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第3話

金曜の選択授業をとっていない真広は紗依子よりも早く学校が終わるため、

待ち合わせは自宅の最寄駅にしてあった。

改札を出て真広の姿を探していた紗依子の目に、真広の腕を掴んでいる怪しい男の姿が映る。

その瞬間、紗依子の頭を支配したのは、真広を守らなくちゃというただひとつの衝動だった。

反射的に走り出し、真広と不審人物の間に割って入る。

「ちょっとこの人に何の御用ですか!?」

きっと不審人物を見上げにらみつける紗依子。

不審人物は背が高くがっちりとした体つきで、小柄な紗依子などひとひねり出来そうだったが、

紗依子は一歩も譲らず、たたみかけた。

「手を離してください! 警察呼びますよ!」

紗依子の剣幕にきょとんとしながら、不審人物がつぶやく。

「この娘、結界内にどうして入れる? それにこの気配は……」

ぶつぶつとつぶやき続けている不審人物に、この男は頭がおかしいと紗依子は結論付けた。

なにせ髪は燃えるような赤だし、ご丁寧に赤金のカラーコンタクトまで入れているようだ。

格好も中華風ファンタジーに登場する武将のようで、

おまけに結界やら気配やらという単語まで飛び出したら、戦士症候群乙としか言いようがない。

どう見ても二十代後半男性であるこの不審人物の場合、黒歴史や若気の至りなどとはとても言えない。

不審人物を通り越して危険人物だ。

こういう手合いは刺激してはいけないと頭では分かっているものの、

からまれているのが真広とあっては、紗依子も冷静ではいられなかった。

「早く離れて!」

ヒステリックな声を上げる紗依子の後ろから、

当事者としては不自然なほど落ち着いた声で真広が話しかけてくる。

「さえちゃん、さえちゃん。落ち着いて、ね?」

「これで落ち着けるわけないじゃない! なんで真広はそんなに落ち着いてるの!?」

不審人物から目をそらさずに叫ぶ紗依子の肩に、真広が掴まれていない方の手を置く。

「深呼吸して、周りを見てみて」

紗依子は少しためらったが、「さえちゃん」と真広が再びうながすと、

おそるおそる不審人物から目を放し、周囲を見回す。

ここは駅の改札付近。

行きかう人は多い。

しかし、紗依子たちに注意を向ける者は誰一人としていない。

面倒ごとに関わりを持ちたくないと目を背けているのではない。

本当に、何事も起きていないかのように、人々は通り過ぎている。

その様子をぽかんと見ている紗依子の頭上から、不審人物の声が降ってきた。

「のんびりと真偽を確かめている時間はなさそうだ。“歪み”が閉じてしまう。

“珠玉”の気配を持つ者が二人、か。二人とも連れて行けば良いか」

「いや、良くない良くない良くない!」

「それは困ります」

紗依子が激しく、真広がさらりと同行を拒否したが、男は二人の言葉など聞いていなかった。

まず真広の腕を引き、肩に担ぎ上げた。

その素早さに驚き固まる紗依子の膝裏に片手を回し、子供のように抱き上げる。

真広も男性としては細身とはいえ、れっきとした高校生男子である。

紗依子と合わせれば、百キロ近い。

しかし男は二人を抱え上げて揺らがない。

さすがの真広も抗議の声をあげて抵抗するが、それでもびくともしない。

男の背を叩いた手に、鋼のような筋肉の感触が伝わってきた。

男は真広の抵抗にわずかに眉をひそめたが、そのまま歩き出す。

突然のことに固まっていた紗依子も、我を取り戻して右手を振り上げた。

しかし、その手で男の頬を張る前に、男は跳んだ。

「ぎゃあ!」

紗依子は思わず男の肩にしがみつく。

乙女らしからぬ声が出たが、そんなことを気にしている余裕など、紗依子にはなかった。

空中に、亀裂が走っていた。

亀裂の先は黒々として、一切の光を反射していない。

真の闇。

本能的な恐怖が紗依子を支配し、固く目をつぶる。

弾力のある膜を突き抜けた感触がしたが、紗依子は目を開けることが出来なかった。

それでも気を失わなかったのは、真広が側にいたからだ。

(真広を守らなくっちゃ!)

その一念で、紗依子は耐えた。

亀裂の中は寒くも暑くもなく、奇妙にねっとりとした空気がまとわりつく。

そこをどのくらい漂っていたのだろうか。

再び弾力のある膜を突き抜けた感触を味わい、

頬に冷たい風があたる。

恐る恐る目を開くと、そこは遥か上空、雲の上だった。


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