死にたいだけなのにみんなはとっても親切で私はそっとサイコロを振る
ちょっと趣向を変えて、不思議ちゃんの物語。
極力短い文でリズム感を出してみました。
しかしジャンルが適当なのかどうか判らない……
※タイトル上部に短編まとめへのリンクをつけています。よろしければ他作品も御一読下さいませ。
私は死ぬほど死にたいと思っている。
私は死ぬほど死ぬのが怖い。
私はそれでも死にたいから、私を絶対殺そうと思う。
大きなスクランブル交差点。
ど真ん中。
体育座りをして膝に顔をうずめる。
みんな優しいから、こんな邪魔な私に当たらないように避けてくれるんだ。
とうりゃんせ、とうりゃんせ。
でもいつのまにか、私のまわりには誰もいなくなる。
そんな私の前に、一台の車が止まった。
運転していた若い男の人が降りてきて、何をしていると聞くけれど。
邪魔だからどけと言うけれど。
私は死ぬほど死にたいと思っている。
私は死ぬほど死ぬのが怖い。
私はそれでも死にたいから、私を今から殺そうと思う。
だから私は膝に顔をうずめたまま、そっとサイコロを振った。
さあ今から、私を殺そう。
ポケットに手を突っ込むと、何か堅いものを見つける。
細長くて冷たくて、なんだか私を殺してくれそうな物。
取り出してみるとそれは折りたたみのナイフだった。
ゆっくりと刃を引き出すと、最後にパチンと気持ちのいい音がした。
さぁ今から、これで私を殺そう。
そしていつのまにか、まわりはとても静かになる。
離れたとこから、きゃあ、とか、わぁとか声が聴こえる。
まわりを見渡すと、スマホが四方八方の遠くから向けられて、キラキラキラキラ光ってる。
目の前で体育座りをして膝に顔をうずめている私は、
ナイフで喉を切ろうにも、喉が見えなかった。
ナイフで心臓を一突きにしようにも、胸が見えなかった。
仕方がないから、後ろに回り込む。
背中からこのナイフを突き立てて、心臓まで届くだろうか。
背中から見て、心臓ってどこにあるんだっけ。
私はまだ死んだことがないから判らない。
私はまだ自分を殺したことがないから判らない。
仕方がないから、背中のど真ん中を刺してみることにする。
ナイフを両手で持って、大きく振りかざす。
パシャパシャと音がする。
頭の上に振りかざしたナイフがキラキラキラキラ光ってる。
まわりを見渡すと、いろんなカメラが向けられて、雨のように光っていた。
みんなはとっても楽しそうで、
みんなはとっても優しい顔をして、
だから私は振りかざしたナイフをそっと振り下ろす。
ちからいっぱい振り下ろす。
その時、何かが私にぶつかってきた。
私はそのあまりの勢いに、ぶつかってきた物と一緒に投げだされる。
それは私の腕にしがみつき、ブンブンと振り回す。
大切な私のナイフはぶぅんと飛んで、
離れたとこから、きゃあ、とか、わぁとか声がまた聴こえる。
アスファルトに乾いた雨が吸い込まれていく。
パシャパシャ、パシャパシャ、シャッター音が吸い込まれていく。
その雨に顔を打たれてぶつかってきた物を見ると、制服を着たお巡りさんだった。
親切なお巡りさんが、体育座りしたままの私の上に覆いかぶさる。
もう一人のお巡りさんがナイフを手放した私の上に覆いかぶさる。
「ここから離れなさい」
「おとなしくしろ」
一人の親切なお巡りさんは、逃げろと言った。
一人の親切なお巡りさんは、ここに居ろと言った。
私はどうすればいいのか解らなくなる。
だから私は膝に顔をうずめたまま、そっとサイコロを振った。
おおきなスクランブル交差点。
そのど真ん中で体育座りをしている私。
お巡りさん二人はその横で若い男の人を取り押さえようとしている。
四方八方から大勢の人が遠巻きに見つめスマホを向けている。
ああ早く私を殺さなきゃ。
あそこで私が殺されるのを楽しみに待っている。
みんなが早く、早くって待っている。
今この手にあるのは真っ赤な傘がひとつ。 広げたら大きな赤い花が咲く。
でも咲かせてやらないんだ。
歩道からゆっくりとスクランブル交差点の中央に向かって歩き出す。
私が待っている中央に。
おいやめろ、とか、いいぞいけ、とかいろんな声が背中を叩く。
お巡りさんが私の方を見て、来るなと叫ぶ。
でもそこで私が待ってるんだ。
だから赤い傘を絞って細く細くすると、それは朝顔の蕾のように見えた。
傘の先端がキラキラ光ってとっても眩しい。
今度はナイフよりとっても長いから、背中からでも心臓に届くだろう。
傘を両手でしっかりと持ち、思い切り後ろに引き絞る。
「やめるんだ……」
お巡りさんがそっとつぶやいた。
さあこれからだっていう時に邪魔をしないで。
そう思ってそちらを見ると、座り込んだお巡りさんはなにか黒いものを持っていた。
こちらに向けたそれは黒くてとってもとっても重そうだった。
だってそれを持つお巡りさんの手はブルブル震えているのだから。
パン。
また静寂が戻った交差点に、小さく乾いた音がする。
子供が紙袋を膨らませて破裂させたような小さな小さな音。
咲かせてあげないと意地悪をした赤い花は、小さな小さな赤い花を私の胸に咲かせた。
大きく赤いつぼみが道路に落ちる。
ポン、とそれはひとりでに広がって大きな赤い花を咲かせる。
体育座りをして顔を埋めた膝の隙間から、その真っ赤な花がコロコロコロコロ回っていくのが見えた。
開いちゃった。 だから私はそのままサイコロを振る。
◇
「うわ、撃っちゃったよ」
「マジか、警告なし?」
「威嚇射撃せずにいきなりかよ、いかんでしょ」
「だが反省はしていない」
「えっ、どの配信? 俺の見ているのコメントの嵐で見えねぇ」
「うっそぉ~これマジ?」
お昼の休憩時間、教室のあちこちに人の輪ができている。
みんなわいわいキャアキャア楽しそうにスマホの画面を覗き込んでいる。
なにがそんなに楽しいのだろう。
「ねぇ、このしゃがみ込んでいる子ってうちの制服?」
「サボリか、いかんでしょ」
「なんか真田に似てない?」
「真田そこにいるじゃん」
「ああぁ~暗くて気づかなかった」
「ひでぇ、窓際なのにひでぇ。 しかし同意せざるをえない」
「でも椅子の上で体育座りしてさ、そっくりじゃん」
ケラケラケラケラケラケラ。 みんなとっても楽しそう。
顔を上げ、窓の外を見る。
白い白い、長い長い線。 飛行機雲だ。
ああ、あれならきっと私を殺してくれる。
サイコロを握りこんだ手を机の上にそっと伸ばす。
「さなだあぁぁぁ!」
ドシンと誰かが前の席に座る。
逆にまたいだ椅子をガタガタと揺らす男の子。
「ノート見せてくれ! 数学のノート! 前の時間居眠りしてて全然写してない」
誰だっけ。 初めて話しかけられたその子は名前が判らない。
「お前、字が綺麗だしまとまってるからさ、頼むよぉ~」
「なんでそんなこと知ってるの」
「いや、後ろの席だし、なんでと言われましても……」
おや、後ろの人だった。 秋の席替えから何日も経つけど、誰とも話さないし気がつかなかった。
少し耳を赤くしたその子は口を尖らせて、頼む、と手を合わせる。
私はため息を一つつくと、机の中から数学のノートを引っ張り出す。
私はサイコロをそっとポケットに仕舞った。
短編1000本ノック……は無理なので、20本を目標に頑張って投下していく予定です。
前書きにも書きましたが、タイトル上部に短編まとめへのリンクをつけておりますので、
他作品もよろしくお願いいたします。