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そして、気づきし想いを君に捧げる

  さて、どうすべきか彼は腕の中で、眠りについている彼女の情報を繰り出す。確か齢は両の手を数えて、少し足す程度だった。では何とかなるかも知れない、


 しかし動物と言えど術を使い『身代わり』にするのは、この場合いかがなものか、と思案にくれていると、


「お、お主そっちだったのかー!ぶへしっ!」


 すっとんきょうな声と共に、辺りに響くペッシーン!扇で叩かれる主君の後頭部の音。


 全く。貴方とおなじにしないで下さいませ、そっちとは、どちらなのですか!と厳しい叱責を飛ばす奥方。


「姉上、どうしてこちらに……」


 賑やかな夫婦の登場に、少々驚きながらも即座に助力を願う事を思い付く。何故なら『冥界の女王』は二人の娘だからだ。


 そんな彼を優しく見つめながら、姉上らしく言葉を述べる。


「それは、わたくしが貴方の姉上ですからね。心が大きく動けばわかります。それより貴方らしくない行動ですわね」


 姉の苦言に、素直に非を認め頭を下げる彼。そして、それで終る二人の様子を、目にしていた主君が、一発無いのか?と奥方に問いかけている。


「ありません!貴方とは違います!ちゃらんぽらんだから、わたくしの愛のムチが、贈られるのです!」


 毅然と言い放つ、気高き彼女。そして軽くため息をつくと、この現状を他の身代わりを使わずに解決できる方法は、ただ一つのみ!


 と主君に目をやりながら、ある提案をする。


「貴方、この姫を『妃』にすると、今からご両親にもらい受けに行きなさい」


 よろしかったですわ!守備範囲がお広くて、ご病気が、やっと世のため人のために役立ちましてよ、とチクチク小言を挟みながら、従うよう目で伝える。


「うひょ?我の『妃』にと?少しお子ちゃまではないか、奥に、お子ちゃまに手を出すのは、禁じられておるぞ!連れて帰るのなら、我はその姫の母上の方が、あっちゃい!」


 バチコーン!力任せの扇の一発!しのごの言うと、帰ってからわかっておりましょうね、と暗に脅すと、


 奥方に弱い旦那は、わかった、ならば今すぐもらい受けて来よう、とごぅと、風を起こすとそれに乗りその場を後にする。


「義兄上の『妃』にですか、それならあのお方様も大丈夫ですが、何やら心配もあります」


 風を見送りながら、生真面目に問いかける漆黒の君。


「大丈夫ですよ。わたくしの元に置きますからね、取り敢えずは、娘に知らせを送って起きましょうね」


 含み笑いをしながら、軽く手を地に向かい振る。即座に、波が引いて行くのがわかった。


 では後はあのお方に任せて、わたくし達は、その子が目覚める前に帰りましょう。と美しき女神は、風を呼びふわりと皆を包み空へと昇って行った。


 ――美しき『創造の地』花に満ち溢れ、吹く風は芳しく、木々には、たわわに実る果物、ここに漂う空気には『哀しみ』『寂しさ』を取り除く力があると言われる、


 しかし、漆黒の彼は、地上へと毎夜降り立つ役目のせいか、いまひとつ効果が現れていないのだが、


 突然連れてこられた無垢な少女の姫には、十分な効力はあった。


 彼女は目を覚まし、先ずは驚いたが、美しき女神から甘い水を勧められるまま飲み、果物を口にし、美しき衣に着替えたら、地上の事など忘れてしまった。


 悩みも、悲しみもない麗らかな世界。優しく見守る母親の様な女神。楽しき父親の様な神、そして、麗しく穏やで、漆黒をまとう人、一番大切な存在、フィオーレにとってそれで十分だった。



 ―――「うーぬ!奥!何故に!何故に!なぜにぃーはひっ!」


 花園で花を摘むフィオーレを眺めながら、主君は、歯ぎしりをするような思いを、言葉に出すと、即座に、傍らの奥方からムチを贈呈される。


 二人に気が付き、ここの生活にもすっかり溶け込んだ地上の姫は、手を降り笑顔を向ける。


 その愛らしさ、美しさを目にした神々からも『花の姫』と呼ばれ、神々統べる二人の娘として大切に扱われていた。


「母上様、父上様ー!」


 花束を抱え、白い衣の裾をはためかせ、銀の髪をきらめかせながら、蒼い瞳の彼女が二人の元へと駆け寄る。


「まあ、たくさん摘んだのね、フィオーレ」


 末の娘に、優しく話しかける奥方、そう、奥方は成長した時に、ご病気の旦那が手を出せぬ様に、二人の娘として育てていたのだ。


「うふふ、だって今日は兄上が来られるんだもの」


 花束を抱き締め、嬉しそうに話す姫。その溢れる笑顔を、悔しそうに眺める今の父上たる主君。


 ………うぬぬ、さすがはあの母親の娘、もう少ししたらさぞや美しいおなごに、


「ほげらぁ!」


 旦那の邪な考えを察知した奥方から、再び贈られる愛のムチ、


 その様子を目にした彼女はくすくす無邪気に笑うと、よほど彼に会えるのが楽しみなのか、花を手にしたまま、その場で歌を歌い軽やかに舞い始める。


 綺羅に輝く銀の髪、甘い歌声に誘われ小鳥達が集まり、共にさえずる。彼女が抱き締めている花に、蝶がふわり、ふわりと集まり、共に舞う。そして、見るもの全てを魅力してゆく。


 その姿を目にした、その場に居合わせる男女様々な神達は目を細め、喜びを表す。そして男の神達のみに、鋭い視線を送る主君。


 ……艶やかなその姿、神々から『花の姫』と呼ばれるにふさわしい愛らしさ。今や手出し出来ない『娘』となってしまった彼女を見やりながら、彼は決意を固める。


 ……父上は!絶対、絶対!ぜーったい他の男に、可愛いお前をお嫁になどにやらぬぞよー!



 ――「さて、困った。今日は姉上の元へと行かねばならぬのか」


 漆黒の兄上は、最近大きな悩みを抱えていた。本来なら、ここにいる限り、そういう思いはわかないのだか、地上の人々と深く関わっている役目のせいか、どうしても生真面目に考えしまう。


 ……あの夜に助けてしまった、彼女は、ケラソスとは違う、儚げな彼女とは、そう、同じ『花の姫』だが、もっと強く、艶やかな、全く違う。それに少女だ!私は義兄上の趣味は、ない!決してない!


 自分に言い聞かせながら、ゆっくりと神殿へと歩いて行く、ここに満ちる空気は心を穏やかにすると言うが、今の彼には、その効力は皆無に等しい。


 深くため息をつきながら、今日はやめようかと考えるのだが、心の奥深くの、もう一人の自分がささやく。彼女に逢いたく無いのかと


 自問自答する。彼女はケラソスとは違う、私は待つと決めた。あの時から待っている。


 しかし、彼女に会えば幸せだろう?心が踊っているだろう?時が止まればと願うだろう?


 愛らしい笑顔を見れば、いとしく思っているではないか、常に傍らにいてほしいと望んでいるではないか、それはあの時の気持ちと同じでは無いのか?


 頭を振り、自分を律する。彼女は少女で、妹である存在。現に兄上と呼ばれている。そう、私は失礼だか、あの義兄上と同じでは決してない!ない、無い!



 ―――「兄上ー!兄上ー、遅かったー」


 想いを奥底に沈めこみながら、うつむき歩いていると、不意に鈴を転がす様な声が近づいてくる。


 思わず引き返そうと考えた漆黒の兄だが、時に既に遅し、顔を上げるとそこには


 頬を薔薇色に上気させ、蒼い瞳を綺羅に輝かせ満面の笑みの表向き、妹であるフィオーレがすぐ側まで駆け寄って来ていた。


 ……フィオーレは、この漆黒の兄上は誰よりも心を引かれる存在、この世で一番好きと周りに公言している。


 ここでの形式上、兄上とは呼んではいるが、そうではないのは知っていた。出来るなら、他の呼び名で呼びたい想いを募らせている若き『花の姫』


 地上の記憶は、何一つ残っていないが、ただ花の香りが漂う闇夜に、出逢った時に抱いた、淡く、そして熱い薔薇色の炎の様な胸の高まりは覚えていた。


 ここに来てから、母親代わりの女神様にその気持ちを話すと、少し考えてから彼女は、嬉しそうに微笑んで、


 では大人になったら弟の花嫁になれば?と言われた時の舞い上がる様なときめき。


「兄上、逢いたかったー!」


 全力で思いの丈を込めて、小鹿の様に漆黒の彼の元へと向かってくる姫、


 その小さな胸に抱く、彼への大きく熱い想いを受け取ってもらうかの如く。


 手にしていた花を空へと撒く、その場に居合わせた神の一人が、いたずらに風を呼び、天高くそれを巻き上げた。


 そして、彼の姉である美しき女神が、ふと気が付き、まだ気づかぬ鈍い弟の為に、黄金の光を放つ日の光を、愛しき娘にまとわせる。


 ―――綺羅に輝く銀の髪は日の光に合わさり、黄金の色を帯び、蒼い瞳は色はそのままだが、日の光を受けて新緑に光を放つ。


『次に産まれる時には、あわかたと消えぬ、共に生きれる身体で』


 青い抜ける様な澄んだ空から、降りしきる花と共に、聞こえた漆黒の彼。そこでようやく気が付いた。表の自分。


 無意識に体が動く、大きく腕を広げ、そこに飛び込んでくる愛しい少女を迎える。今の今まで気が付きもしなかった、


 いや奥底の自分は、あの時、闇夜で出逢い、禁を破り受け止めた時に、分かっていた。


 ――ようやく出逢えた、愛しい彼の『花の姫』


 そして、迷わず飛び込んで来た彼女を、彼は渾身の想いを込めて抱き締める。


 薔薇色に頬が染まったフィオーレ。彼女に、もう二度と離れないでね、とそう誰かが、心に話してかけてきた。


「もちろんよ!私は大きくなったら花嫁になるの」


 率直な少女の告白に、抱き締めながら、ようやく気が付いた事実と、自身の正直な想いに少しうろたえる漆黒の君。


 初々しきその様子を、微笑ましく皆が見守る中で、雄叫びが上がる。


「ぬおおー!我が可愛き姫は、我が目の黒い内は!お嫁には絶対に!やらんぞよー!」


 顔を赤くしながら、仁王立ちになり主君が、二人を指差し立ちつくしている。


 ようやく遥かな時を経て、出逢う事が出来た二人、フィオーレは、何も想うことはないが、


 真面目な彼は、まだ少女の年齢の姫に対して、少々迷いもあるご様子、しかしそれはいづれ、時が解決してくれる事。


 そして、今の問題、他の男にやりたくない父上、女好き主君に関しては、


 奥方様が、恐ろしい笑顔をうかべ、うなづきながら、旦那様である彼の背後に回り、手には何時もの酒器を用意されている様子。


 少女フィオーレ姫が、艶やかな大人になりし時には、華やかに結婚式が執り行われることは


 既に決まった事。そして、響く主君の何時もの声


「ふげらぁー!奥ー!し、しかし、フィオーレは嫁にはやらんのだぁー!可愛し姫は!嫁になどいかせぬぞよー」


 涙目で、穏やかに澄み渡る青い空へと、愛に生きる主君の言葉が放たれる。


 それを笑いさざめきながら、何時もの事と、眺める神様達。


 空は何処までも高く青く、悩みも悲しみもそこには無く、何時も麗らかに時が過ぎ行く神の国


 穏やかに花の香りが、風に乗り吹き抜ける『創造の地』キュロスの霊山、この世の何処かにあるという。


 ―――愛と恋とが世界を創る。夢と希望が心をつくる。


 これはそんな神様の一つ恋の物語。


「完」











 


























































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