第十回 ヨーチュリカの言語
長生きであり知識人であるような彼が、日本語と英語の言葉を知らないなんて、グローバルな地球から、別の惑星に来てしまったのだろうか。
「……ええっと……燈、私は日本語で話しているよね」
『そうだよ。ぼくもねぇねが使っている日本語で話しているよ』
「……ええっと……ランドールさん、どこの言葉を使っているのですか」
「ヨーチュリカの言語しか知らんがのう」
「……ええっと……ランドールさん、私の口の動きはヨーチュリカの言語ですか」
「やっぱりそうかのう。口の動きが違っとるからな、おかしいと思ったがのう」
そういうことは早く言ってくださいよー。疑いもしなかった私が悪いの? だって、彼の存在がなくては口元なんて気づかないことじゃないのよ。
「……燈、これはどうなっているの?」
『ぼくも分からないないよ』
その一言で終わらせないでよ。どう言葉を続ければいいのよ、まったくー。
「最初からランドールさんの言葉は日本語で聞こえてました」
「わしには燈花の言葉はな、ヨーチュリカの言語に聞こえるがのう」
話し言葉が耳から入り、翻訳されているのだろうか。そうとしか考えられない。燈がそうしてくれたのだろうな。
「……分かりました。話が通じればいい。ランドールさんも気にしないでください。考えるだけ無駄なような気がします」
言語の流れは、私が主導権を握ったような会話になってしまったが、私の話している日本語のことを彼に聞かれると、どこから、何を基準にして、どう説明していいのかまったく想像すらつかない。これが魔法なのだと思うしかないよね。
「わしもその意見に賛成じゃのう」
ランドールさんの声の響きと言葉は、私みたいに焦っている様子もなく、淡々と同じような方言みたいな話し方で聞こえる。生きている年数が違うし落ち着きと貫禄があるよね。頭の中で考えていることは分からないが、私のことを気遣っていることが感じ取れる。
「燈、外来語やカタカナ言葉を使うのは止めて、もっと意味が分からなくなると思うからね」
『はい、分かりました』
「ほほう、素直な返事じゃが、わしのためかのう」
「お互いのためです。契約すると意味が分かるのかもね。燈、どう思う?」
『ぼくがねぇねから取り込んだ知識や情報が、ランドールさんが分かるということなの?』
「……そうなると困るし大変だよね。でもね、ここには電気エネルギーがないような気するけど、どうだろうか」
『ぼくにはエネルギーがあるから大丈夫だよ』
燈はエネルギーが必要なんだ。初めて知った言葉におったまげる。地球にもあったしここにもある、と話しているのだろうか。酸素かな? 私も普通に呼吸しているが、ここでは息苦しさは感じない。
人間の言葉で言い表すと、隕石である燈は宇宙人っぽい、会話が見出来るから人間っぽいと思われる。エーテルみたいな仮想物質の世界からやってきたようだから、酸素ではなさそうだよね。エネルギーとは何だろうか。
「ほほう、意味が分からんのう。しかしのう、ここでは人間には理解できん、わしみたいな精霊の力もあるし、魔力もあるがのう。そういうことかのう?」
「……ええっと……魔力……六大精霊って……その……何人くらいいるのですか」
つい口走って出てしまった魔力の言葉をごまかすために、精霊の人数を聞いたのだが、焦っていながらも会話力が進歩している、と自覚している自分がいるが、驚き顔をしているよね。反応がよすぎるのよね。とほほ……。
「それは分からんのう。六人いるかどうかも分からんしのう」
「……人間が勝手にそう呼んでいるだけですか」
「勝手かどうか分からんが、そういう言葉がな、わしの生まれるずっとずっと前からあるからのう」
彼の生まれる前、それは何百年前なのよ。時間の感覚が途方もなくて、四次元空間の時間の存在が壊れているような感覚が、どうしても理解できない。
ポンポン……《神》
「……ええっと……ここには……神さまとか教会という言葉があるのですか」
「それはあるのう。昔から教会の権限は強いしな、ヨーチュリカの神がおるからのう。その神がこの大陸を造り出したという伝承もあるしのう」
「……そうなんですか。ヨーチュリカ大陸はどのくらいの広さなのかしらね」
『ぼくは上空から街を探したけど、森の中に街があってね。河なのか湖なのか、その側にはもっと大きな街もあったけどさ、ここからいちばん近い街に行ったんだよ』
「ほほう、何という街だったのかのう」
『イースリッチョンって聞こえたけどな』
「ほほう、あの街はまだ健在なのじゃな。やはりここは大陸の東の方じゃな」
この場所は大陸なのね。地図があれば位置関係が分かるのに、その言葉を聞いてもいいのだろか。教会に行けば地図とかありそうだけどな。
「ヨーチュリカ大陸の東側ですか。その街を知っているのですか」
「名前は聞いたことがあるがのう。二百年も経てば様変わりをしとるかのう。わしが死ぬ前にその変化が見たいのう。わしと契約してくれるのかのう」
死ぬ前とはどういう意味よ。長生きした老人の遺言みたいに、最後の願いとして聞こえてしまうじゃないのよ。泣き落としではないけど、見せてあげたいな。
「……燈がいいと言ってくれたので、契約してもいいですよ。でも、条件をつけてもいいですか」
「わしも条件をつけたいと思っていたからのう。わしが何をするにしても三人でな、話し合いで決めてほしいと思ったからのう」
とっても意見が合うんですけど、突発的な何かが起こり、私が何かを命令したとしても、チーム的な感覚で話し合いは必要だよね。
私がいちばん弱っちいけど、大人として行動を起こすのは私であり、二人は縁の下の力持ち、みたいな存在になるのよね。
トリオ的に考えても子供と大人の女性と老人、たくましい男性が入ってないのは、見た目的には頼りがいがないよね。それで他人を欺けられるかもしれない。相手に隙を与えそうね。隙を与える前に二人がやっつけてしまうのかな?
今回も読んでいただき、ありがとうございました。