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7話 オリジナル魔法を捜せ

 ゲームに負けた日、しばらくの間は『ナナ・シーノ』と名乗るよう雲野さんに言われた。流石に名前が無いと不便だし、ゴーン・ベーじゃ無ければ別にいいや。


 それと、その日は簡単に夕御飯を御馳走になった。簡単な農耕文化は広がっているようで、稲作だとか麦作だとか、作物にはそんなに困らないそうだ。

 その日の晩御飯も米を主食に、トマトやキュウリのサラダ、あとはよくわからないお肉(ほんとに何のお肉か教えてくれなかった)、それとコンソメ味のスープとしっかり頂けた。


「今のうちに食っとけよー。明日からはこんなに豪華にしてやらねーからな」

 

 雲野さんは、笑いながらそう言ってた。でも、何だかんだ優しい人だと思う。明日の御飯もしっかり作ってくれるような気がする。


「それと、今日は食ったらすぐに寝ろ。明日は日の出と一緒に働き始めるからな」


 ……前言撤回しようかな……。やっぱり、厳しいかも……。

 起きれるかどうか不安だったけど、今日一日で色々あったせいなんだろう。気が付いたら僕はぐっすりと眠りについていた。




 次の日から、僕の下手人生活が始まっていた。


 宿屋の下手人の朝は早い。けど、昨日眠れたおかげか、今日はしっかりと日の出前に起きることができていた。

 朝の身だしなみを整えに洗面台に向かうと、そこにはもう雲野さんがいた。


「おう、ナナ。早いじゃねーか」


「ええ、雲野さんが日の出と共に起きろ、って言いましたよね?」


 彼はもう洗顔も済ませ、どう見ても普段着――つまり、あの派手な服だ――を着ている。どれだけ早起きしているんだろう。


「ああ、体調管理が大事だからな。一日のスタートをどう切るか、これが大切なんだ」


「なるほど、早寝早起きが健康の秘訣ですか」


「ああ、それに俺が宿屋の主人なんてやってられんのは色んな人の支えがあってこそだ。だからこそ、誰よりも早く動き始めねーとな」


 そう語る彼の眼はいつもの切れ長な瞳だけでなく、どこか熱いモノが宿っていた。おそらく、それだけ真剣なんだと思う。


「これから、何をすればいいですか?」


「ま、冗談は置いといて、お前には厩舎と宿の掃除を頼もうか」


 ん?

 冗談って?

 何が冗談なのかよくわからないけど、言われた通り厩舎の掃除から済ませてしまおう。


「箒とブラシを使って馬の排泄物をきれいにしたら、藁をしっかり敷き詰めておけよ。お前も世話になった馬だ。愛情込めてやってくれや」


「わかりました」


 そういえば、ここまであの馬達に連れてきてもらったんだっけ。きれいに厩舎を掃除してあげなきゃね。


 厩舎掃除の後は宿の各部屋を掃除して回った。

 幸か不幸か、今日は宿泊客はおらず全八部屋を全て箒・拭き掃除を行うことになった。意外にも、雲野さんはシーツ交換なんかの手際が良く、床掃除が僕の仕事のほとんどだった。


「よし、今日はこれで仕事終わりだ。あとは客が来たら対応だな」


「え、もう終わりですか?」


「宿屋の仕事はな。これからはお前に常識を教えるのが俺の仕事、常識を覚えるのがお前の仕事」


 どうも雲野さんは僕に何かを教えてくれようとしているみたいだ。


「みっちり鍛えてやるって言っただろ? お前、昨日何で負けたかわかるか?」


「うーん、雲野さんの意図を見抜けなかったからですかね」


「そうだ。この世界はゲームで勝てなければ何も得られない。つまり、ゲームに勝つためには相手をどう攻略するか、ってことを常に考えなくちゃいけねーんだよ」


 引き分けが無いゲームなら確かにその通りだと思う。何かしら、必勝法みたいなものがあるなら別として、相手をどう自分の誘導に乗せてゆくかが必要な事なのはわかる。


「簡単に――こういうと語弊があるかもしれねーけどな、簡単に言うと、制限時間を設けるタイプのゲームは何かしら策を練っていることが多い。逆に、制限時間が無く単純なルールの物は自分の力に自信を持っている奴が多い」


「つまり、今回の雲野さんみたいに『砂時計が落ちるまでに手番を終わらせる』って制限時間があったのは……」


「ああ、石の数で勝てなくても、最初から俺の爆弾を踏んでもらって、そして手足が麻痺した状態で制限時間を超過してもらう。それが俺の策、だったってわけだ」


 手足の麻痺。そう、あの時僕はどうやっても手足が動かせなかった。口で石を咥えようとしたけどそれも上手くいかなかったっけ。


「あれは、雲野さんの魔法ですか?」


「ああ、捻りもねーけど『地雷矢』って名付けてな。矢じりに毒が塗ってある。毒の効果は神経の働きを三分間程度カットする、ってのを魔法で作ってな。命に別状はねーから安心しろよ?」


 簡単に言ってくれるけど、毒って聞くとあんまりいい気分じゃないなぁ……


「つまり、制限時間がある場合は相手の魔法の効果に注意しろ、つーことだよ」


 でも、言おうとしていることはよくわかる。何かしら『罠』を仕掛けてくる相手が多いのが、制限時間を設けるタイプ、ってことだね。


「じゃあ、単純なルールの場合はどうなるんですか……?」


 そうなると残っているもう片方が気になってくる。遠慮せずに聞いてみた。


「そういうのは自分の力、つっても純粋な腕力だけじゃ無くてな。魔法の能力とかも含めて、そういうのがゲームそのものに有利に働くような場合だ」


「ええと……?」


「まーわかりやすい例で言えば、板を何枚割れるか? って勝負をするときに単純に自分の力が二倍になれるような能力があるやつだった、って感じだな」


 ああ、今のはわかりやすいかも。


「要するに、難しいルールが沢山ある場合は罠にかける気マンマン、ってことですかね?」


「お前なぁ……。まあ、その通りなんだが……」


 身も蓋もない言い方するなよ……、なんてぼやいていたけど気にしない。難しいことは簡単に覚えた方が良いに決まってる。


「それで、俺が言いてーのはお前の魔法を考えないといけねーよ、ってことだ」


「僕の……魔法……?」


「ああ。この世界の魔法は知識が元になってる。それも、きちんとした知識をどれだけ詰め込めるかで威力が変わる。だけど詰め込みゃいいってもんじゃねーんだな。やりすぎるとその知識を失うことになる。一時的な欠乏で済むこともあるが、自分が慣れてないうちに無理すりゃ一時的じゃ終わらねーのよ」


 そ、それって……。


「そーだ。お前の記憶喪失みたいなもんだな。お前の場合は、魔法を使ったわけじゃ無くて白兎に会ったことが原因だと思うけどな」

 

 表情に出ていたみたいで、言葉にする前に雲野さんが答えてくれた。


「その辺もおいおい説明するが、まずは自分の魔法からだ。お前、どんなことに詳しいか覚えてないか? 得意な事とか、好きな事。何でもいいんだけどよ」


 そう言われても……記憶喪失なんだよねぇ……。


「うーん、思いつかないですよ……」


「なんかある筈なんだよな。あ、あとお前、絶対に日本人だから」


 ん?

 また日本人って言われた。前にも確かその言葉は聞いたことある気がする。


「名無しの権兵衛、なんて言う奴、日本人以外考えられないだろ。どっかで染み付いた記憶があるんだろうな。なんか思い出せないか?」


 うーん。名無しの権兵衛は日本人がよく使う言葉だったんだ。言われてみれば何となく思いついた言葉だったけど、何処か頭にスッと入ってきた言葉だった気がする。

 あと何か他にも習慣的にやっていたことがあったような……


「あ!!」


「お? どうした? 思い出したか?」


「僕、パッと風景とか覚えられるんです!」


 そういえばそんなことができた気がする。現に、今もさっき掃除した厩舎の細かい描写までしっかりと覚えているし。でも、雲野さんの表情は浮かないままだった。


「いや、それじゃー何にもならねーだろ。知識が無いとどうしよーもねーんだから」


「え、でも何か言ってたような……確か……」


 必死に白い兎の言葉を思い出す。そう、確か魔法には何か必要なものがあるとか言ってた、気がする。


「えーと……何だっけ……『願えば叶う』?」


「いやいや、そこに知識を乗せて初めて願いは叶うんだよ。具体性が無いもんなんか叶いっこねーだろ」


 雲野さんからは明確に否定された。でも、あの兎はそんなこと言ってた気がするんだけどなぁ……


「それに、風景を覚えたからって何するんだ? 何を願うって―の?」


「うーん、そこに行きたい、とか?」


「転移、ってか? それこそ今までの転移者が成しえなかった魔法の一つだぜ? もしできるってなんならやってみてくれよ」


 別に怒っているわけじゃ無いんだろうけど、今まで誰も出来なかったことをできるとしたらある程度妬みみたいなものもあるんだろうか。最後の方の言葉はちょっと嘲笑うかのように聞こえた。


「うーんと、一回だけ、やってみたい……です」


「おぉ、一回と言わず、何回でもやってみろ」


 半ば呆れ顔で雲野さんは話す。


 くそー、見てろよ。絶対に成功させてやるんだから。

僕は眼をつぶると、さっき見た厩舎をしっかりと脳裏から思い出してゆく。藁の感じはこんな風で……馬が四頭、芦毛と栗毛、それに黒毛が二頭だった。水飲み場があって……


 しっかりと朝方に見た厩舎をそっくりそのまま焼き直す。そして、眼を開くとそこは確かに厩舎だった。


「ほーら、やっぱりできたじゃないか……って、あ……れ……?」


 そして、また僕の意識は黒く塗りつぶされていった。

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