第三回 燈の本体キングス・フィージュ
燈は洞窟内を一周してから通路に向かい、ここに来た場所から疾風雷神の勢いで一気に天井を突き抜け、今は目にも止まらぬ速さで上空を目指して上昇している。
この大地を突き抜けた路は、長きに渡って樹の根が天井近くまで到達しており、外側の結界が綻び掛けている唯一の場所である。燈は大地の中、地上に存在する空間の移動や空中浮揚は朝飯前である。
今は燈花の左手の平に、サードアイ的な存在であるかのように住み込んでいるのだが、今の燈花は自分の能力に何も気づいていない。今後も気づかないだろう。何か変化が起これば燈がすべて単独でやっていると思うからだ。
燈花の額の真ん中、前頭葉の中心部分に、燈は自分の欠片を皮膚の上から埋め込み、視覚と言語中枢を先に確保している。これも燈花は気づいていない。
上昇していた燈はいったんスピードを緩め、燈花の左手にある、自分の本体であるキングス・フィージュを呼び出す。
キングス・フィージュの中心部分は、人間で表現すると頭の部分、周辺は胴体及び四肢である。周辺部分に沈み込んでいる欠片は分身とか化身と表現される。今の燈は頭の部分のキングスなので、フィージュの欠片が移動する。
「ちょっとあなた、何で私の周りをくるくると回っている、ですの?」
『えっ? ぼくですか』
青い光の燈は炎のような塊で、その声の持ち主の正面から少し離れた場所で停止する。
「そう、あなたのぼく、ですのよ」
『この赤いのが食べられるのかなーと確認してます』
「下の方にあるミーロンは人間に与えているけど、とってもおいしいと評判がいい、ですのよ」
『ぼくも採ってもいいの?』
「いいけど、ぼくが食べる、ですの?」
『ぼくは食べないよ』
「誰が食べる、ですの?」
『ねぇねが食べるんだよ。ぼくも食べるかもしれないけど……どうかな?』
「ねぇね? それは何、ですの?」
『ねぇねはねぇねに決まってるでしょう』
「私には分からないけど、それは鳥なの動物なの魔物なの人間、ですの?」
『ねぇねは人間だよ』
「ぼくの主人、ですの?」
『ぼくの主人って何? 分かんない』
「ええっ? ぼくは……光の精霊、ですの?」
『ぼくは違うよ。ぼくの名前は燈。ねぇねが名前を考えてくれたんだよ』
少し前に、燈のフィージュの欠片が届き、男の子とも女の子とも表現しがたい百二十センチほどの子供が……彼女の視線先に現れる。
「……」
全体的にボリューム感のある髪の色は、グラデーション的には淡い緑色、頭部の後ろから前に向かい真ん中できっちりと左右に分けられ、眉の上で揃えられたおかっぱ姿みたな前髪は、やや内巻き気味のパッツン切り、サイドを顎のあたりで切り揃えた姫カットような少なめの髪、前に流れ込む髪を丸い耳の先端ほどから後ろにかき集め、頭の中央辺りで真っ青な紐で一つに縛り、小柄な顔を前面に出すように強調し、残りの髪は首の中心から左右に流れるように、肩の下まで垂れて下がり、その残り少ない髪が風の作用で耐えきれなくて揺らいでいる。
「……どうしたの? おねえさん」
たまごを小太りにさせたようなぽっちゃり顔であり、二重でくっきりと見開いた中央の瞳の色は、深い湖の底を連想させるかのような碧眼で、丸首ですっぽりと被るようなスレートドレスの色は、空色よりは青に近いような色合いで、ウエスト辺りで白くて編み紐のようなベルトできっちりと縛られ、ふくらはぎを半分ほど隠す長さで、裾の部分は柔らかくゆらゆらと吹く風になびき、その長さよりも少し長めの黒いレギンスが見え隠れし、前面の浮揚している燈の姿を、その女性は少しだけ見上げるように見つめている。
「お、おねえさん……と、ところで……燈は何歳、ですの?」
立ち上がっている彼女の身長は、人間で換算すると五、六歳ほどの高さ、燈よりも低い。木の葉と同じような深い緑色のフード付きのローブが足元を隠すかのように、引きずるかのような長さで幅広く開いており、首元から半分ほど閉じられたフードの中程から赤色の服が、先端の丸くなった赤い靴が見える程度の長さで、やんわりと広がりを持つように覆っている。
「ぼくは八歳になったばかりだよ」
八歳というのは地球年齢で八十年間ほど経っていることを意味する。このおねえさんには理解できないこと。燈の話し方はほんとうに八歳になったばかりのトーンの高い、かわいらしい声の響きであるからだ。
「……私はーー、その……もっともっともっと年上だけど……お、おねえさんと呼ばれると恥ずかしい、ですのよ。わ・か・く、見えるのかなーー」
「……ぼくは名前を教えたけど、おねえさんが教えてくれないから、どうやって呼ぶの?」
「ごめんなさいね、ですのよ。かわいいーー。燈の容姿に見とれて忘れてた、ですのよ。気を取り直してっと、私の名前はヨーカリス、樹の精霊、ですのよ。おねえさんと呼んでいい、ですのよ。たくさんあげる、ですのよ。何十個いる、ですの?」
「あっ、はい。五個ください。ヨーカリスおねえさん」
「参ったなーーヨーカリスおねえさんだってーー、えっ、私の聞き間違い、ですの? たった五個しかいらない、ですの?」
「聞き間違いではないです。五個だけ、お願いします」
「たった五個だけって少なさすぎ、ですのよ。五十個にしなさい、ですのよ」
「ねぇねはそんなに食べられないよ」
「籠の下に葉っぱを敷くからとーーっても日持ちがいい、ですのよ」
「五個だけ、お願いします」
「ほんとうに五個だけでいいのかしら、ですのよ。食べると元気になるのになーー」
「五個だけ、お願いします」
「ちょっと頑固そうな困った顔がかわいいーー。ちょっと待ってて入れ物作るからーー」
「……ありがとうございます」
今回も読んでいただき、ありがとうございました。