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俺って正直、弱すぎね?  作者: たつのおとしご。
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第9話 覚醒



もう日も落ちて空は青黒くぼんやりと光っている。


見間違えだろうか?

空がどんどんこちらに迫ってきている。


いや、違う。


あまりに多くて空と勘違いしていたそれは、level1のグラトニーだったのだ。


俺は自分の目を疑った。


今まではこんなに大群のグラトニーが出現したことはなかった。

予言が外れていることといい、今回の桁外れな発生といい、やっぱり、強大な力が働いているのは確かだな。


俺は右手を強く、固く握った。


「みんな、今回の戦いはどうやら一筋縄ではいきそうねぇな。level1だから心配無いだろうけど……油断はするなよ。」


こめかみの辺りに不愉快な汗が流れるのを感じる。


「何いってんのよ、もちろん、この程度余裕に決まってるでしょ」


そうは言っているものの、これが

虚勢をはっているだけだということはセシルの顔を見ればわかった。


「一度の出現でこんなにも大群で攻めてきたのなんて、今までは無かったはずなんですけど……」


柊は明らかに気後れしている様子だ。

前回もそうだったのだか、どうやらこの子は本番に弱いたちらしい。


まあ、この場がどう転がっても俺のやるべきことは変わらない。


ふたりを守り抜くことはもちろんのこと、この街も絶対に守らなければならない。


「展開!」


柊がそう叫ぶと同時に結界が発動した。


その結界は前回同様、全てのグラトニー、さらに俺たちとその周辺の建物や木を包み込んだ。


これで一時的に『この世』は世界から切り離された状態となった。


よっしゃ、これで思う存分守らせてもらうぜ!


今までの俺とはひと味ちげぇぞ!


セシルは空中に片手を開いたままつきだした。


すると、蒼白い光の粒が現れた。

光粒はみるみるセシルの掌の辺りに集まっていく。


それは次第に大きくなっていき、1つの形を成していった。


そして1本の杖になる。


セシルの背丈ほどのサイズがあり、先の方には大降りな水晶がついていた。

どこまでも深い海のような色の水晶だった。


「いくわよっ!!!」


セシルが意気盛んに号令し、グラトニーのいる上空に向け杖を掲げた。


魔方陣が出現し、そこには莫大な数の氷の矢が生成されてゆく。


そして1秒もしないうちに全ての氷の矢がグラトニーに向けて発射された。


放たれた氷の矢は見事にグラトニーの体をとらえていた。


全体の五分の一はその矢によって体に損傷を負い、爆散していった。


柊はというと、グラトニーの軍勢に対して身体の左側面を見せる状態で足を肩幅に開き、地面と平行にするように左手をグラトニーのいる方へ突きだした。


なにもない場所から蒼白く泡のような光が発生する。


徐々に光の粒は柊の左手に集束してゆく、そして一張の弓が形成された。


弓幹は白銀色に輝き、弦は一筋の真っ白な光の糸のようだ。


柊は右手の人差し指と中指を弦に引っ掛け腕と肘が一直線になるように張った。


すると蒼白い光の矢が弓につがえられた状態となった。


十分に弓を引くと、照準を斜め上にいるグラトニーへとあわせた。


柊の指が弦から離れると同時に光の矢が放たれる。


その瞬間に光の矢は四つ叉にに別れ、やがて4本の矢となりグラトニーに射止めんとしている。


矢の1本がグラトニーの足元であろう場所を掠めたが、致命傷には至っていないようだ。


そのほかの2本の矢も1本目同様グラトニーの体を掠めたが、どれも打ち負かすには至らなかった。


しかし、残る1本のみは違った。


グラトニーの核、人間でいう心臓がある辺りだ。


光の矢がそこを見事に射止めた。


グラトニーは爆散した。


すると攻撃を受けていないグラトニーは俺が一番弱いと悟ったのかこちらに疾風怒濤のごとく向かってくる。


その内の一体がlevel1特有の磨り減って煤けた黒布を翻して、大きい鉈のような黒光りする爪で俺に斬りかかってきた。


俺は後ろ跳びをすることでその斬撃を回避する。


先程まで俺がいた地面のアスファルトはグラトニーの斬撃でひび割れていた。


脇に冷たい汗が滲む。


だが、今回の俺は一味も二味も違う。


俺は右手の指の全てを折りたたみ掌で力強く握って拳骨を作る。


そのままさっき攻撃してきたグラトニーに向けて力強く足を踏み出す。


踏み出すと同時に走る速さは加速する。


能力が開放されたのだ。


実際の所はわからない。

もしかすると戦闘を意識したことによって脳のアドレナリンの放出が著しく向上しているだけかもしれない。


しかし、そんな事はどうでもよかったのだ。


俺はみんなを守るために闘う。

いつもより身体がよく動くのは確かに都合がいい。だが、ただそれだけだ。


俺はたとえ身体が動かなくなったとしても、みんなを守るために闘うのだ。


そして俺は目の前にいるコイツらを倒す。


右手を肩の後ろまで引き肘を張る。


そのまま弾丸のように拳を突きだし、グラトニーの核の部分を貫く勢いで殴り付けた。


グラトニーはその勢いに、拳にへばりつくような形でくの字になった。


その後すぐに力と同じ方向へと飛んでいき、唸るような声とともに爆散した。


すると次の瞬間、背中に何かを叩き付けられたような強い衝撃が襲う。


「……っ!」


その衝撃のすぐ後、背中にどんどん熱が帯びていく。


そして背中からぬるっとしたものが流れていくのを感じた。


ダバダバっ……


黒いアスファルトに赤黒いものが流れ落ちた。


くっそ! 斬られた……


衝撃の正体に気づいた俺はその熱が痛みだということを知る。


ズキズキと痛みが増していく。


確かに物凄い痛みだが、堪えられずに悶え暴れまわる程ではなかった。

実際は、失神する程の傷だったかもしれないが、傷を見ていないことが幸いしたのかもしれない。


衝撃があった方に視線を移すと2体のグラトニーが俺に向けて再び斬りつけてくる。


俺は背中の痛みを感じつつ大きく横に跳んだ。


回避しているうちに背中の痛みが次第に無くなっていることに気づく。


そういえば俺はゾンビだったんだわ。


俺は小さく呟くとグラトニーへ向かっていく。


背中の傷は肉が焼けていくような音とともに消えていった。


背中の傷なだけに本当に傷が消えたかは分からないが、痛みが治まっていくのを考えると治ったと見て間違いないだろう。


依然としてグラトニーの攻撃は続いていた。


ふと、セシルを見てみると、今までと同じように氷の矢を次々に放ち敵を薙ぎ倒していた。


ここまでの話を聞いていると至極順調にグラトニーを討伐しているように感じるかもしれない。


しかしそれは間違いだ。


確かに今まで次々とグラトニーを葬り去っている訳だが、敵はまだ半分以上も生き残っているのだ。


俺たちには体力というものがある。


疲れが出てきてしまえば今のように戦うことは出来なくなってしまうだろう。


一方、敵はどうだろうか?


グラトニーは体力という概念があるのか、疲れるのか……


そこんとこ聞いておくべきだった。


このまま順調にいけばいいが、長期戦にもっていかれれば勝機は薄くなるだろう。


「セシル! 柊! 一気にいくぞ!」


俺は2体のグラトニーから目を離さずに声を張り上げた。


「わかったわ!」


セシルの声がきこえる。


……柊の声が聞こえない。


何かあったのか?


不穏な考えが頭を掠める。


先程まで柊がいた方に視線を移す。


「嘘……だろ……」


俺はその状況を見て思わず頼りない言葉が漏れる。


柊はグラトニーに捕まれていた。


柊はそこから離れようとしてジタバタと体を捩っていた。


そして動く度にグラトニーの鋭い爪が肌に食い込んでゆく。


徐々にグラトニーは柊に顔を近づけていく。


「いやっ! …… や、やめて!」


グラトニーは柊の声に一切もくれず、さらに顔を接近させていく。


魂を吸おうといているのだ。


「っ! くそがぁ!」


俺は一心不乱に柊の方へ掛けていく。

この時、俺の頭には柊を助けることしかなかった。


大きく跳躍した俺はグラトニーの頭めがけて一直線に蹴りを入れた。


グラトニーは呻き声をあげながらバランスを崩してよろけた。


それと同時に柊を掴んでいた手は緩められ、柊はするりと抜け落ちる。


俺はすかさずその下に回り込み、柊を受け止めた。


柊の服は所々切られていて、切り口から顔を出す白い肌には赤い血が滲んでいた。


白い肌が相まって傷は痛々しくみえた。


「柊。ちょっとだけ待っててくれ。」


俺は柊を傷つけたグラトニーと傷を負う前に助けることが出来なかった自分に対しての怒りを極限まで抑え、柔らかな口調でそういった。


すぐに俺はグラトニーの方へ視線を移す。


今の俺の顔はどうなっているだろうか……


柊のことを思うと自然と眉根に力が入る。

奥歯がギチギチとなるのが聞こえる。


俺は全身に何かが流れるのを感じた。



あの時の感覚だ。



一番最初にlevel2のグラトニーと闘ったときの感覚によく似ていた。


俺は全身に駆け巡る力を感じつつ地面をける。


物凄い跳躍をみせた後、俺の蹴りは人間では考えられないスピードでグラトニーの核の部分を貫いた。


グラトニーが爆散した後、すぐそばにいた敵の上部へ移動し地面に叩きつける要領で殴る。


グラトニーは拳にへばりつく暇もなく地面へと吹っ飛んでいった。


敢えなくして、地面に叩きつけられたグラトニーはアスファルトを飛散させながら爆散した。


あまりに指を力強く握っていたために、俺の手のひらには爪が刺さったのか血が滲んでいた。


しかし、その傷も一瞬でふさがる


細胞が活性化した今、治癒能力も格段にあがっていた。



ここまで2秒もかからない一瞬の出来事である。



それからも俺の攻撃は終わらない。


俺は次々とグラトニーを薙ぎ倒していった。


右手でグラトニーの頭を掴み左手でもほかのグラトニーの頭を掴んだ。


もちろん手は押さえていないのでグラトニーは俺の身体を斬りつけた。


しかし、俺はお構い無しにその2体の頭を地面に叩きつけた。


地面はその衝撃でペリペリと音を立てながら陥没した。


15体程のグラトニーを倒した時だった。


急に眩暈がしてきたのだ。


激しい頭痛とともに、滝のように汗が出た。


思わずその場で腹の内蔵物を吐き出した。


傷は肉を焼くような音を立てながらふさがっていった。


目の前の情景が傾いていって、やがて90度回転した。


ああ、俺が倒れただけか……


次第に目の前が霞んでいく。


そして俺の意識は闇に呑まれていった。



----------



「…………ク、……ツク、 タツク」


俺はそっと瞼をあける。


どうやら俺は家のベッドで寝かされているようだ。


「タツク、大丈夫?」


柊とセシルが俺の顔を覗きこんでいた。


「……ふたりとも、無事……なのか?」


俺は絞り出すようにいった。


「何いってんのよ! 私たちの心配より自分の心配しなさいよ!」


セシルが大きくて綺麗な瞳いっぱいに涙を浮かべながらいった。


「助けてくれて……ありがとうございました。す、すごく、怖くて……」


柊も涙を浮かべてうつむいき続けた。


「グラトニーに魂を吸われてしまうのもそうですが、タツクさんが死んじゃうんじゃないかって……怖くて……」


のどをひくつかせていて今にも消え入りそうな声だった。


「大丈夫だよ。」


俺は身体を起こす。


「……っ! ……俺は死なねぇよ絶対守るって決めたからな。だからもう泣くなって。」


俺は微笑みながらそういうとふたりの頭をポンポンと撫でた。


「泣いてないわよっ!!」


セシルが涙を手で拭いながらいった。


「いや、泣いてたろっ!」


俺もやけになっていう。


「泣いてないって言ってるでしょ!」


セシルは俺の言葉に反対の意を示した。


「はいはい。セシルさんは泣いておりませんねぇ~」


俺は喩とすようにいった。

セシルはその後本当に泣いてないんだからと言い張った。


その度に俺は、えぇ、えぇ、あなたは泣いていませんとも。と適当にあしらうのだった。


柊はいつの間にか涙を拭っていた。


俺と柊は強がるセシルを見て笑った。



その場に和やかな空気が流れた。



------------



後日、ふたりに昨日俺が倒れた後のことを話してくれた。


結論的にいえば、昨日の戦闘は俺たちの勝利で終わったようだ。


というのも、俺が倒れた後生き残っていたグラトニーは5体程度でセシルと柊が倒してくれたようだ。


柊の怪我はその戦闘が終わった後、セシルの回復魔法である程度は治ったらしい。


しかし、どうやら回復魔法というのは万能ではないらしく、深い傷に対しての効果は応急処置のようなものらしい。


柊の腕には包帯が巻かれていた。


大丈夫なのか訊くと、擦り傷のようなものです、と言われた。


それにしても本当に大事に至らなくてよかった。


俺の具合はというと、完全に治った。と言いたいところだか、傷は全て治ったが頭痛は治らなかった。


この頭痛は、能力開放の後遺症なのだろうか。


一番最初に能力開放した時は何ともなかったのに……


「はーい皆さん 、来月には体育祭があります! それぞれ出る種目を決めますよ!」


担任のゆみ子先生だ。


ゆみ子先生はなんともゆるい感じにいった。


そうか、もうすぐ体育祭か。


この高校では5月に体育祭があるのだ。


いろいろとバタバタしていて、すっかり忘れていたな。


競技は確か……四人五脚と障害物競争、棒倒し、騎馬戦……他にも何かあった気がしたけど、まあいいか。


ん~正直、何でもいいな。


取り敢えず、個人種目は一種目だけ出とくか。


あとは運動部とか運動神経いいやつらがどうにかしてくれるだろ。


余ったやつでいいな……



教室はガヤガヤとしていた。


各々、何に出るかを話し合っているんだろう。



十数分がたった。



あらかた決まったようだ。


さてと、何が余ってるかな。


そう思って黒板を見る。


余ってるのは1つだな……えーと、四人五脚?


メンツは、新田、セシル、神楽坂、俺っと……って! いつものメンツじゃねぇか!


まあ、でも変に気を使うことになるよりはいいが。



そんな感じで体育祭もいつものメンツでお送りすることになりそうだ。



---???視点---



なんなんだぁ? あの人間はよぉお!


家畜のくせに俺の邪魔しやがって!!


それにあの力! スピード! なんなんだぁあ、ぁあん!?


level1だとダメだっていうのか!?


くそみてぇなザコだと思って手加減してやったのによぉお!


これじゃあ楽に死なせてやれなくなったじゃねぇか。


キャキャッ!


今度はじっくり痛めつけてやんよ!


苦しみながら死んでけや!


「おい、お前!!」


謎の男はlevel2のグラトニー2体に対して、鬼の形相で声を張る。


「えっ、えぇと……どうされましたか?」


level2のグラトニーはガタガタと体を震わせながら問いかける。


「お前ら、あいつらの魂ズタズタに喰い荒らしてこい。」


謎の男が貧乏揺すりをしながら、怒りで震える声でいう。


「あいつら、と申しますと?」


グラトニーは情けない声でいった。


「あいつらは、あいつらだよ!! level1を30体葬ったやつらだ。出来ねぇなら今すぐお前らを喰い殺す。」


男は不敵な笑みを浮かべた。


「ひっ、ひい!! 行きます! 今すぐ行きますから!」


level2は飛ぶようにその場を離れた。



ッケ!!


まあ、あいつらが魂を喰おうが喰わまいが、結局の所ぶっ殺すんだけどな。


精々楽しませてくれや!



ギャハハハハハハハハ!!!!



その場には不気味な笑い声だけが響いていた。








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