4、最強の魔術師
翌日には宿場町を出た。ここに留まる理由もない。例の子供の奴隷を積んでる馬車も同じ日に出ていた。早朝、宿場町で見掛けた時は、早い時間だった事に驚いた。
僕達は馬であり、馬車よりはかなり早く、港町バトゥラに着いたのは夕方手前という頃だった。宿場町と同じように活気はあった。だが復興中で、戦後のような状態に思えた。
今回は、既に色々と準備がされてある。グレゴリウスが噂のナイフ技術以上に裏組織のボスとして優秀なのか、依頼主が予想通りの人物なのか、フィート男爵に近付ける手筈も準備済みだ。
軽くメシを食べてからフィート男爵の屋敷へ向かう。カイン伯の白邸と違い洒落た見た目なんてない。ただデカイだけ。それに造りも古い。屋敷の正面玄関の門番にパックから受け取っていた書状を渡す。
門番は書状を受けとる時、ヒカリの指輪に気付いた。それは庶民が身に付けられる物ではなく、大富豪でも買えない、高貴な身分の証。そして、それは彼の主も身に付けている金縁の赤い指輪。
「少々お待ち下さい」
門番はそういうと屋敷に駆けていった。
屋敷を見ながら待つ。余り手入れのされていない庭。屋敷まで続く石畳も美しさは感じない。どこか不揃いだ。
屋敷の執事だろうか、少し年取った男が出てくる。僕を見ながら書状をもう一度見る。
「お待たせしました。フィート閣下にお取り次ぎします。では、こちらへ」
執事についていき、男爵に会おうとした時、大きな鐘の音が聴こえてくる。火事が起きた時の半鐘みたいだ。
「急ぎます。一緒にどうぞ」
執事は大声でそう言いながら、駆け出していた。僕達も走ってついていく。屋敷の中も騒然としている。ひとつの扉の前で止まり、執事は一度息を整える。
「男爵様、スッチーデント公爵から遣いの方がお越しになられております」
「今、必要ですか? 」
「はい、戦力としてと書状にございました」
「会いましょう」
執事は扉を開け、僕達を中に入れる。
薬品棚、書棚、壁には幾つもの図形、暦が何種類も掛けてある。部屋の中央にベッドがあり、そこから起きたばかりに見える男性は白髪をボサボサにしていて、寝巻きから赤い法衣に替えている途中なのが見て取れる。
「マルクス・フィートです」
「ヒカリ・スッチーデントです」
ヒカリは答える。ここまでスムーズに会えたのはこのカラクリを使ったからだ。プリム族のスッチーデント家、つまり公爵の一門と偽っているのだ。もちろん、名乗っただけでは信じてもらえない。プリム人であり、貴族の証となる金縁の赤い指輪を身に付けていた事。さらにスッチーデント家からの書状を持って来た事。書状の中身にヒカリを紹介する文面がある事。それらが重なって、ここまで上手く騙せたわけだ。
「さっそくですが、今、海賊ゴブリンが来ています」
「はい」
「今から港に行きます。護衛して下さい。私が死んだら負けです」
「わかりました」
「ところで、その黒猫は? 」
「閣下、ヒカリ様は魔獣遣いだそうです。書状に書いてあります」
そう、ビックリした。グレゴリウスが用意した偽の書状には、ヒカリが魔獣遣いと書いてあり、黒猫に見える魔獣を従魔にしているとも書いてあった。グレゴリウスとは直接顔を会わしていないのだが……。僕の正体をどこまで把握しているのかわからないが、僕がヒカリと一緒に行動しているのはバレてたわけだ。とりあえず魔法が使える魔獣という事にしようとヒカリと話していた。
「そうか、会った事がないわけだ」
話し終わると、男爵は立ち上がり、見るからに年老いた身体で戦場へ向かって行く。素早さは感じないが、慣れた感じが歴戦の人である事を感じさせた。男爵が引き連れている衛兵達も無駄な動きが見えない。
港に近付く頃には日もだいぶ傾いていて、薄闇の中、激しい戦の音が聴こえてくる。既に10人以上のゴブリンが上陸を果たしていて、船からは多くの矢が降り注いでいる。風は海から岸へ吹いている。ゴブリン達は小柄なものが多く、予想通りネフタン族だろう。海賊が趣味みたいな奴等だ。
こちらも弓で応戦しているが、奴等は大きな丸い盾に身を隠しながら、どんどん進んでくる。接岸している一隻、そしてその船に二隻の船が繋がれている。上陸してくるゴブリン達はさらに増えてくる。
男爵は港の倉庫の屋根に登る。衛兵達は男爵に降りかかって来る。矢を切り落とし、男爵の盾となる。
「唯一にして絶対である神ウーヌス様、我にその怒れる炎をお貸し下さい。我が命、主が命、世に正しき炎よ、世に熱き炎よ、さあ、手に宿れ、さあ、さあ、手より離れよ」
フィート男爵の両手に熱く明るい炎が見える。激しい揺らめき。手から炎が浮いて行く。高く、高く、闇夜に登っていく。そして一瞬、弾けるような光を放つ。次の瞬間、ゴブリンの船は三隻ともに燃え尽きていた。
燃え尽きる? 燃えているんじゃない。燃え尽きている? 何なんだいったい! ありえない! ありえない!




