7、朱殷の鎧、純白の宝石
帝国は今の世界で覇権を握っている。覇権を手にして、手放さないでいられる理由がふたつある。
『朱殷の鎧』と呼ばれる圧倒的な軍事力を持っている事がひとつの理由。
もうひとつの理由は『純白の宝石』と呼ばれる香辛料を一手に握っていて、交通の要所である事と相まって、強大な経済力を持っているという事である。
「お前達の村が一番サルカラが取れていない」
「だからって」
「真面目に働かないからだ」
代官は大声で話す。
「働けない奴らにまで飯を食わせてるから、真面目に働けないんだ」
赤髪の奴隷達に哀れむように続ける。
「頼む、連れて行かないでくれ」
「なぁ、頑張るから」
奴隷達は口々に助けを求める。
代官の前に銀色の鎧を着た兵士達が壁を作る。
「これ以上文句をつけるなら貴様らも死ぬ。かわいい子供達をどうするつもりだ」
代官の声の後に、連れて行かれようとしていた赤髪の老人がみんなに声をかける。
「わしらはいいんじゃ、耐えろ」
老人達は既に自分達の命は諦めていた。
「きっといつかアールマティ様が神獣を連れて現れる」
老人のひとりが静かな声で皆に言い聞かせるのだった。伝説となったアータルの女神と神獣の事を。
ヒカリは角砂糖を指で摘まんで、覗き込むように見つめる。僕から話を聞いた時も不思議そうにはしていた。
「大丈夫ですよ。この街はこの国、つまり世界で一番の生産地です。お値段も他所の国の王侯貴族が買ってるような値段じゃないですから」
パックはウインクする。とはいえ、この街でも金と同等の価値はある事を聞いているヒカリは、
「グレゴリウスさんからの御厚意に感謝していただけです。結構な御挨拶をしちゃったから……あっ、甘い」
「でしょう? 」
「久しぶりの味。これよ、これ! 食べたかったぁ。懐かしの甘さ。あたし、甘い物大好きで、特にこっちに来てからは我慢出来なくて」
そんな会話を店の裏手から盗み聞きしている僕は、ヒカリの口調というか態度が千変万化である事につくづく呆れる。
いや、喜ぶべき事であると思う。僕達が修羅の道を進む上で必要だ。僕達の目指す『正義の味方』は、こう何だろう、一般的な格好良さを求めない。相手や状況に合わせて、目的の為には手段を選ばず……正解だと思いたい。
それとも僕は彼女をあいつと比べてしまっているのだろうか?
砂糖の話はいつの間にか終わっていて、本題に話は移っていた。
「紹介は間違いなくさせていただきます。グレゴリウスが腕を認めた人だと」
「ありがとう」
「その上で、これも伝える様に言われています。腕は間違いないが正体はわからないと」
「採用されるとこまでは約束できない。それにあたしの目的は調べないって事ね」
「そうです。あなたが何をしても責任は取らない、と伯爵側に伝える訳ですから」
パックはグレゴリウスの信用をかなり得ているようだ。話の内容から僕が感じたところでは、だが。
グレゴリウスを一発目で引き当てたヒカリは流石と言える。この店もグレゴリウスの物のだろう。あの年老いたマスターは何者かわからないが、洋琵琶を奏でる女性からは魔力を感じる。気配探知系の魔法のようだ。この交易都市の裏組織がいくつあるかわからないが、間違いなくトップ3にはあるに違いない。
「最後に分け前の話ですが、紹介料はいただきません」
「気前いいね」
「代わりに、ブラッドムーンを捕まえた際は報償金の三割、それと成否に関わらず、今後もこの街での窓口はグレゴリウスにお願いします」
「えらく私を高く買ってくれる」
「あなたを凄腕だと。それにそんなあなたに今回は生死問わずの案件ですから」
「グレゴリウスさんでもいけるんじゃない? 」
「いやいや、伯爵、カイン卿とは色々ありまして。グレゴリウスは伯爵の為に働きたくないんですよ、きっと。鞭を打って脅して人を働かせるだけの男は好きじゃないんじゃないかな。頼まれた仕事はしますけど」
「あー、大事ですね、好きか嫌いかって」
パックは笑顔を見せる。その笑顔にヒカリは続けて言う。
「きっとイイ事ありますよ。あっ、サルカラはたっぷり買っておいてね、忘れずに、絶対よ! 」
ヒカリはこれでもかってくらいの笑顔を見せる。自信たっぷりで余裕があって、昔の僕より全然弱いのに何だか悪女? 美少女だとは思うんだけど、その余裕のある口振りに僕は既に負けてる気がしてきていた。