第1話
「とっきー。これからカラオケ行かない?」
帰りのHRが終わり、帰り支度をしていた土岐紗依子の背中に、
友人からの声がかかった。
名字からの安直なあだ名を呼ぶのは、中学からの友人だけだ。
振り返るとその友人、新田裕子ともう一人、
木村菜摘が立っていた。
裕子がにやにや笑いながら言う。
「昨日、給料日だったんだ。せっかくの金曜だし、今日はバイトないから遊びたい気分」
「ごめーん。ゆっこ。なっち。今日は先約があって」
顔は二人に向けながら、体操着が入った手提げ袋を掴む。
そのそわそわした様子に、菜摘がぴんときた顔で言う。
「さこがそんなにそわそわしてるんなら、相手は明星先輩しかいないなぁ」
「なになに? デート? デートか!? デートだな! くそぉ、どうせこっちは淋しい独り身だよ。
ねぇ、なっち」
ついこの間玉砕したばかりの裕子が吠える。
それに答える菜摘は涼しい顔だ。
「私は彼氏いるもん。一緒にしないでよ」
「冷たい。冷たいよ、マイフレンド!
ひとりでいる時の淋しさより、三人でいる時の孤独の方が哀しい!」
「ゆっこ、うるさい。JA●RACに怒られろ」
「うわぁん。ひどい!」
漫才のような掛け合いをしている友人たちに笑いを噛み殺しながら、
紗依子は手をひらひらと振った。
「デートとか、そんなシャレたもんじゃないからね。
今日は鍋だからその買出し。スーパー寄って帰るだけだよ」
「新婚さんみたいじゃん。いいなー」
心底羨ましそうながらもからかう裕子に、紗依子は平然と返す。
「だって真広、お祖母ちゃんと二人暮らしなんだよ。二人で鍋はつまらないじゃん。
鍋の日は土岐・明星合同でやるのが習慣なの」
「新婚発言は否定なしか。余裕ねー。
確か、幼稚園の頃から『まーちゃんのお嫁さんになる!』って言ってたんだっけ?」
「違う違う。『まーちゃんをお婿さんにもらう!』だってば。
今は嫁入りでもいいかなーと思ってるけど」
明星家は真広だけだし、うち、下に4人いるし、
将来真広のお祖母ちゃんを介護する覚悟もあるよ、
でもそれにはリフォームが必要だと思うんだよね、
と具体的な将来設計を話し出した紗依子に、友人二人は紗依子の本気を見た。
他の女子になら、夢見がちな乙女というレッテルを貼って生暖かく見守るところだが、
紗依子の場合、夢見がちとかそういうレベルの問題ではない。
そうなるようにするだけの気合と行動力を持っているのを知っているから、笑えない。
引き気味の二人に気付き、紗依子は将来設計トークを止めた。
真広のこととなると、まだ幼さが残る顔とは似合わず計算高く、
しかし見境もなくなってしまうのが紗依子の悪いところだ。
「えーと、まぁ、そういうわけで、また今度誘ってー」
照れ隠しとごまかすように笑いながら、紗依子はコートを羽織って、カバンを掴んだ。
「はいはい。今日のところは仕方がないから、なっちと傷心カラオケ行ってくるよ」
「だから傷心なのはアンタだけだってば。じゃあ、また来週」
「うん。じゃあね」
紗依子は笑顔で手を振り教室を出て行く。
裕子と菜摘も笑顔で手を振り返す。
「また今度」そんな他愛のない約束が果たされないなど、思いもせずに。