6話 マンゲツノヨル
わたしたちがこの街に来てから早くも1ヶ月が経とうとしていた。わたしも彼も何となくこの街での生活に慣れてきた。わたしの魔法も安定して使えるようになったし、彼の最初のライブも無事に大盛況で終えることが出来たらしい。
彼もライブを終えたばかりで、次の大きなフェスがすぐそこには迫っていたが、今日は休みであった。久しぶりに彼が家でゆっくりしている。その光景にわたしは少し喜びを覚えていた。
「ねえ、あれからもう一ヶ月経ったんだね」
わたしが彼に話しかけると、彼は優しい声で
「気付いたらもうそんなに経ってるんだね。 なんだか最近、この街が当たり前になりつつある気がする」
とはにかみながら答えた。
マンションのカーテンを開けると外はすっかり日も暮れ、大きな満月が静かに街を照らしていた。
「そういえば、わたしたちがこの街に来た日も、満月の夜だったよね?」
彼は少しおどけたような表情でもう覚えてないよと答えた。わたしは改札をくぐったときの街の風景を未だ鮮明に覚えている。見知らぬ街を不気味に照らす満月、あれほど印象的な風景は今まで見たことがなかった。
ベランダに出たわたしは街を見渡した。わたしの呼びかけに彼もベランダへと出る。
「あっちが中央街であそこらへんが天女横丁かなー」
電気が作り出す街の夜景はまるでわたしたちがもといた場所と大きな違いはなかった。その中でも、中央街の方はまるで銀河のように、きらびやかに夜の海に浮かび上がっていた。
銀河のように続く天女横丁の先はブラックホールのような闇が広がっている。あそこに近づくべきでないことは、考えるよりも前に本能が察していた。
「前よりも魔法上達した?」
彼は笑いながらわたしに問いかけた。
「また、前みたいに魔法が使えなくて怪我でもされたら大変だよ」
彼のジョークにわたしはちょっとむっとしながら
「見ててよ-、炎を出してみせるから」
手のひらをベランダから空に向けて伸ばしたとき、すさまじい閃光が空を貫いた。閃光は中央街から天高く伸びているようだった。まるで一瞬昼間になったかのように視界は真っ白になり、すぐに何事もなかったかのように元の静寂へと戻った。
「何がおこったの…?」
わたしは驚いて、頭が真っ白になった。わたしが手を上げた瞬間にあの衝撃が訪れたのだから。
「えっ? 今の君の魔法じゃないの?」
彼はわたしの魔法だと思っていたのだろうか、驚いてはいるが、冷静さは保っていた。
「違うよ! こんなすさまじい魔法使えるわけないじゃん!」
何が起こったか、ワケが分からなかったわたしは完全に気が動転していた。
「とりあえず様子を見に行ってみる?」
彼はそう提案した。
少し冷静になったわたしは、興味本位で彼の提案に乗ることにした。そしてわたしたちは中央街へと向かった。
中央街へと向かう途中、彼は京子に連絡を取った。わたしと彼は京子から、連絡を取る用のスマホを支給されていた。わたし達のスマホは相変わらず鉄くずだが、この世界もスマホは使えるらしい。
奇妙なことに、京子はあの閃光に気がついていないようだった。
「そんな事なかったって」
彼のその言葉に、わたしは戸惑いを覚えた。中央街はいつもと変わらぬ風景で、ただ一つ気になる点といえば、わたしたちがこの街に来た日と同様に不気味に満月が街を照らしていたことだけだった。時刻は8時くらい、わたしたちがこの街に来た時間と大体一致している。
手がかりを失ってしまったわたしたちはどうすることも出来なかったが、わたしはふとアラタの存在を思い出し、彼に提案した。
「天女横丁のアラタさんに聞いてみよう!」
彼にはアラタの話はしていたが、実際彼がアラタとあったことはなかった。定食屋に入ると、アラタがいつものように近づいてきた。
「アラタさん! さっき空が光ったの知ってる?」
わたしはアラタに会うなりそう伝えた。奇妙なことを言ってるのは自分でも分かっていたが、そう聞かざるを得なかった。ああ、とアラタは同意し更に続けた。
「確証はないが、誰かがこの街に来るときに光っているんじゃないかと思っている。 ナギサちゃんに会う前の日も一瞬空が眩しくなったしな」
その話に続けて、アラタはわたしの横にいる初めて見る青年に声をかけた。
「君がナギサちゃんと一緒にこの街にきた……」
突然、外から女の人の悲鳴が聞こえた。明らかに異常事態であった。私たち3人は慌てて外に出ると辺りは野次馬のような人だかりが出来ていた。そして、店を出てすぐの路地裏にそれはいた。
腰を抜かして逃げ遅れたのだろうか、座り込む女性が1人と助けようとする彼と同じくらいの歳の青年がいた。
アラタはおいおいまじかよといわんばかりに、2人に向かって走り出した。わたしもほぼ同時に走り出していた。
「おい! 立てるか! こっちだ! 家の中に逃げろ!」
アラタは2人に向かって叫ぶが、身体が思ったように動かないのだろう、2人もなかなか思うように逃げられない。
「伏せて!」
わたしが叫ぶと青年は女性を押し倒すかのように地面へと転がった。
そして、次の瞬間それは炎に包まれた。そしてすぐに燃え尽きた。
「もう大丈夫」
わたしはなんとか2人を助けられたことに安堵した。そしてアラタもわたしに対してやったなと言わんばかりに笑みを浮かべていた。2人に真っ先に近寄ったのは彼だった。
「大丈夫か?」
彼は同年代くらいの男性と泣きじゃくっている女性に声をかけた。
「ああ、なんとか、ありがとう感謝する」
青年は冷静だった。
「ここはどこだ? あいつはなんだ?」
わたしたちが思ったのと同じ疑問を青年は持っていた。
もしかしたら、この人達は……そう考えていたわたしの横から、アラタがひょいと顔を出し言った。
「まあ、いろいろ混乱しているだろうが、一度うちに来なさい。詳しくはそこで話そう」
わたしたちはアラタの提案に従い、喧噪鳴り止まぬ通りをかき分け、定食屋へと戻っていった。