5、最悪の黒猫
こんなの見たことない。火力というか、そう前にも言ったが、街ひとつ燃やすくらいの赤魔法は、以前の僕にも出来た。船三隻丸ごと燃やすのなんか難しくない。魔力さえあれば、難しくはないのだ。
もちろんそんな魔力を持っている人間などこの世界でも数えられる程なわけだが。
ただこれは異常だ。温度と燃えるスピードが桁違いだ。これは技術がいる。魔力から炎をイメージする時に凄まじい熱量を描き出し、範囲と時間を極限まで圧縮している。
僕も魔法技術の研究は好きだった。この世界には地球とは違う物理法則があるだろう事。高校生レベルとはいえ数学は嫌いじゃなかった事。そんな事から魔法や魔力というモノを解き明かそう、そんでもってこの世界にまだ発見されていない魔法を作り出そう――中二病もいいとこな転生者だった。
だから魔力量以上に魔法技術に驚いた。錬金術師だったというフィート男爵は錬金術の研究中、魔法技術の何かを掴んだんだ。
僕がなし得ていない事、研究対象ではなかったけど、それを産み出した男爵の研究は称賛に値する。
敵味方全てが男爵の魔法とその結果に心を鷲掴みされている中、陸に上陸していたゴブリン達を打ち払えば終わり、そんな状況を把握したヒカリは一番最初に動いた。
僕は魔法に心を奪われ、味方は男爵の魔法を見たことあったはずだが、勝利への興奮か余裕か動けず、だが声を上げようとしていた。生き残ったゴブリン達は呆然自失。そんな中ヒカリだけが倉庫の屋根から飛び降り、声を上げる事なく進み、刀を振っていく。ひとり、ふたり、次々に死体を生み出していく。
鬨の声が完全に上がった時には10の死体を作り出す。もちろんすぐに残りの敵も殺されていった。
僕はその時どちらを恐ろしいと感じたのだろうか?
ヒカリは戻って来ると、刀を布で拭きながらフィート男爵に声をかける。
「大丈夫ですか? 」
男爵は何か返事をしようとしたが、声にならず、頷くだけで返す。身体を衛兵に抱えられ、立っている事もままならない。
衛兵の中のひとりが男爵に耳打ちし、戦場の収拾をつけに降りていく。
男爵の身体は明らかに憔悴している。いや、そんなどころじゃない。老いている。もともと30歳くらいの男爵は60歳に見えていた。今は70? それくらいに見える。魔力の使い過ぎに違いない。
傍にいた衛兵達は男爵を急ぎ運んで、屋敷に至急戻るそうだ。
「圧勝だね、クロ」
「魔法使いの恐ろしさだよ」
男爵は何処かの家の扉を外して担架にした物に乗せられていた。僕達もここに残ってもする事がないので帰る事にする。
というか、僕の中ではここからが本番だ。噂になっていた魔法の威力が本当だとわかった今、検証するべきはこの後の男爵だ。
男爵の身体の老いを見る限り、彼の魔法はどんなに効率的に威力を出してるとは言え、生命力をかなり減らすものであるのは間違いない。
男爵の戦績を考えると、既に生きている事がおかしい。あれだけの魔力を使っていて、老いているとはいえ、生命力が底をついていないのはおかしいのだ。
何か秘密がある。
やはり人間ではないのか?
それとも僕が知らないだけで、本当は錬金術なんてものがあるのか?
「クロ? 」
「ごめん、大丈夫。ついて行こう」
「違う。ブラッドムーンがいた」
「え? 」
「ブラッドムーンの一味、かな? この前、カインの白邸にいた赤い鎧を着ていた奴がいた」
僕はあたりを見渡す。だいぶ暗くなってきているが夜目が利く。フィート男爵の手勢はまだたくさんいるが、『朱殷の鎧』を身に付けている者はいない。
「隻眼の男か? 」
「違う。私が白邸へ潜り込んでいた時に見かけた奴、名前は知らない。何を企んでる? 」
「あー、忙しい時に! 」
ヒカリは僕を急に抱きかかえる。
「クロ、落ち着いて」
ヒカリに抱かれて、ぬくもりを感じる。懐かしいけど、違う感触。胸の大きさの違いか?
「ひとつずつ片付けよう」
ヒカリに諭されるとは……。
どうやらヒカリより、僕の方が前回上手く利用された事を気にしているようだ。
「ありがとう。フィート男爵を調べよう。それが今回の依頼」
「そうそう、行くよ! 」
男爵の秘密を調べなければいけない。帝国の民を襲い続ける海賊ゴブリン=ネフタン族を追い払うだけならいいが、いや、帝国に強力な魔法使いがいるのも問題か……。それとも噂通りの魔族で僕の知らない新種のデーモンか。
ヒカリに抱えられて移動するのは初めてだったが、思考するのにはいいかも知れない。だが、いつからかどこからか僕達に視線を送る存在を感じてしまう。気付くと思考がまとめ切れず、自分の力不足と器の小ささを呪った。




