第二回 濁声の男性
「おまえさんの左手から飛び出したのが……さっきの声の持ち主かのう?」
私の耳から、少し濁声ではあるが男性のような言葉が聞こえ驚く。
「えっ、誰? どこにいるの? 何も見えないけど」
「驚かせてしまったかのう。危害を加えるつもりはないからのう。心配せんでいい。二人の会話をずっと聞いとったからのう」
私たちの会話を聞いていた? どういうこと? 自分の心臓がドキドキしてくるのが分かる。
「……声に出して話してなかったけど……私たちの会話が聞こえたの?」
「聞こえてしもうた」
「何? どういうこと? 燈は誰もいないと言ったけど」
自分の体は動かさず頭を左右に振りながら、落ち着きなく視線だけを動かす。
「探してもわしの姿は見えんよ。わしは土の精霊だからのう」
「えっ、土の精霊? どういうことなの?」
燈の驚嘆するような話を聞いた後ではあるが、少し冷静さを取り戻したかのように、その言葉に返事をする。
「……どう説明したらいいのかのう。それよりも、どうしてここに来たのかのう?」
「……燈が連れて来てくれたから……説明ができない」
燈の話は理解しがたいし、土の精霊という彼の言葉もよく分からない。まして自分のこの現状も分かっていない。
この声の持ち主に、時空の狭間から来たと話しても理解してもらえないだろうし、地球のことを知っていますか、とも聞くことも出来ない。どうしたらいいのだろうか。
「わしもはっきりと見えたわけではないがのう。青くて薄い光がこの洞窟を一周してな、おまえさんの後ろの通路に飛び込んだからのう」
「……青くて薄い光……私には何も見えなかったけど、それが見えたのね」
ええっと、さっき燈と何の話をしたっけ、この洞窟は人間も動物もいないから安全だ。何日かここにいようだ。それとこの場所を調べる。眠くなる前に戻ってくる、だっけな。あかりの本体は緑色だけど、青い光だったのね。
地球が隕石だらけで人間が住めなくなる、というのは時空の狭間での会話だったよね。帰り道のあの場所にも家の前にも、あれから隕石が降り注いでくるから危険だと言ったよね。燈の言葉を信じなきゃ、ちょうど辿り着いた玄関先で助けてくれたようだ。
「……ええっと、土の精霊とはどういうことなのですか」
「ちょっと待っとれ」
私は燈と、通路の奥にある二十畳ほどある空間の入り口付近で話をしていたので、私はまだその場で立ち竦んでいる。
「あっ、何?」
私の視界の前方、つまり正面の壁の手前に、四本足の長方形のテーブルと背もたれのない四角い椅子が二つ現れびっくりする。
「あんたと立って話すのも何じゃからのう。壁側にも椅子を作ったからな、その椅子に座ったらどうかのう」
こういう分別が考えられるなんて、少し恐怖感が薄らいでくる。
「……ええっと……ありがとうございます」
「別に気にせんでもいい。わしは土の精霊だからのう。こういうもんが作れるからのう」
さっきも思ったけど、土の精霊、フィクション小説に出てくる精霊なの? それが現実にいるの? ここはどういう場所なのよ、とその言葉が頭を駆け巡り、私の足はゆっくりとテーブルに向かっている。
右手に持っているビニールの買い物袋、その持ち手の部分を軽く縛り左側の椅子に置き、背中のリュックは膝の上に置き、入り口と思える方を前面にして座る。
「……私の名前は燈花と言います。あの子は燈です」
「ほほう、わしの名前はランドール。前の主人が勝手に付けた名前じゃが、そう呼んでもらえるかのう」
「分かりました。それで……どこにいるのですか、見えないんですけど」
さっきから、声の発生する方向を見ているけど姿が見えない。彼の声の響きは悪い人ではないように感じるが……。
「わしと契約せんとな……姿は見えんのう」
私が契約して彼の主人になると姿が見えるの? 意味が分からない。今の彼は私の姿がしっかりと見えているのね。
「……契約? さっきは前の主人と言いましたね。その人はいないのですか」
「あいつはな、死んでしもうたからのう」
何なのよ、その言葉は、よけいに焦ってしまう私。
「……死んだの? どうして?」
「悪事が露見してな……悪い奴らに殺されちまったからのう」
「えっ、殺されたの? だから……ランドールさんはこの洞窟に隠れているの?」
今度は殺人だよ、どうなっているのよ。
「わしは隠れているわけではないのう。ここに閉じ込められているだけじゃ」
閉じ込められている? もうどうなっているのよ。燈はここから出られたみたいだけど、私はどうなるのよ。食べ物は少し持っているけど、私の頭の中でそういう思考が働く。
「……意味が分からないけど……ここは刑務所、いや、牢屋の特別室ですか」
「……牢屋の……特別室? そういう部屋は聞いたことがないのう」
閉じ込められていると聞いたので、小説の中で出てくるような地下室にある牢屋を想像したけど、特別室がよけいな言葉だったのだろうか。
「……そうですか」
「場所ははっきりと分からんがな、結界の中に閉じ込められしまったからのう」
「……結界の中……燈は気づいていたのかしら?」
結界の中だって、どういう場所なのよここは? 何なのその言葉は? 何が何だか分からない。燈は彼に気づかず安全だと思い出かけてしまったようだ。
「水の中に閉じ込められると死ぬやつもいるが、わしにとってここはは快適な住まいだからのう」
私の驚いたり焦ったりした表情を見ているのに、彼は平然として淡々とした声の響きで説明をしているというのか、話しをしているように聞こえるのだけど、最初に危害を加えないと話したことが、少し理解できるような気がする。しかし、結界の中に閉じ込められているのに、どうして快適な住まいなのだろうか。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。