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1、赤い服、白い服

 何事も予定通りには進まないものだ。


 『正義の味方』に死なれたら全て終わり。――ある程度強くなってからで良かった。いや、今ならまだ間に合う。中止すればいい。


「まだ迷ってるの? 」


 この根拠のない自信はどこから来るのだろう? 人がどれだけ心配しているのか全くわかってない。人……猫だから表情がわからないのか?

 いやいや、根拠はあるか。この世界に転移した事によって手に入れた能力。


「大丈夫さ、クロ。あの少女の為にもやるよ」


 僕が召喚した14か15くらいの年齢に見える女の子、ヒカリは、軽く言い放つ。ちなみに黒猫の僕に名前がないとわかると、クロと名付けたのはヒカリだ。実に安直なネーミングだ。

 僕が偉大な霊獣だというのがまったくわかっていない。例え、黒猫にしか見えない情けない姿になっていたとしても、隠しきれない僕の才能に気付けないものなのか……。


『今度、死んだら終わり。ゲームじゃないんだからね』


 街中、人混みの中なので、僕は念話テレパシーで注意しておく。




 僕達はイーヤムという街に来ている。砂漠の中にあるオアシス都市のひとつ。街の中央広場では、年に一度の収穫祭が行われていた。この日の為に用意された簡易式の祭壇を中心に人々が集まっていて、広場の周辺には出店が出ており、酒や軽食が売られていた。篝火かがりびが祭壇の周り、出店の周りに置かれ、夜の街を賑やかにしている。


 僕達は中央広場で街の人達に紛れて、タイミングを待っている。デビュー戦の舞台として、華々しさは文句なし。


 酒を片手に街の人々は、今年一年の苦労話を語り合ったり、愚痴をこぼし合ったりしている。華やかに飾り付けられた街並みと裏腹に話題は暗いものが多かった。


 隣から聞こえてきたのはこんな会話だった。


「今年はまあまあの収穫があったんだよな?」


「ああ、天気もそんなに悪くなかった」


「何で供え物に奴隷が含まれてるんだ? 収穫が足りない時くらいだろう」


「あんた、旅人かい?」


「そうだ」


「あれは、あれだ、()()()、さ」


 そう自嘲気味に街の男は語る。

 黒い薄汚れた外套がいとうの旅人は、街の男の口調で何となく事情がわかったようだ。奴隷は貴族様への賄賂という事だろうと。


 祭壇には、泣きらした顔の赤髪の少女と、麦や酒、この地域の名産品が一品ずつ並べられている。そこに白いシルクの服を身にまとった太った大男が従者達を連れて上がってくる。従者は儀式に使う大皿を持っている。

 白服の大男が合図をすると、従者の一人が街の人々によく通る声で話し出す。


「これより我らの街イーヤムより唯一絶対神ウーヌス様への御供えを捧げる」


 従者は捧げる品目をひとつひとつ読み上げていく。品目に合わせて、その量も同時に読み上げられる。数字の多さに旅人は驚く。


「えらい量だな」


 街の男達はその言葉に愚痴を返す。


「本当にウーヌス様へ届けていただけるなら文句なんて言わないが……」


「神の代理人達を太らせるだけだからな」


「我らの街の代理人様も太ってるしな」


 そう、あの従者を連れて祭壇に登ってきた白服の大男が市長だ。この街の代理人様だ。


 祭壇に赤い礼服を着た男が上がってくる。赤の礼服は神の代理人の証、つまりは貴族様という事だ。プリームス帝国の貴族の礼服は赤、色の濃さが地位を表し、あの濃い赤は伯爵様という訳だ。

 赤い礼服の伯爵様は祭壇中央に立ち、姿勢を整え、口を開く。


「イーヤムの民よ。唯一にして絶対の神ウーヌス様への想い、確かにうけたまわった。私が選ばれたプリム人であり、この御供えを間違いなく神へ届けられる事を証明しよう」


 何度見てもプリームス帝国の、プリム人達の、この茶番劇は失笑ものだ。

 貴族は魔法を使って見せ、貴族たる所以ゆえんを示す。そして、神の名の元に税を集める。魔法を使える一族が、魔法を使えない大多数の民を治める為の儀式。それがこの帝国の収穫祭なのだ。


 儀式の為の大皿が、伯爵の前に運ばれる。大皿を街の人々に見せ、種も仕掛けもない事を確認させる。その後、従者達は大皿を台の上に置き、台から離れる。周りの篝火が消された。


 伯爵が大皿に魔法で炎を生み出して、この儀式は終わる。だが、今年は大皿に炎は灯らなかった。


「ぐっ……」


 うめき声が響く。


 ドタドタとした足音、叫び声が続いて、松明や篝火が再び灯される。


 イーヤムの人々が見たのは、逃げ去っていく灰色のマントを翻す人影と、首筋から血を(あふ)れさせ、崩れ落ちている赤い服と白い服の二人、伯爵と市長の姿だった。







「正義の味方っぽくはないかな? だが、それがいい」


 街の外まで逃げ切ったところで、顔を隠していたフードと布をとり、美しい黒髪と大きな黒い瞳をあらわにしたヒカリは笑みを浮かべてつぶやく。

 はっきり言って、予想以上に上手くいった。これが虹のオーラのちからか? とりあえず早くも結果が出た。最後まで諦めずに召喚魔法頑張って良かった。やはり僕はチートなんだよ。


『いたいけな少女を魔の手から救ったさ』


 ヒカリは僕からの念話テレパシーにゆっくり頷く。


「正義の味方ってのは、もっと堂々としてるんじゃないか? 」


 ヒカリの呟いた言葉に返事がもうひとつあった。それは男の声だった。予期せぬ返事にヒカリと僕は驚き、身構える。


「驚かせて悪い。悪いついでに捕まってくれると嬉しいんだが、どうかな? 」


 どこか愉しげな声だった。声の主は、黒い薄汚れた外套を羽織った旅人であった。旅人の手には、薄汚れた衣装と違い、美しい煌めきを放つ片手剣が握られていた。







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