転生神苦労記~私が働く理由編~
神、それは下界の者たちに畏れ、惧れ、恐れられている存在だ。
だが、それはあくまで下界の者たちにとってそうであるということをご存知だろうか。
神には神の苦労があり、こと転生神においてはそれが顕著なのであった。
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「ねぇ、私って何でこんなことをしているのかなぁ。」
これまでに何度口にしたのか、もはや分からない言葉を呟きながら、私は杖の先にある白い宝石を磨き続ける。
「それはあなたが転生を司る偉大な神だからでございます。あ、お待ち下さい。宝石の天辺がまだ磨かれておりませんよ。」
そして注意と共に言葉を返してきたのは、これまたいつもと同じく私の唯一の部下である天使メリエラだった。
「常々疑問だったんだけど、偉大な存在が宝石磨きなんてするものなのかなぁ?」
「何をおっしゃいます。宝石磨きだけではなく、壁磨きから発声練習までまだまだやることはございますよ。もうすぐ転生者を迎える時期です。気合をお入れになってください。」
「あぁ、うん。そういうことを言ったんじゃないんだけどね。」
この意地の悪い部下は私の言いたいことが分かった上で、こういった返答をしているのだ。
いや、あるいは私の気を紛らわせるためなのかもしれない。
神、それは地上にいる者たちから畏れ、惧れ、恐れられている存在であり、実際下界に対しては自分の持つ権能の範囲で多大な力をふるうことができる。
だが、神には一つ大きな欠点があることを知っているだろうか。
私達神は確かに下界に対して多大な力をふるうことができるが、自分たちのいる天界では下界の者たち同様に無力なのだ。
下界で竜巻を起こし人々を恐れさせる風神も天界では団扇を使ってそよ風を起こしているし、大地に恵みをもたらし人々に畏れられている大地神も天界では土まみれになって作物の世話をしている。
とはいえ通常の神々にとっては、だからといってそれが何というわけでもない。
神は畏れ、惧れ、恐れられることによって力を得るが天界での姿など下界の者たちに知られることはないのだから。
だが、転生を司る神こと私だけは事情が異なる。
そう、私は下界の魂を一度自分の元へと呼んでから、また下界へと送り届けねばならないのだ。
つまり、天界において何の力も発揮することができない自分を一生懸命飾り立て、演出し、呼んだ魂に自分の神威を示さなければならない。
そのために私がしなければならないのが、飾り立てるための数々の小道具を整備することであり、演出のための練習をすることであった。
「小道具の方はこれでよろしいでしょう。次は、演技の練習を致しましょうか。」
自分の不遇を嘆きながらも手を動かしているうちに、いつの間にか小道具の整備が終わっていたようだ。
メリエラの言葉に頷き立ち上がろうとした私だったが、遠くから聞こえてくるクスクスという笑い声に動きを止める。
「やだぁ、見て。地面にみっともなく座り込んで玩具で遊んでいると思ったら、今度は騒ぎ出すみたいよ。」
「まったく、まるで下界にいる猿のようですな。神の神威を汚すような真似はやめてほしいものだ。」
聞えよがしに二人の神がそう言いながら、こちらを眺めていた。
何も珍しいことではない、私は何百年も経験してきたそれにもはや言い返す気も起きず、ただ黙って場所を移動する。
私がやっていることは、見ようによっては下界の者を出迎えるために神が甲斐甲斐しく働いていると捉えることもできる。
それは畏れ、惧れ、恐れられなければならない神々にとっては侮蔑に値する行為であり、私は神どころか天使にすら軽視されているらしい。
「ねぇ、私って何でこんなことをしているのかなぁ。」
「それがあなたの役目だからでございます。停滞した世界を救うには、その世界にない因子を持った者を送らなければなりません。あなたは転生を司り、停滞した世界を救う偉大な神なのですから。」
先程よりも少し付け足された言葉が、メリエラからの不器用な慰めなのだろう。
これもまた何百年と経験してきた事だ、その心遣いに少しだけ笑みを浮かべると私は発声練習を始めるのだった。
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「もう一度生き返れるのか!?」
「えぇ、正確には別の世界でということになりますが。啓太、下界でのあなたの行いは私もよく見ていました。どうかその慈悲の心で、世界を救ってほしいのです。」
頭に輪っかを浮かべた私が呼び出した魂にそう微笑むと、彼は少し顔を赤くしながら迷う素振りを見せた。
この西園寺啓太という者は生前によく人助けをしていたため、まずは気分を持ち上げるべくそう褒め称えたのだ。
実際には生前の行いや性格は転生の基準に全く関係がなくあくまで大事なのは因子であるため、対応の仕方は魂によって様々だ。
これが生前引きこもりをしており人見知りな性格をしている魂だったならば、『あの、その、世界を救っていただけませぬ・・・はぅ、かんじゃった・・・』というような警戒心を解くあざとい演技をしただろうし、自分の死に納得がいっていないようならば、『申し訳ありません。私のミスで、本来ならばまだ死ぬはずのないあなたを死なせてしまいました』と死んだ理由を提供していただろう。
今回の魂は特に難のある性格をしていないため、標準的な言動での対応を行っている。
「うーん、けど世界を救うって何をすればいいんだい?」
「その世界には魔物と呼ばれる、人々を脅かす存在が蔓延しているのです。その中でも彼らを纏める魔王という強力な個体を討伐して頂けないでしょうか。」
彼は世界を救うための具体的な目的を欲しているタイプのようなので、私はそういった場合によく利用する目的を今回も提示することにした。
世界が停滞すると、本来ならば淀みなく流れ世界を運営するために利用されるはずのエネルギーがあちこちで固まり、やがて本来の生態系からは生まれないはずの存在として誕生するのだ。
その中でも特に強力な個体は確個たる意志を持っており、それらを統率して世界を混沌へと陥れる。
本来ならば別の世界から特別な因子を持った者が送られた時点でエネルギーは再び淀みなく流れていくため、やがてそれらは滅んでいく運命にあるのだが、早く存在が消滅するに越したことはないというのも事実ではある。
そのため、世界を救う目的を欲する魂にはその討伐を、そして欲しない魂には『好きに過ごして頂いて構いません』と提案をすることにしていた。
また、前者には特別な力を与えることにもしている。
「とはいえ、何の力もないのでは難しいでしょう。私からは、生前のあなたの行いに応じた力を差し上げます。その力ならば、きっと魔王を滅ぼすことができるはずです。」
「僕に・・・力・・・。なぁ、もしもその魔王を倒したあとって・・・」
「もちろん、自由に過ごして頂いて構いませんよ。」
私がそう言いながら微笑むと、その魂は手を強く握って小さく『やった。ハーレムを手に入れられる』と呟く。
どうやら、手に入れた力で満たしたい欲望もあるようだ。
無論それは人として普通のことではあるのだが、念のため提供する力には注意を払う必要があるだろう。
すっかりと転生する気になったらしい彼に、私は杖を掲げながら告げる。
「世界を救うため、異なる世界へと転生して頂けますか?」
「わかった、僕の力で人々を救ってみせる。」
「ありがとうございます。それでは、さっそくですが始めさせていただきます。この空間にはあまり長居することができませんから。」
実際には長居してもらうとボロが出るからなのだが、それらしい言い訳をするのには慣れたものだ。
杖の中央付近にそれとなくあるボタンを押すと、宝石の中に埋め込まれた装置が発光し、光を反射する性質を持つ周囲に設置された白い壁がその光を増幅させる。
その空間が何も見えないほどの光で満たされると、メリエラが魂へと近づきハンマーで殴りつける。
―ガンッ!!
鈍い音とともに西園寺啓太の魂は意識を失い、地面へと倒れ込んだ。
「ふぅ、今回も神威を損なうことなく無事に済んだね。それじゃあ、いつも通り魂を転移門へと運んでもらえるかなぁ。」
「承知いたしました。」
口調を普段のものに戻すと、私は仕上げとなる指示をメリエラへと出すのだった。
メリエラは魂を抱え込むと転移門へと向かおうとして、ふとこちらの方を振り返る。
「これでまた、上質な畏れが手に入りますね。凡百の人間の畏れ、惧れ、恐れが何千万、何億と集まったところで、滅びるはずの世界を救う人間の畏れには到底敵いません。」
「・・・そうかもしれないね。ねぇ、私って偉くなれるのかなぁ。」
「あなたならば、きっとなれるでしょう。その日まで、どうか耐えてください。あなたは転生を司り、停滞した世界を救う偉大な神であり、そしてやがては最高神へと至る存在なのですから。」
私はその言葉を聞くと、ひと仕事終えた充足感と共に何故こんなことをしているのかを思い出すことができ、もうひと踏ん張りしようと道具の後片付けを始めるのだった。
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神々の中でも最も多くの畏れ、惧れ、恐れを集めた神は最高神と呼ばれる存在へと至る。
嘘か真か、神々の頂点に立つ最高神は、かつて神々の中で最も蔑まれている転生神であった者が多いという。
噂によると、今代の最高神もまたかつては転生を司る神であり、今でもたまに杖の先にある白い宝石を磨く姿が見られるそうだ。