【5】
「むっ」
マリオンが目を覚ますと、何やら見覚えのある部屋にいた。しかし、宮殿の研究室でもいつものシャレット伯爵家の王都別邸でも、本邸でもない。少し考えて、一度だけ来たことがあるラリュエット侯爵家の客間であることに気が付いた。
「お目覚めですか、マリオン様。おはようございます」
ひょこっとのぞきこんできたのは、ラリュエット侯爵家の侍女のニノンだ。以前もマリオンの世話をしてくれた。
「おはよう……ってことは、やっぱりラリュエット侯爵家か……」
「はい。カロン様が抱っこで連れてきました」
つまり、前回お世話になった時と同じ状況だったと言うことか。マリオンはため息をついた。
「マリオン様、ため息をついてないで、お着替えしましょう。おなかすいてませんか? すいてますよね。着替えたら朝食をとりに行きましょう」
にっこりと笑ってニノンは言った。拒否しても連れて行かれるのだろうなぁと察したマリオンは、うなずいて素直に従った。
やはり、マリオンは着替えなどは持っていないので、前回と同じく嫁いだカロンの妹のドレスを借りることになった。ドレスと言うか、室内着用のワンピースである。空色のワンピースでなかなかの少女趣味であったが、意外とマリオンに似合っている。まあ、足首が見えてしまうのはご愛嬌だ。
「いっそのこと、あと十センチくらい切ってしまえばよかったですね」
とニノンが言った。微妙に見えているから変に見えるのであって、しっかり見えていればそう言うデザインであるとごまかせると言いたいのだろう。そのまま食堂に案内される。
「あ、マリオン!」
前回食堂の前であったのはカロンだったが、今回はその弟のヨアンだった。思わずマリオンも微笑む。
「ヨアン、お久しぶり」
「うん。学校に行く前にまた会えてうれしいよ」
ヨアンが弾んだ声で言った。いつ来たの? と聞かれて、夜中、としか答えようのないマリオンである。
「えっと。またお邪魔してしまいました」
ちょこっとスカートをつまんでおどけて膝を折ってみる。食堂にはラリュエット侯爵夫妻と、カロンもそろっていた。
「構わんよ。席に着きたまえ、朝食にしよう」
「……はい」
微笑んだブレーズに言われて、マリオンは以前と同じくカロンの隣に腰かけた。カロンも微笑んでマリオンの方を見た。
「おはよう」
「おはよう……またご迷惑をおかけしたようで」
と謝るマリオンに、カロンはからりと笑って言った。
「いやいや。こういうことでもないと君を連れ込んだりできないからね」
「妙な言い方しないで」
とっさにツッコミを入れつつ、マリオンはカロンの足を踏んだ。かかとで踏んだのだが、カロンは気にした様子もなく笑い続けている。ちょっとこいつがわからない。
「あ、そう言えばブリジットさんはお元気ですか? 次の健診は三日後の予定だったんですが」
思いがけず来てしまったので、ブリジットの都合さえよければ今日診察してしまってもいいかもしれない。ジュリアが嬉しそうにうなずく。
「その節はお世話になったわね。とても元気よ。前回の診察で動いていいと言われたから、少しずつ仕事に戻ってもらっているの」
「ええ。それがいいでしょう。長期間動かないでいると、どうしても体が動かなくなってしまいますから」
ブリジットの治療からまだひと月も経っていないが、術後の経過も良いので問題ないと判断したのだ。まあ、まだ無理は禁物だが。
「あ、そう言えば、ティエリ先生がゆっくり休んでから出て来いって言ってたよ」
「ええ? それ本当?」
カロンの言葉にマリオンは思いっきり疑わしげな声をあげた。だって、疑わしすぎるだろう。
「本当だよ。さすがにこんなところで嘘はつかないからね。疲れがたまっている状態で治療をしてもろくなことにならん、って言ってたよ」
「……まあ、そうだけど」
人を助けることは大切だが、自分が疲れていては正しい判断ができない。なので、よく休むこと、が、ティエリの教えの一つであった。
「そうしたらマリオン。わたくしとお話でもしてくつろぎましょう」
ジュリアがデザート用のスプーンを持ったまま手をたたいた。ヨアンが「ええ」と声を上げる。
「マリオン、僕と遊ぼうよ」
「えっと……」
唐突にモテることに慄くマリオンである。それを見てカロンが仲裁に入る。
「まあ母上もヨアンも落ち着きなよ。マリオンが困ってるから」
「あらあら。ごめんなさいね、マリオン」
ジュリアが眉尻を下げて言った。マリオンは「いえ……」と緊張気味に返す。
「その、私、こういうのにあまり慣れていないので」
「ご両親と仲が悪いのか?」
ブレーズに尋ねられるが、マリオンは「そう言うわけでもないんですけど」と苦笑するしかない。ブレーズとジュリアが目を見合わせた。何かを察したのかもしれない。
「ねえマリオン。一そのこと、わたくしたちと一緒に暮らす?」
かなり真剣な口調でジュリアが言った。マリオンは再び苦笑。
「そんなことをしたら、私が刺されちゃいます。女性患者が多いんですよ、私のところは」
女医が少ないから当たり前だけど。ヨアンを含めたラリュエットの家族がちらっとその家の長男を見る。主にこいつのせいだと理解しているのだろう。
そのカロンはけろりと微笑むと、言った。
「まあ、マリオンは面倒かもしれないけど母上たちの相手をしてあげてよ。午後に迎えに来るよ」
「や、私ももう行くわよ」
「いや、君は休んでいきな。働きすぎだよ、さすがに」
指摘されて、マリオンがむすっとしたのは本人にも自覚があるからだ。マリオンは多少は鍛えているが、やはり体力は女性だ。やり過ぎるとパタッと倒れてしまうかもしれない。ついでに先日の健康診断で貧血気味と言われたばかりだ。たぶん、寝不足のせいだけど。
「……じゃあせめて別邸に……」
「あら、わたくしとお茶が飲めないと言うの?」
「マリオン、兄上に勝てるようにチェスの練習に付き合ってくれない?」
なんだかジュリアとヨアンの要求が先ほどよりも具体的になっている。この二人、やはり親子だ。言うことが似ている。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
「よし。午後に迎えに来るね」
「それはいい」
喜んで言ったカロンにズバッと言い返しながら、マリオンはそんなことをしたら本当に刺されるわ、と思っていた。
「じゃあヨアン。僕に勝てそうだったら教えてね」
「絶対に強くなりますから!」
宣言しながらカロンを見送るヨアンであるが、カロンは仕事の関係もあって戦略ゲームには強いから、たぶん、勝てないだろうな、と思う。だってマリオンも勝てないし。
「そうしたらマリオン、ヨアン。お茶でもしながらチェスをしましょうか」
ジュリアがそう言ってヨアンとマリオンを連れて行く。ブレーズがうらやましそうな眼をしていたのは見なかったことにした。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください。先にブリジットさんの診察をしたいんですけど……」
マリオンが言うと、彼女の手を引いていたジュリアがため息をついた。
「マリオン、あなた、本当にまじめね」
よく言われるが、マリオンは言われるほどまじめなつもりはないので首をかしげてしまう。しかし、ジュリアはブリジットを呼んできてくれた。
「マリオン様!」
「ブリジットさん、元気そうね」
順調に回復している様子にほっとしながら、マリオンは昨日も劇場に持ち込むこととなった診療鞄から聴診器などを取り出し、診察を始める。いくつか体の動きなども確かめたが、ほぼ問題なさそうだ。
「運動はほぼ問題ないわ。でも、走ったり重いものをもったりするのはまだ禁止よ。それは、ひと月後の診察結果を見てからにしましょう」
「わかりました」
「本当は三日後だったのに、急に変更してごめんなさい」
「いいえ」
ブリジットはにっこり笑って首を左右に振った。
「私はいつでも大丈夫ですし、ようがなくてもいらっしゃってくれれば私たちはいつでも歓迎いたします」
「あ、ありがとう」
本当に何時でも歓迎してくれそうなブリジットの様子に、マリオンは少し引き気味にうなずいた。こちらもとりあえずいいだろう。次はひと月後だ。
そこからマリオンはヨアンのチェスの相手をしつつ、ジュリアのお茶に付きあった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
マリオンは長女ですが、どうしても回りが年上なので何となく末っ子気質です。




