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6、鳶色の瞳、金色の髪

 暗く細い路地をいくつも右へ左へと進み、何の特徴もないひとつのドアまで案内された。右手を刺したゴロツキBによると、ここにお偉いさんがいるそうだ。


 ヒカリは首を回して、ゴロツキBにドアを開けるように促す。


「はっ、はいっ! 」


 ゴロツキBがドアの取っ手に手を掛けようとした瞬間、全身を冷たさが襲う。それは突然吹雪の中に投げ込まれたような感覚。そして、身体に『これ以上近付くな』と訴えてくる。生存本能が拒否反応を激しく打ち鳴らす。


「ひーっ、ひ、ん! 」


 ゴロツキBは叫んで、身体を引き摺り、転げながら逃げていった。


 ヒカリは(まぶた)を閉じる。一拍置いて、ドアをゆっくり開ける。ドアを開けると先程までの冷たい殺気は消える。


 狭い部屋。暗い部屋。書物の匂い。物音ひとつしない。戸を開けた先には人が三人も立てば身動き出来ない空間があり、その先に大きなテーブルと、こちらを向いて座っている少年がいた。


 鳶色(とびいろ)の瞳で、金色の髪を綺麗に整えた少年が座っている。こちらを冷たく、でも、どこか憐れんだような視線を送ってくる。


「何の御用で? 」


 少し高めの声。口調は落ち着いている。

 ヒカリはこの部屋の奥、テーブルを越えないと通れない位置に通路があるのを確認して、口を開く。


「一番最初から当たりを引けるっていう、運のいい女は必要ないかしら? 」


「ドアを閉めてからなら考えてもいいでしょう」


「魅力的な男性と二人きりだと、怖いのよ」


 ヒカリはおどけた口調で返すし、フードを外す。

 この部屋では長剣(ロングソード)は振り回せない。ヒカリの短めの刀なら振れない事はないが難しい。ゴロツキ二人がダガーを使っていた事を考えると、この少年がダガーかナイフの使い手の可能性は高い。退路を断つのは懸命ではないだろう。

 ヒカリは続ける。


「そういうところを含めて高く売りたいの」


 僕はドアの外で息を殺している。気配を完全に消すのが遅れたのかも知れない。


 沈黙。息苦しく感じる。ドアを開けようとした時の殺気は感じないが、それゆえに少年の落ち着いた様子に恐れを感じる。見た目は10代前半なのだ。


「私はグレゴリウス。あなたは? 」


「ヒカリ」


「雨夜亭と呼ばれる酒場があります。今夜、そこに使いを出します。彼と話をして下さい」


「ありがとう」


 ヒカリはそう言って微笑み、外に出てくる。

 自分の感覚が少し狂って来てる事に気付く。


 この黒髪の華奢な女の子も充分怖いじゃないか。





 帝国の都市は日干しレンガで出来た建物が並ぶのだが、このカラハタスは街並みの美しさが有名で、特に夕陽に照らされた景色は芸術品だ。雨夜亭も店内から弦楽器の音色が漏れ聞こえていて、どこか上品さを醸し出していた。

 帝国では15歳で成人扱いな為に、酒場に入る事は問題ない。ただやはりヒカリは目立つ容姿をしているので、フードをしたまま店に入った。

 店の中では洋琵琶(リュート)が美しい調べを流れている。奏でている美女が奥に座っていて、カウンターには落ち着いた感じの老人が立っていて、客は数人、酒と雰囲気をたのしんでいた。


 空いていた席に座ると、男がひとり声をかけてくる。


「ヒカリさん? 」


「ええ」


「葡萄酒でいいかな? 」


「お願い」


 男はカウンターに向かって、通る声を発する。


「葡萄酒とサルカラを」


「サルカラ? 」


「グレゴリウスさんの奢り」


 男はニヤッとして答える。

 カウンターの老人がお酒を持って来るまで、男は何も語らず、こちらを見ていた。

 老人が持って来たのは葡萄酒と角砂糖だった。サルカラというのが角砂糖とわかって、ヒカリはグレゴリウスとの交渉が上手くいった事を確信した。


「人は見かけによらないって、わかっているつもりだったんだが、やはりにわかに信じがたい」


「信じられない? 」


 男は首を振る。


「グレゴリウスさんのとこで働いているんだ。信じられないわけじゃない。ただ者ではないってのはその美しさでわかる。剣の達人とは見抜けないだろうなぁ、とね」


 ボスであるグレゴリウスは、がっちりした体格で荒々しい雰囲気、というタイプじゃない。裏組織のボスとしてグレゴリウスの下で働く事を選んでいる男だ。見かけが当てにならない事は充分知っているはずだ。ゴロツキ達を庇ったつもりかも知れない。それと同時にゴロツキ達よりは話が出来るという事を言っているのかも知れない。


「パックって名前だ。仕事の紹介、それも用心棒の仕事として、って事でいいかい? 」


 パックはヒカリが頷くのを見てから、角砂糖(サルカラ)を口に入れる。


「カラハタス名物だ。ヒカリさんもどうぞ。グレゴリウスさんの誠意さ」


 角砂糖(サルカラ)。これこそが、この街の、いや帝国の栄華の象徴だ。








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