第2話
土岐紗依子と明星真広は、いわゆる幼馴染だった。
家が隣同士で、真広の祖母のフミは、紗依子の父の聡介のオムツも変えてあげたし、
フミも聡介の祖母から乳をもらったことがあるという、
筋金入りのご近所さんだ。
父方の祖父母が他界し、母方とは親戚ごと疎遠な紗依子にとって、
おばあちゃんといえばフミのことを指す。
真広とも、生まれた時からの付き合いだ。
真広は紗依子よりも二つ年上だったが、紗依子にとって真広は「守るべき存在」だった。
真広はいつも穏和でにこやかに笑っている印象がある。
今では立派(?)な優男だが、小さい頃はその穏和な雰囲気をとろいと受け取り、
真広をいじめる者もいた。
そんな時、紗依子は二つも年上の男子たち相手に喧嘩をしたものだった。
二つも年が違う上に多勢に無勢、
最初は一人で挑んで返り討ちにあったので、その次からは策を弄した。
口の悪いフミに懐いていた紗依子は口が立ったから、
徹底的にいじめのかっこ悪さをあざけ笑い、周りには同情させるように仕向け、
いじめっこたちが非難を浴びるようにした。
近所のガキ大将すら味方につけ、真広を守ったのだった。
逆上して紗依子に標的が移った時もあったが、件のガキ大将に喧嘩のコツを教わった紗依子は、
なんといじめっこの一人と取っ組み合いの喧嘩の末、勝ってしまった。
もっとも、その代償は安くはなく、
紗依子はあざだらけになった上、右手中指の骨が折れる怪我をしたし、
相手の前歯を折るという、小学校低学年の喧嘩にしては派手過ぎる結果に終わった。
右手中指の骨折は折れ方が綺麗だったのと成長期だったためか、
ちゃんとくっついて違和感もないが、
両親や教師にしこたま怒られ、真広には自分のせいだと泣きながら謝られて、散々だった。
二度と喧嘩をしないと誓いを立てたが、
それ以来紗依子と真広にちょっかいを出してくる者もいなかったので、
表面的には穏やかな学校生活を送ることが出来た。
これが男女逆ならば良かったのだろうが、男前な紗依子に一目置く一方、
真広に対して二つも年下の女の子に守られて情けないという評価はどうしようもなかった。
そんな陰口を叩かれたら真広の方から紗依子と距離を置きそうなものだが、
真広はそうしなかった。
それだけ聞くと、真広は紗依子に守ってもらいたがっている更に情けない男という感じだが、
真広には卑屈な印象がまったくなく、ただ穏和に笑って、
「さえちゃんはかっこいいね。でもさえちゃんが怪我するのは嫌だから、もう喧嘩しないでね」
という。
真広は普通とは違っていたけれど、紗依子もちょっとばかし普通ではなかったので、
「まーちゃんがそういうなら」
と素直にうなづいた。
そうは言っても、やはり紗依子にとって真広は「守るべき存在」だった。