを出てもいいのかと思われるしのう」
私に興味を持った。これ以上の言葉はないよね。私は何も出来ないので彼にはプラスにならない。下手をするとマイナスになる。そうなったらどうするのよ。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。