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1話 不思議な邂逅

「えー、このように我々の世界は宗教的な戦争が多くあったわけだ」

 

 世界史の授業が終わりに近付き、気持ちが昂揚としてきた。今日の授業はこれが最後。この後は待ちに待った放課後だ。


 僕はこの春に高校二年生になった。

 部活には入っていないし、委員会にも所属していない。学校には勉強に来て、チャイムが鳴ったら帰る。その単調な繰り返し。


 授業の成績も、甘めに見積もって中の上程度。はっきり言って、クラスでは毒にも薬にもなってない。別に話し相手がいないわけじゃないけど、本当に仲の良い親友と呼べる友人も見当たらなかった。

 正直、今の学校でも、将来社会に出たとしても、僕には本当の意味での親友には出会える気がしなかった。

 きっと、ぬるま湯のように不感な温度で人と接していくんだと思う。


 まぁ、それは別にいいんだ。そんな僕にも、放課後には一つ楽しみがある。


 それが読書だ。僕は本が好きで小説ばかり読んでいる。今日も授業が終わったら早々に図書館へ行って、昨日読んだ本の続きを読むつもりだ。


 本を読んで、その世界に耽っているのが今の僕には何よりも楽しいことだし。


 宗教的な戦争がどうこう、なんて無宗教な僕にはあんまり関係ないや。


 やがて、待ちわびた鐘の音が聞こえると日直が挨拶を行い授業がようやく終わった。


 ここ、石山高校にはホームルームが無い。だから、最後の授業が終わった瞬間に放課後へ突入することになる。

 大抵の生徒は帰宅するけど、教室に残って話に花を咲かせている人もいれば、部活に向かう人もいる。

 勿論、僕は帰宅して町の図書館へ一直線だ。昨日入荷されたばかりの新書が僕を待っている。


 生憎、昨日は他の人が先に読んでいたので、僕の手に渡ってから全てを読むには時間が足りなかった。今日はその本をまとめて読むつもりなのだ。


 そそくさと荷物をまとめて自転車に跨がり、図書館へ向かうと十五分程で辿り着いた。

 普段は二十分程度かかる道のりをこれだけ短縮出来たのは、ひとえに信号に全く引っ掛からなかったおかげだろう。


 きっと神様が僕にあの本を読め、と神託を下しているに違いない。

 いや、あるいは僕が神様であの本を読むのが当然の結果なのかも……


 なんて、馬鹿な事を考えながら新書の書架を見ているとお目当ての本はしっかりと残っていた。


「やっぱりラッキー、今日はツイてる」


 あくまで、小声で誰にも聞こえない声で囁く。この図書館は割と利用者が多く、新書は禁帯出扱いだ。ひょっとしたら今まさに読んでいる人がいるかも、とも思ったが今日は神がかっている。

 何をしても上手くいく気がしていた。


 目的物を手にした僕は読書スペースに腰掛けると、早速昨日の途中から本を読み始めた。


「ん、このフレーズ好きかも」


 これまた口の中で声を出していた。辺りを見回すが誰も僕を睨んだりはしていない。唇はしっかり閉じられていたみたいだ。


 僕はその気に入ったフレーズを網膜に焼き付けるべく、文字が満遍なく見えるように本と眼の間のピントを調整する。


 比喩でも何でもなく、僕にはそう言う能力があった。


 巷でフォトグラフィックメモリーとか呼ばれてる、あれ。別に特別な訓練をしたわけでもなく、気付いたら普通に使えたんだ。


 文字であれ風景であれ、見たものを瞬間的に焼き付けることが出来る。

 だけどそれも回数制限付き。記憶しようとする量にもよるけど、多くてもたったの三回しか使えない。


 三回ぽっちじゃテスト勉強には全然足しにならない。でも、それ以上記憶しようとすると一番始めの記憶が薄れてしまってどうにもならないんだ。


 だから、こうして自分の気に入ったフレーズを目に焼き付けて、家に帰ってからメモに残すようにしていた。図書館の本なんかはコピー禁止の事が多いし、個人的には結構重宝している。



 小一時間程で、新書は読み終えてしまった。昨日の途中からとは言え、ちょっと速く読みすぎちゃったか。


 新書を棚に戻すと、僕は誰も来ないような古書の書架へと向かった。

 別に古書を読もうと言う訳でもなく、人気の無いこの場所で、読んだ本を反芻して余韻に浸るのが好きなんだ。


 そうして、誰もいないこの場所で妄想に耽ろうとした時、一冊の本が目に入った。


「あれ? なんかこの本、他のと色調が違う」


 その列にある他の本は濃い緑色を基調にしているのに対して、僕が見つけた本は赤を基調にした明るい、もっと言えば派手な本だった。


「誰か間違えて置いちゃったのかな……」


 一度気がつくともやもやしてさらに気になってしまうのは僕だけだろうか?

 今まで見たことも無い本に興味を惹かれ、手にとってパラパラと眺めてみる。


「外国語みたいだけど……何語だろう?」


 そこにはよくわからない文字の羅列と挿し絵が何点か、それ以外には何も付いていなかった。


「貸し出しの番号もないし、禁帯出の帯も無いや」


 何だか意味不明だけど、挿し絵に描かれているのは人間かな?

 何とか手稿みたいな本なのかなぁ?

 耳が狐みたいに長くなっているあたりファンタジー小説の仲間だと思うんだけど……


 ここで眺めていてもしょうがないし、一度自分の記憶にしっかり留めようとピントを合わせた瞬間、本が光始めた。


「え、えぇえぇ!?」


 独りでに流れていく頁に呆気に取られていたら、気付かない内に僕の回りにあった書架は見えなくなり、辺りは薄暗く何も無い空間に変わってしまっていた。


「こ、ここ、どこ……?」


 ぽつりと呟いたその声に返ってくる言葉はなくて、少し泣きそうになったけど、ずっしりと重たい本が僕の意識をその場所へ集中させてくれた。


「この本が原因……だよねぇ、どう考えても」


 相変わらず、返事は無い。

 でもこの本、さっきよりも重たくなっているような気がする。厚みは一緒なのに……どうして?


 キュイキュイ、キュイ……


 急に妙な音が聞こえて、慌ててその方向を見据える。

 さっきまで薄暗かったその場所に、のっそりとした白兎がボテボテと歩いて来ていた。

 兎なのにチェック柄の服を着て、モノクルなんか付けている。よく鼻からずり落ちないなぁ、なんてズレた事を考えてしまった。


 キュ、キュ、キュ……


 白兎が何か伝えようと鳴いているけど、僕にはわからない。兎の言葉なんて知らないもの。

 そんなことよりも、早くこの薄暗い場所から抜け出す方法を見つけなきゃ。


 とりあえず鳴いている兎は視界の片隅に置いておいて、四方を眺めながら光源を探したけど何も見つけることが出来なかった。はぁ……そういえば昼休みから何も食べてない。

 段々お腹も空いてきたし、ここで餓死しちゃうのかな。


「君は中々豪気だね。これで聞こえるかな?」


 不意に、兎が言葉を発した。低い、男性の声だ。表情はまったく変わっていないのでその内情は窺えないけど、明らかに日本語で僕に向かって話しかけてきた。

 呆気にとられていると、


「ようやく聞こえたようだね。延々と無視するなんてなかなか肝が据わっているじゃないか。さて、ようこそリドル・ワールドへ」


 なんて、不思議な単語を並べてくれた。

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