第十三回 右手両足、両肩の結界
「えっ?」
『じいちゃんが結界を張ってくれたんだよ』
「ええっ?」
おったまげて精神的な虚脱感が一気に跳ね上がりました。
「構えられても困るからのう。燈はよく分かったのう」
『へへっ、ぼくだってすごいんだからね』
「台の上にある燈花の荷物を持ってみたらどうかのう。右手と左手で持ち比べてみると分かるかのう」
私はそっと立ち上がり、恐る恐る右手でリュックの幅のある肩紐を二本同時に持ち上げる。
「……」
「ほほう、意味が分かったようじゃのう」
「……何これ……何も入ってないみたい」
肩にずっしりと重さを感じていたのに、本来のリュックの重さよりも軽く、右手に対する重力が切断されてしまったかのようだ。すごい。
「ほほう、少し強すぎたかのうかのう」
大げさかもしれないけど、見かけ倒しだけで何も入ってないような、重力の存在を無視したような、そういう重さ……がない。
『ぼくにはそういうことが出来ないからね』
「……持った拍子にほっぽりそう。いつも通りの力で持つと、反動で飛んでいきそうです」
「そりゃちとまずいのう。わざと投げるにはいいのかのう」
「何でも投げれそうですね。今度は左手で持ってみますね……今まで通りの重さです。でも荷物は肩で背負うからな、同じ重さですね」
「ほほう、その荷物は背中にあったのう。肩に蓋をするかのう」
『じいちゃん、どういうこと?』
「両肩の部分に結界を張り付けるんじゃよ。首を中心にして左右にな」
何なのそれは、重い荷物も重量を感じないということなの? そうなればたくさん歩いても疲れなくていいよね。
「そういうことも出来るのですか。さっきよりも驚きそうですね。結界というのは色んな役割があるのですか」
「妖精から精霊に進化すると色んな力が発揮できてな、契約してからより強化される力と弱まる力があってな、契約してみんことにはそれが分からんのう」
『ぼくはねぇねに何をしてあげようかな? 空を飛べると便利だよね』
「えっ? どういうこと?」
『ぼく、鳥のように飛べるんだよ。それでね、樹の精霊に会ったんだよ』
「ええっ? どういうこと?」
もう、精神的限界の上限越え、これ以上は上がらないでよ。
「ほほう、燈は空を飛べるのかのう。わしは地面の中を移動できるがのう」
「二人ともどういうこと? さっぱり意味が分からない」
「出来るとしか言いようがないのう。目で見える物作りとは違うからのう」
燈の飛ぶ意味は少し理解できる。土の精霊だから、地面の中をモグラのように掘り進んで行くことかしら? 力の含有量で速く進んだりするのかな? テレポーションとか転移魔法という言葉が、それが出来る精霊もいるのかもしれない。頭の中が上限部分で水平に混乱してくる。
「……私が自分の足で歩くのと同じことなんですか」
「まあ、そういうことじゃな。わしは歩くのが苦手だからのう」
『ぼくは歩くのも得意だよ。でもね、飛んだ方が早く目的地に着くからね』
「……」
私は映画の撮影会に参加しているのだろうか? 燈との出会いも映画みたいだし、二人の会話は顔が見えないので表情が分からないが、私の顔は丸出しなので困ってしまう。私の精神的限界は、水平、水平で進んでいく。
『ねぇね、籠の中に赤い実が入ってたでしょう。樹の精霊にもらったんだよ』
「えっ? 他のはどうしたのよ」
『街で買ってきた。金を持ってたからね。金貨に取り替えてもらったの、それで買ってきたんだよ。盗んだりしてないよ』
金を持っていた、ランドールさんみたいに金を……どうして? なぜ持っているの? 説明が聞きたいけど無理だ。
「……分かった。青と赤の袋の中身はその残りなのね」
「うん。赤いのはミーロンっていうんだって、黄色いのはマージュリカ、食べたみたら?」
「ほほう、樹の精霊に会ったのかのう。名前は何と言ったかのう」
『ヨーカリスおねえさん。ぼく、そうやって呼んだんだよ』
「ほほう、ヨーカリスか……妖精ではなく精霊と呼ばれるようになったのかのう」
『樹のてっぺんに結界を張ってね、その中にいたんだよ』
「ほほう、燈は結界の中まで見えるのかのう」
『ぼくが結界に気づいて周りを飛んでると、ヨーカリスおねえさんから声をかけてきたんだよ』
「ほほう、教会にいたあやつが樹のてっぺんに……もうちっと早く外に出るべきだったのかのう」
『百年くらいそこにいるんだって、じいちゃんよりは短いね。ぼく、じいちゃんがここにいるのに気づかなかったからな』
「燈花と燈の存在に気づいてからな、すぐ結界を張って隠れたんじゃよ」
『そうなんだ。ヨーカリスおねえさんは教会から逃げ出したって言ってたよ』
もう何なのよ。この二人の会話は、少しは言葉の意味が出来てきていたのに、二人の共通の樹の精霊がいるなんて信じられない話である。私の精神的限界は、でこぼこ水平、でこぼこ水平で進んでいく。
「……話の意味が少ししか分かんないんだけど、燈はどうやって買い物したの?」
『……ぼく、人間の姿になったんだよ』
考えてもいなかったその言葉におったまげてしまう。そういうことが出来たんだ。見たこともない燈の容姿……でもよかった。
そうすれば、私の側にいつも人間としていれるじゃないのよ。嬉しくて心が躍ってしまう。このテンションは下がってほしくない。私の精神的限界は復活の兆しが見えてくる。
「……元の姿になったのね。ランドールさんには分からないことだよ。言葉の意味をよく考えてから話してね」
『うん、分かった』
「……そうだ、ランドールさんに燈のほんとうの姿を見せてあげたら?」
『うん、分かった』
今回も読んでいただき、ありがとうございました。