23話 アカシ
街は騒動から一夜明けたが、昨晩の災害とも言えるそれが残した衝撃は、夜が明けても決して消える様子はなかった。少女が命がけで街に近づけまいと戦ったおかげで、街への被害も抑えられたが、それでも人々の心には大きな傷跡が残っている。
しかし、あの怪物がいなくなった理由は街の誰もが理解していないようだった。それは京子も同様であった。
「ナギサちゃん? わたしの姪っ子の事ですか?」
京子の言葉に彼は察した。
――そうか
「奏くん……」
彼の辛そうな様子を見てだろうか、もしくは京子の心の何処かに少女の痕跡が残っていたのだろうか、その理由は分からなかったが、京子の頬には一筋の涙が光っている。
そして彼は、その事実をとうていまだ受け入れることは出来なかった。
「すいません…… 今日は帰ります」
京子はこれ以上、彼に話しかけることは出来なかった。
こんなに家までの道のりが遠かったことがあっただろうか。そして、どうやって家にたどり着いたのかも彼自身よく理解していなかった。ただ、彼の目には、家の前で彼を待っていてくれた、篤とまどかしか映っていなかった。
3人の間に沈黙が流れる。言わずとも、全員が今の状況を理解していた。
「ねえ……」
まどかが沈黙を破り、重い口を開いた。
「誰も覚えていないって…… そんな事ってある……」
まどかは半ば涙声で呟く。
「俺達を守って…… 俺は何も出来なかった……!」
篤は悔しさをにじませる。
彼は一言も発することはなかった。
それからどの位時が経ったのだろうか、彼自身どうやって生きていたのかも分からずに、ただ時だけが流れていった。彼自身、我に帰ったのは玄関のチャイムが鳴ってからだった。
「何回も電話したんですけど…… 奏くんが心配で……」
本当に心配してくれていたんだろう。京子の目は真っ赤だった。
「あれから……! 奏くんをなんとか元気づけようと……! 私……!!」
辛そうな様子の京子の後ろには、いたたまれない様子の小さな少女がいた。
「前、ナギサちゃんって言ってたから……! その話をしたら、なぎさも奏くんのために何かしてあげたいって言って……」
京子がなぎさの背中を優しく押し出すと、なぎさはなんとか彼を励ますように口を開いた。
「奏お兄ちゃんのために、なにか出来る事は無いかなって思って、なぎさ、元気が出るおまじないをかけてあげる!」
「ありがとう…… お兄ちゃん大丈夫だよ!」
懸命に彼を励まそうとするなぎさの姿は、彼自身とてもいとおしく思った。すると、ふとなぎさの着ていたTシャツに目がとまる。そこには確かに少女がこの街にいた証が残っていた。
「これって……」
「奏お兄ちゃん、今度またライブあるでしょ! なぎさも周りのみんなも楽しみにしてるから! 元気出して!」
――キミの音楽、最高でした!
ふと少女の言葉が蘇る。
――そうだ、ぼくには音楽しかないんだ…… キミのためにも……
「ありがとう! なぎさちゃん! もう大丈夫!」
彼の目には再び、音楽に対する情熱が戻っていた。そう、彼に出来る事は音楽しかなかった。そして、彼に出来る事は音楽を通じて、その少女が確かにこの街にいた証を残すことだった。この街を守った少女のためにも。
「京子さん、次のライブ、いつでしたっけ?」
「再来週です! 辛かったらキャンセルも出来ますけど、大丈夫ですか?」
「ぼくはやらなきゃいけないんです! 彼女のためにも、被害を受けたこの街のためにも! ぼくが励まさなきゃならないんです! ぼくの音楽で!」
京子は安心したのか、少し笑顔を見せて力強く答えた。
「絶対成功させましょう! 大丈夫です! 私がついてます!」




