プロローグ
年に一度の紅い月が輝く夜。
魔方陣に魔力を流し込んで行く。
妖しく光る魔方陣から何かが産まれて来る。
魔方陣は正確に書いた。今回の魔力量は65536メイガスぴったり。何度も確認した。ここまでは大丈夫。緊張はしているが、繰り返しやってきた実験だ。
召喚魔法理論は完成している。理論上はこれで問題なし。後は魔力量の数値を変えて実行するだけ。ここから先、いつ成功できるか、何が産まれてくるかは運頼み。ヒキが全て。当たりを引く奴は一度で引けるのかも知れない。だが、僕は今まで8191回も当たりを引けていない。だが、今度こそ当ててやる。絶対に当ててやる。一回当たりを引けば、今までの失敗も全て取り返せる。失敗は成功の母と言うではないか。
自分に言い聞かせる。
何故ならこれが最後の実験になるから。もう魔力量が底を着く。この計画の理論は完成している。だが、チャンスはこれが最後になる。
そう、最後。全てが終わる。失敗すれば何も果たせず、何も返せず、終わってしまう。
魔方陣から滲み出てきた光は、七色に光るオーラだ。
「やった」
オーラの色に心が踊る。赤でもない、青でもない、虹色だ。待ちに待った色だ。
少しずつ光が強く、膨れてくる。魔方陣中央に置いてある絹布が光ながら何かによって盛り上がって来る。
魔方陣中央の絹布の下から現れたのは女の子だった。一般的に言って可愛い・美しいと言える容姿だろう。綺麗な黒髪は長く、黒い瞳は大きく、どことなく上品に感じる。いいね!
いやいや、容姿はどうでもいい!
はやる気持ちを何とか押し留め、もちろん冷静な振りをして、キョトンとしている彼女に話しかける。
「あなたは生まれ変わりました」
喉が渇くのを感じる。ゆっくり間を取って話を続ける。
「無念の死に抗い、魂のみの存在だったあなたに身体を授けました」
よし台本通りに出来てる。間違えるな。大事なところだ。
「元の世界と少し違う世界ではありますが、この世界で新しい生命をまっとうして下さい」
彼女の反応を観察しながら、そのスペックに想いを寄せる。七色のオーラは間違いなく当たりだろう。8192回目にして初めて見る特殊な色だ。だが初めてだからオーラの色で彼女の特徴はわからない。
魔法技術に長けているのか、何らかの身体能力に長けているのか、簡単には説明できないような特殊能力があるのか……。
「黒猫?」
僕の存在には気付いていたようだ。
「そう。今、あなたに話しているのは、目の前にいる黒猫。僕だ」
僕はこの召喚魔法を続けて来た事で、伝説の霊獣からただの黒猫にまで姿を落としてしまっている。
「何で話せるの?」
「この世界が、ふざけた世界だから」
嘘はついていない。本当にふざけた世界だ。異世界である地球から魔力を使って生き物を召喚出来るくらいだ。
後はこの大当たりで、僕の願いを叶えるだけ。そう、引くのが、彼女をこの世界『カテーナ』に転移転生するのが、願いなのではない。僕が彼女を上手く育て、鍛えて、誘導して、ある存在へと高める事が出来て初めて願いは叶うのだ。
彼女にどんな能力があるのかわからない。しかし、あの七色の光は当たりに違いない。きっと上手くいく。いや、いかせるんだ。
最後の最後に、当たりを引く。ドラマのように、最後の最後で伝説をつくる。このふざけた世界にぴったりじゃないか。
絶対に彼女を、この剣と魔法の世界で、伝説的な『正義の味方』に育ててみせる! 今度こそ出来るはずだ!
それぐらいでなければ復讐は果たせない。仇は一代で帝国を築いた男なんだ。あの男は赦さない。僕の仲間を、僕の愛した女を裏切ったんだから――。
これは、僕が彼女を『正義の味方』にする物語だ。