4、紅の弓、深碧の銛
今でもはっきり覚えている。
魔族の中でも最強と呼ばれていたデーモンの一人を燃やし尽くし、異臭が漂う戦場。僕の相棒、三叉槍を持つ赤髪の美女と共に笑ったあの瞬間。少し離れたところにいる味方達。紅の弓と呼ばれていた赤髪のアータル族。深碧の銛と呼ばれていたゴブリンのナパート族。その連合軍の本陣から聴こえてくる悲鳴と怒声。
僕は頭を振り、現在に戻る。
「魔法は強力だ。だが魔力が切れたら終わり」
「剣士や戦士の方が強いって事? 」
「そうとも言えない。魔力が切れてなきゃ魔法使いの方が強いとも言える」
「どっちもどっち? 」
「相性もあるし、そもそも使える魔法の種類にもよる」
ヒカリは真剣に聞いている。
「ちなみにこの世界では魔法が使える人間が少ない。ほぼ遺伝。使える魔法の種類も人間は一種類か、多くても二種類って感じ」
「あたしは遺伝……的に魔法が使えない? 」
ヒカリは複雑な言い回しをする。彼女は転移・転生してきたのだから。遺伝とは言い難い。
「この世界で魔法を使える遺伝子がその身体にはないみたい。代わりに特殊能力があったんだけどね」
ヒカリは軽いため息をついて、ゆっくりと話す
「種類って、攻撃魔法とか……回復魔法とか? 」
「種類なんて、後から名前を着けただけだよ」
「あ、ごめん。なんか眠くなってきた。疲れた! もう無理! 」
大事な話をしているんだが、適当に聞き流されるよりはいいか。
僕はバロックに先程の黒い薄汚れた外套の男の特徴を伝えて、調べてもらう事にする。召喚魔法に懸かりきりだったせいか、あれほどの剣の達人を知らなかった。
「それと、クロ様。先程のアータル族の少女は無事に保護出来ました」
「そこはバロックに任せていたから心配してなかった」
「北のナエマン族に家族と併せ、預けました」
この帝国よりは、遥かにマシだろう。
「ヒカリ、少し休もう。時間はある」
翌朝、ナパート族の隠れ家である洞穴で目を覚ます。
ゴブリン達は、じめじめした空間が好きで、砂漠の岩山の中とは言え、暑さは感じない。彼等にはもっと湿度があった方がいいらしいのだが、僕には丁度いい。
ヒカリもすぐに寝れて、僕からすると怖いぐらいに熟睡していた。
僕より少し早く起きたヒカリは身体を動かしている。こちらの世界に来てからもまず身体を動かし、渡した刀を振っていた。その動かし方はゆっくりで、動かしながら新しい身体を確認しているように見えた。今日も同じようにストレッチなのか太極拳なのかわからない動きをゆっくりと行っている。
ヒカリの朝の運動が終わるのを待って、昨夜の話の続きをする。バロックはいないので、言葉を選ばずに話せる。
「魔力や身体能力などを増やす方法は二つ。一つは修行や訓練。もう一つは生命を奪う事」
自然と声を潜めてしまう。
「修行や訓練で上げられるのは微々たるもの。そしてこの世界で、魔法は圧倒的な力を持つが使えば使う程、自分の生命力を減らす。もちろん、初級の魔法、例えば薪に火をつけるとか、コップに水を生み出すとかの生活魔法レベルは別ね」
「攻撃魔法や回復魔法みたいなものは? 」
「結果が強力なモノは全て生命力が減るんだ。だから魔力を普段から使う魔族は、人間や自分より弱い者の生命を奪う」
「ゴブリンは? 」
「魔族かどうか、魔物かどうかなんて人間が勝手に分けてるだけ。人間より魔力が使える個体数は少ない。文化的平和的なゴブリンもいるし、野蛮で好戦的なゴブリンもいるし」
「人間と同じね」
「話を戻すけど、生活魔法程度の魔力はゆっくりだけど回復する。でも、強力な結果を出せるような魔法を使った事によって減らした魔力は回復しない」
「生命を奪えば魔力は回復するんじゃないの? 」
「使う量を賄える程には奪えない。だから強力な魔法を人間より使える魔族は寿命が短い」
「魔力……生命力を使わずに相手を倒す」
「考え方は正解。魔法を使えない人間が無双するのがほぼ無理なだけで」
ヒカリは瞼を閉じて頭をフル回転させているようだ。
「なんかルールがめんどくさいなぁ」
「まあ、細かい事はゆっくりでいい。ただ世界のルール、法則を深く研究した事でどうやればいいかはわかったんだよ。剣でも魔法でもないんだよ、大事な事は」
ヒカリは少し考えただけで降参して、はっきりとした口調でこう言った。
「で、結局、どうやるのが一番いいの? 正義を為す、クロの復讐を果たす方法って。そしてそれが私の気に入る方法かを教えてくれない? 」
魔法使いだろうが、剣士だろうが、特殊能力持ちだろうが、実際にはどうでもいい。初期が有利かどうかってことで。まぁ、大事だけど。
ただ強さを得ても幸せでいられるかはわからない。強さで無双出来たからって幸せを得られるとは限らない。この世界の真理を解き明かした僕は、ふざけた世界をふざけた手段でクリアしてやるんだ。
そして、正義の味方とは程遠い方法をヒカリに伝えた。彼女は話を聞く内に、見た目の年齢とは程遠い妖艶な笑みを浮かべる。
正しい『正義の味方』に成る為に。
僕の復讐を果たす為に。
どうやら彼女はそのやり方がいたく気に入った様だった……。