2話 カミカクシ
同居生活1日目
お互いよくわからないことばかりで疲れたのだろう。彼のマンションに着くやいなや、2人とも爆睡していたらしい。
そんな同居生活1日目の朝は京子の怒濤のピンポンラッシュからはじまった。
「おはよーございます! 今日は早速方々に挨拶に回りますのでよろしくお願いします-!」
半分寝ぼけたわたしたちを尻目に京子は朝から絶好調であった。夢オチでした……であればどんなに安心したことだろう。しかし現実はあまりに現実離れした光景だった。京子が用意してくれた朝ご飯を食べながら、朝の準備をしていると、京子が言った。
「そういえば、お連れ様のお名前伺っていませんでしたね! よろしければ教えてください!」
そういえば彼にも京子にもわたしの名前を伝えてはいなかった。
「渚です。 四条 渚って言います。 17歳です」
「ナギサちゃんって言うんですね! 見た目の通り、可愛らしいお名前で! そういえばわたしの姪っ子もなぎさって言うんですよ! 偶然ですね! すごいです!」
相変わらずの京子のマシンガントークはまだ愛想笑いで流すことしか出来なかったが、彼もわたしにちょっと興味がある様なそぶりを見せた。そして昨日の事を思い出すように
「そういえば魔法! 魔法はどうなったの!」
彼は思い出すと興奮した様子でわたしに質問をしてきた。その姿は無邪気な子どものようだった。いくつか試してみた結果を答えようとしたその時
「えーーー! ナギサちゃん魔法を使えるんですか! すごいです! 魔法使いさんは初めてみました!」
と、京子の不意打ちを食らった。
「ちょっと試してみたんですけど、炎と風と水は操れるみたいです! また時間を見つけていろいろ試してみます!」
すると、京子が口を開いた。
「さっきも言ったんですけど、今日は奏くんには挨拶回りをして頂きます。 ナギサちゃんは今日は時間があると思うので、魔法を試してみたり、この街をいろいろ回ってみたらいかがですか!」
京子のその提案はわたしにとってもありがたい提案だった。そもそもこの街がどんな街なのか全く知らなかった。いつまでいるのか分からないけど、下手をすれば長く住むことになるかも知れない、街の探索は今、一番興味があることだった。
「基本的には、中央駅周辺に行けば何でも揃うとは思います! 今度奏くんがライブをするスタードームも中央駅のすぐそばにあります! あそこの天女横丁とかは賑わっていて楽しいですよ-! でも、天女横丁の先は吹きだまりの街と呼ばれ、ちょっと治安が良くないのであまり奥まで行って迷子にならないように気をつけてくださいね!! ナギサちゃんすごく可愛らしいですから!!」
京子の行ったことの3割くらいは理解が追いつかなかったが、まあとりあえず駅から離れなければ大丈夫なのだろう。
彼と京子をお仕事に送り出すと、京子からお小遣いとして貰った1万円を持ってわたしは中央駅の方へと向かった。お金自体は日本円と同じものだった。設定がよくわからない世界だ。
タクシーで1000円もかからない間に中央駅に着いた。昨日は混乱していたため、考える余裕がなかったけど、このタクシーどうやって飛んでいるんだろうかと思っていると、また昨日のデビルスターズの巨大ビジョンが目に飛び込んできた。
よく見ると、ビジョンの下はでっかいアリーナのようになっていた。
なるほど、ここが京子さんの行ってたスタードームって場所なのね…
近くまで行くとスタードームは滅茶苦茶でかく、いわゆる甲子園とかの倍くらいはあるんじゃないかと思うような大きさだった。
そういえば、京子さんここでライブするって行ってたよね……ええええええ…!!!
想像もつかないようなライブになるだろう。わたしが彼の立場だったら恐ろしくて仕方が無い。でも、内心すごく楽しみではあった。絶対見に行こう。
中央駅に戻ると、駅の左側には3番街とかかれたアーケード街が広がっていた。比較的綺麗なアーケードで、高級そうな服屋が並んでいた。
ウィンドウショッピングを楽しみながら3番街を進んでいくと、天女横丁という大きな看板が見えた。さっきまでの3番街とは異なり、飲み屋さんだったり、謎の雑貨屋さんだったりカオスな情景が広がっている。
――あれ?迷った?
天女横丁の先は危ないということだけは覚えていたので、迷いはすぐに焦りへと変わった。しかし、土地勘のない場所に加え、焦りから歩けば歩くほど、周りの雰囲気が物騒になっていく。怖くて仕方が無い、誰か助けて……とその時ある男が声をかけてきた。
「そっちは危ない、近づかない方がいい」
30代後半くらいだろうか、ちょっと無愛想なおじさんがわたしを冷静へと引き戻した。
「迷った? どこからきたのお嬢さん? この街の人間じゃないな?」
そう言うとおじさんは続けた。
「ちょっと近くでご飯でも食べない? 私も実はこの街の住人じゃなくてね… 東京から来たんだ」
聞き慣れた地名が出てきたからだろうか、わたしは安堵に包まれた。そしておじさんに連れられ、天女横丁にある定食屋さんへと向かった。
わたしはおじさんに聞きたいことが沢山あった。
ここはどこなのか
なんでわたしはここに来たのか
願い事はなんなのか
どうすれば帰れるのか
おじさんはわたしの質問攻めに、慣れた落ち着いた様子で静かに答えた。
「ここがどこなのか、なんでこの街に来たのかは私も知らない。 そして君のようにこの街に迷い込んでくる若者は多く見てきた。 私も15年くらい前だったかな、この街に迷い込んでしまってね。 まあこの街にも大分慣れたよ」
「願い事に関しては申し訳ないが私の記憶にはないんだ…… 今まで何人か君のような人達と話してきたけど、みな揃って願い事の事を口にする。 大体お金持ちになりたいとかそんなくだらない願いだったけどね。 君のように魔法が使えるようになりたいと言った子は初めて見たよ」
おじさんは笑いながら続けた。
「この街で生きていくなら気をつけた方が良いことがいくつかある。 一つは、天女横丁の先だ、あそこは治安もクソもあったもんじゃない、近寄らない方が良い」
そして、さっきまで穏やかだったおじさんの顔が少し緊張でこわばった。言うか言わないか躊躇しながら、おじさんはゆっくりと口を開いた。
「もうひとつは…… これは私にとっても君にとってもあんまりいい話ではないが、伝えておかなければならない。 この街に迷い込んだ人間は、いずれカミカクシにあって失踪する。 カミカクシで消えた人間は、存在がなかったことにされるんだ。 私以外周りの誰も失踪した人の事を覚えていない」
カミカクシという、恐ろしい事実を聞いたわたしは顔に緊張が出てしまっていたのだろう。おじさんはさっきまでの優しい口調に戻り、笑いながら言った。
「まあ、私は15年間無事に生きて来れたんだけどね」
するとその時定食屋の奥から女性が出てきた。その顔はどことなくわたしに似ているような気がした。
「私の妻のナオだよ。 君が何となく妻に似ていたから放っておけなくてね」
そう言うとおじさんは、店の奥へ行き一枚の写真を持ってきた。
「ほら若い頃の彼女だよ、京都に行ったときだったかな? 君とよく似てる」
背景はよく見慣れた風景が広がっていてわたしは安心感を覚えた。と同時に、思った以上に若い頃のナオはわたしと似ていることに驚いた。おじさんもナオと2人でこの街に迷い込んできたのか……
「ここは私のお店だから、何か困ったことがあったらいつでも来なさい」
カミカクシという恐ろしい事実を告げられながらも、おじさんという最大の理解者が現れたことにわたしは非常に安堵していた。おじさんとの長話の結果、時間も夕方になりつつあったので、わたしはそろそろ帰る事にした。
「そういえば、おじさんお名前はなんて言うの?」
「アラタだよ、またおいで」
こうして、わたしはアラタというおじさんと出会った。