第六回 精霊水の井戸
「おっ! ちょうど片付け終わったからのう」
少し焦ったような声の響きに聞こえてしまったが、作ったものを片付ければ片付け先が必要な気がする。それはどういう意味なのだろうか。その先の言葉が続かない。
「……訪れたタイミングがよかったのですね」
「タイ……ミングとは、そりゃ何じゃい?」
「えっ? ええっと……そのですね。ここに来た頃合いがよかったというのか、片付け終わった後でしたからね」
そう説明することしかできず、私の驚きや焦り、考え込んだりしている顔を確認しているとは思うが、私は彼の顔が見えないので、たまに音色の変わりる彼の声の響きを聞くだけで、その裏側に存在している真実を、彼の顔で判断することは出来ないのだ。
「……そうじゃのう」
掘ったり作ったり耕したり、おまけに錬金術師、土工や鍛冶職人を想像するけど、魔法という言葉も閃くが……それは現実世界ではありえない。
「……それでは、家とか壁とか塀とかも作れるのですか」
「家の土台から何でもありじゃよ。地面を掘ったりも出来るからのう」
掘ると言えば井戸を連想するが、トンネルを掘ればここから出られそうだからな。
「……地面を掘るの? ええっと……井戸を掘ったりも出来るのですか」
「出来るのう。しかしなあ、水源がないと掘っても仕方がないのう」
「あっ、そうですね。地下に流れている水源が必要ですね」
「水源を見つける方法も知っておるがのう。二人がここに入ってきた通路の突きありの地下にな、水源を見つけたからのう。井戸を掘って蓋で隠してあるからのう」
水源を見つけるためにあの通路を造ったんだ。幅と高さが二メートルほどで奥行きが二十メートルほどあった。私たちは先端より三メートルほど手前に到着したのだ。後ろを振り向いた時には気づかなかった。
意識が地面ではなく周りの岩肌を確認していたからな。燈が動物や人の気配がないと言ったから、それで前方に歩き出したのだ。
「この井戸の水は精霊水と呼べるかのう」
「精霊水? 何ですかそれは……飲めるのですか」
「地下深くにあったからのう。飲み続けるとな、若返ることはないが歳を取らなくなるようじゃのう。それにな、病気にも打ち勝つようじゃのう。わしみたいにのう。教会の中に聖霊水というもあるらしいがな。その水をの飲むと死ぬことがないそうだからのう。噂だけで誰も見たことがないらしいがのう」
病気にもならないし歳を取らないの? 信じられない。聖霊水って不老不死のことなのかしら? いつ頃掘ったのか分からないけど、だから長生きしているのだろうか。ペットボトルが三本あるんですけど……私もほしいな。
「……すごいですね。私も飲んでみたいです。普通の水みたいに飲むのですか」
「ほほう、燈花も飲んでみたいのかのう。普通に喉が渇けば飲むといいのう。地下から沸き上がっているからな、涸れることはないと思うがのう。入れ物を作ってやろうかのう」
「あっ、入れ物は持ってます。今出します」
リュックから麦茶のペットボトルを出して飲みきり、そのペットボトルを見せる。
「変わった入れ物じゃのう」
しまったー、麦茶が少ししか残ってないのが閃いて、焦ってペットボトルを出してしまったよ。どうしよう。説明が出来ないよ。
「あっ、そうですね……ええっと……説明が難しいです。入れ物だと思ってください」
「ほほう、背中に背負っていた入れ物も変わっているからのう。着ている服も見たことがないのう」
「……ええっと……この服も説明が難しいです」
「燈花は顔の表情がよく変わるのう。そういう物だと思えばいいのかのう」
「あー、はい、そう思ってください。ごめんなさい」
「誤ることではないのう。わしが説明を聞いても理解でないようじゃからな」
「他にもいろいろ入っているのですが、説明が出来ません。説明する言葉がないです」
「ほほう、よく分かったのう。気にせんことにするかのう」
「……ありがとうございます」
深く追求されなくてよかった。私の顔を見て判断しているのよね。心が丸出しになっているのね。気をつけなきゃとは思っているけど……すべてが理解できない言葉だからね。どうしようもないよね。もう、ねーしか言葉がない。
「これくらいの水でいいのかのう」
「……」
目の前のテーブルに、金属で出来た鍋のような器にたっぷり水が入り、丸いお玉みたいな物まで入っている。
「驚かせてしまったかのう」
「はい……ありがとうございます」
「その入れ物は入り口が小さいからのう。それですくって入れるといいかのう」
「ほんとうにありがとうございます」
よく気が利くと思う。それだけ私のことをチェックしているのだろうな。お玉ですくって三回ほど中を洗い、喉が乾いたので洗ったその水を飲む。何とか水をこぼしながらもペットボトル入れることができ、リュックの中にしまう。
「あのですね、このすくう物は丸ではなく、左側のこの部分が少し尖っていると入れやすいです」
「なるほどのう。入れにくそうだったからのう」
「よけいなことを言ってすみません」
「気にせんでいいからのう。今度はそういうふうに作ってみるかのう。何度も入れるようになりそうじゃからな」
「はい。ありがとうございます。話は変わりますが、通路もそうですがこの洞窟は明るいですね。どうしてですか」
「通路もそうじゃが、壁のあちこちに大きめの石が飛び出しているじゃろ。あれのお陰で明るいんじゃよ」
洞窟とはこういうものだと先入観で見ていたが、そういう意味があるとは思わなかった。でも、特別にその石が光を放っている様子はない。通路の天井にあった、やや出っ張った石は気づいていたが。
「……すごいですね。言葉がありません」
「自慢話になってしもうたがな、そう思ってくれると嬉しいのう。この石を燈花に渡そうかのう。暗い場所を明るくしてくれるからのう」
テーブルの上に、握り拳ほどの表面がつるんとした、黒っぽい石が二個現れる。
「あ、ありがとうございます」
「使い方は後から説明するかのう。何事も順番があるからのう」
「……そうですか」
彼の声の響きは正面から聞こえるけど、私の視線は目の前の空中やその先の壁を見ているが、この洞窟の中は、燈と出会って時は風もあり寒かったけど、風がないせいか春先のようにほんのりと暖かい。
何度か自分のリュックの存在を両手だけではなく視覚で捕らえているが、ここがどこかも分からないし、隣に置いてある買い物袋とこのリュックは、私の貴重な財産なのだ。
先ほど脱いだコートをリュックの上に軽く折りたたんで置いたが、入れる袋とかないし壊れても困るし、コートの左右のポケットに一個ずつしまう。
「……その……契約とはどういうことなのですか」
「わしの本体を見せようかのう」
「……本体? そうすれば姿が見られるのですね」
「こんなじじいの顔を見ても詮無いことだがのう。ちょっと待っとれ、本体を見せる前におもしろ物を見せてやろうかのう」
「えっ、何を見せてくれるの?」
「わしの若かりし頃の顔じゃよ。自分ので描いたからのう。二百五十年ほど前の顔じゃがな。探してみるから待ってくれるかのう」
「ええー、絵も描けるんですか。ずっと待ってます」
二百五十年前の言葉におったまげた私は、絵を描けることに言葉を振り替えたつもりだが、精霊は長生きなのだ、という現実に遭遇してしまったようだ。もう驚くことはないのよね、と自分に言い聞かせる。顔には出でいるようだが、それでも冷静沈着さ保つのに、自分の心が悲鳴をあげている。
ランドールさんがその絵を探している間に、さっきの袋よりは小さいけど、緑色の風呂敷のような布で包まれた、籠のような形をしている物がある。布を解いて中を見ると、細い植物のツルで作られたような編み込みの籠が現れ中を見る。
ツルの名前は忘れたけど、田舎の祖母が趣味で作っていた素材は、一度乾かして水に浸し、もう一度乾かすと丈夫になる、と話していたような、その籠の中に小ぶりの少し目の粗い籠があり、中にはリンゴのような赤い果物らしき物が六つ、プチトマトの二倍ほどの大きさで、黄色いフルーツなのか野菜なのか、楕円をした深めの木彫りの器にたくさんは入っている。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。