3、偽りの正義
二つの声が響いた。
「エンダラ様なんですか! 」
「主人公はあたしだよ! 」
ひとつは驚きと喜びを混じり合わせた声。
ひとつは冷淡と怒りを混じり合わせた声。
ツキヨミは腹一杯になって、ボーっとしていたはずなのに、驚きの余り椅子から立ち上がり、そのせいで被っていたグレーの外套のフードがとれ、隠しておくべき特徴的な可愛らしい長い耳が露になっていた。
ヒカリは座ったままだったが、パックと話していた時の落ち着いた声はなくなり、それまで抑え込んでいた魔力が膨れ上がり、普段以上にその剣気が露になっていた。
とりあえず交易都市カラハタスで、長く闇組織の上位にいた人々は、ツキヨミの姿にも、ヒカリの魔力にも、落ち着いた反応をしていた。
「エンダラ様。ヒカリさんとお話しします」
グレゴリウスは落ち着いた声で、僕に断りを入れる。
「ヒカリと話してくれ。僕はもうエンダラじゃない、クロって名前なんだ」
僕はグレゴリウスに返事をして、今度はヒカリに向けて話す。
「ヒカリ。誰からどんな風にその名前を聞いたのかだけは確認しといて」
グレゴリウスはヒカリに身体をしっかりと向ける。
そして長い耳を露にして立ち上がり、その後、この小さな身体に土下座をしているツキヨミに向けて声をかける。
「僕の事、知ってるの? 」
「エンダラ様とは知らず、無礼な振る舞いの数々お許し下さい。いえ、許していただこうとは考えておりません。少しだけ時間を下さい。復讐の後にはこの生命捧げます」
とりあえず、なんだ、グレゴリウスを殺すとか殺さないとかって雰囲気ではなくなってしまったな……。
いや、雰囲気で殺す訳じゃないんだけど、そんな話になったらすべてが御破算になる気がしてきた。
ツキヨミをとりあえず土下座させておくままにはいかないので、普通に椅子に座らせようかね。
「ツキヨミ、立って」
僕の声にすぐに反応して、ツキヨミは立ち上がる。彼女の姿勢は気をつけだ。どこの軍隊だよ。
直立不動で命令を待つ兵士の姿だ。長い耳は、しかし、元気なく垂れ下がっている。
喜んでくれたのは嬉しかったけど、その後のこの畏まり方はあんまり気分が良くないな。
「椅子にかけて」
ツキヨミは素早く近くの椅子を引き寄せて座る。ただ僕を見ると、見下ろす形になる事に気付き瞼を閉じる。
とりあえず、店には申し訳ないが、テーブルの上に飛び乗る。
「ツキヨミ。僕はクロだ。いいね? 」
「わかりました」
「それと、つっけんどんな態度に戻っていいよ。とりあえず今の態度は、僕、キライなんだ」
おー、ツキヨミの表情は頭の中に『? 』がいくつも飛んでいるように見えてくる。
「僕はね、神でも、神の遣いでもない。霊獣と呼ばれるくらいには強かった時代もあったけど、ただの魔獣だよ」
「いえ、父から聞いておりました。神話の時代より復活されたエンダラ様。そしてエンダラ様と一緒に自由に遊び廻るアールマティ様。この二人は伝説ではなかったのだと」
「とりあえずね、何をどんな風に聞いたのかわからないけど、畏まられるのだけはなし。いい? これはもう命令だから」
どんな形で本当に聞いてるんだろう? 父って一角の魔人だろ?
魔人達と接点多くはなかったしな。人間を襲うような奴等は排除したけど、土地土地の神と呼ばれるような魔人達とは争う事もなかったけど、仲良くもしてなかったんだけどなぁ。
さて、そんな会話と思考をしていると、グレゴリウスとヒカリの話もとりあえず終わったみたいだ。
同じ店の同じ場所で会話をしているので、会話は耳にしていた。聖徳太子ではないので、細かいところはわからないけど、グレゴリウスが言ってたのはこんな事だ。
この都市のスッチーデント公爵は約束を違えたりはしない。自分達にもきちんと金を払う。
裏組織の自分達に情報収集や依頼の紹介を頼んだりする。しかし、半端者達には厳しく、治安維持の為か容赦なくゴロツキなどは捕まえ、処刑していく。一見すると、凄くいい領主様だが、生まれや身分から裏社会に堕ちて行った者に対して容赦がない。
そして、そのやり方は信義にもとる。表向きは法で裁き、裏側からは暗殺を行う。帝国のやり方を、公爵のやり方を通す為なら何でもやっている。
帝国の中では、公爵は開明的で差別の少ないタイプではあるが、帝国民の意識に根付いた差別をどうにかするつもりもないし、その被害者達にも優しくない。
グレゴリウスの話をまとめるとこんなところかな?
つまり、グレゴリウス達は、スッチーデント公爵という領主の仮面を被っている、自分達より大きい組織に潰される寸前らしい。
いいんじゃない?
グレゴリウスだけが正しいとは全然思わないけど、スッチーデント公爵に滅んで貰いましょうよ。
あの男の息子だもの。やり方もあの男そっくりだもの。
元々、殺す為に来たんだから――。




