3話 草原に馬車
目が覚めると、僕は見知らぬ草原にいた。
「あ……れ……?」
何でこんな所にいるんだろう?
確か僕は今日も本を読もうと思って……どこにいったんだっけ?
そもそも、何の本を読もうとしていたんだろう……?
本と言えば、僕の手元にあるこの本は何だろう?
白紙が続いている本でどちらかと言うとノートと言った方がいいかもしれない。ノートにしては重厚な表紙をしているけど……
色々と考えてみても答えは出てこなかった。それでも考えて、考えて、捻り出てきたのはここで白い兎に会ったということだけ。確かに白い兎に会って何かをしたんだけど……具体的に何をしたかは全然覚えてない。
「どうしよう……」
一人不安な気持ちを吐露しても返ってくるのは風が草葉を擦る音だけだった。
うーん……
二、三時間くらいたったくらいかな?
いくら考えてもわからないし、ずっと不安になっていてもしょうがない。
とりあえず分かっているのは、ここが『リドル・ワールド』のどこかで、この世界のどこかに白い兎がいて、僕の記憶の何かを握っている可能性が高い、ってこと。
それと、どういう理由かはわからないけど、『リドル・ワールド』の常識は何となく頭に入ってる。
自分の知識を強く願うことで魔法が実現する。
魔法を用いて戦争を行うことは御法度。
争い事の解決には、基本的に当事者同士で定めたルールがあるゲームで行う。
むー……
頭の中に入っている知識はどれだけ悩んでもこれだけだった。
もちろん、ご飯を食べないといけない、とか、身体を洗わないと衛生的に良くない、とか、そういう日常的な知識は覚えてる。でも、僕が誰で、ここがどこなのか、そもそもなぜこんな草原で寝ていたのか。そういった肝心なことはまったくわからなかった。
やっぱり、手掛かりになるとしたらあの白い兎だろう。
唯一、僕の記憶に残っている白い兎。
どうにかしてあの白い兎を見つけて、そして僕に何があったか説明してもらわないと……
あれ?
でも、どうやってあの白い兎を捜せばいいんだろう?
この世界にツテは無いし……
あれ?
もしかしなくても、詰んだ?
どうしようも無くて途方に暮れていると、風の音に交じって何かが地鳴りしている音が聞こえてきた。
「ん……?」
ふ、と地鳴りの方向を見ると土煙が舞っているのが見える。どうやら、何かがこちらに近づいてきているみたいだ。
よーく目を凝らして見てみる。
馬、かな。
馬が四頭ほど、箱物を牽いて走っているようだ。土煙に交じっていて少ししか見えないけど、後ろに何かのフォルムが見える。
何処へ向かっているのかわからないけど、あの馬車についていけば人がいるところに出るかな?
あわよくば、乗せてくれたらラッキーなんだけど……
でも、あんな速度の出てる馬車の前に飛び出すのは自殺行為だな……
横から思い切り手を振って声を掛けてみよう。
そう考えている間にも僕と馬車の距離はぐんぐん近づいてくる。僕は轢かれないよう馬の走路を確認しながら位置取り、馬車が通り過ぎる前から大きく手を振って声をかけてみた。
「おーい!」
声が届いたかはわからない。でも、御者さんは確かに乗っていた。気づいていて、優しい人だったらきっと止まってくれる、と信じたい。
その願いが届いたのか、馬車は二十メートルほど進むとスピードを落として止まってくれた。慌てて追いかけていく。
御者さんは男の人だった。目深に帽子をかぶり、土煙を防ぐためなのかぴったりとした眼鏡をかけている。茶色いチェックのズボンに白いシャツ、黄色いベストなんて結構派手な格好だ。
「へえ、ブレザーなんて珍しいな。坊主、どっから来たんだ?」
「えっと……よくわかりません」
「おいおい、自分がどっから来たかわからないのか? 名前は?」
あー……完全に名前のこと忘れてたな……どうしよう、適当に名乗ろうかな?
「名前もわからないのか……参ったな……人なんかいないグラス草原で、なんか見かけたからって止まるんじゃなかったかな……」
あ、あれ。やばいかも。もしかして置いてかれる!?
「あー……悪い、悪い。そんな心配そうな顔しなさんな。一度見つけちまったら放っておかねえよ。俺の寝覚めに悪いからな。……お前、何にもわかんねーんだろ? いくつか整理してやるから、とりあえず乗んな。その本も忘れずに持ってこいよ」
良い人そうだけどちょっと口調が荒い。付いていって大丈夫かな……
「あー……警戒してんのか。そりゃ良いことだけどよ、お前が見つけてくれーって手を振って来たんだろ? 人相で乗車拒否しちゃ不味いんじゃねーの?」
た、確かに。僕が自分で馬車に止まってほしいとアピールしたんだった。
「ま、別に取って食う訳じゃねーからな。何日か、整理付けたら自分の道を進ませてやるよ。このまま草原にいてもしょうがねーだろ?」
口調は悪いけど、この御者さんの言う事は至極真っ当なことに思えた。このままここにいても呆けてゆくだけで何もならない。とりあえず、この人を信じてみよう。
「じゃあ、お願いします……」
そう言って、僕は馬車に乗り込んだのだった。