【3】
何度も言いますが、この世界の医療は魔法ありきです。多少無理があっても、まあ、魔法だから、と思ってください……。
マリオンは王妃クリスティーヌの診察に来ていた。リシャールより七歳年上の王妃はおっとりと微笑んで診察に来たマリオンに話しかける。
「マリオン。いつもありがとう」
「いいえ。仕事ですから」
いつものようにマリオンが答えると、クリスティーヌも笑みを深くする。
「そう言えば、今日は弟もお世話になったようね。ありがとう」
「そちらも仕事ですし、リシャールは友達ですから。でも彼、ちょっとワーカホリック気味ですよ」
「ワーカホリック?」
「仕事中毒です」
端的にマリオンが答えると、クリスティーヌはああ、とうなずいた。
「陛下もそう言うところがあるわ」
ちょっと惚気られて、マリオンはおなかいっぱいである。
王妃クリスティーヌは、リシャールと同じく黒髪に青い瞳をした美女だ。しかし、美人度合いで言うならロシェルの方が上だろう。しかし、クリスティーヌにはさすが王妃、という気品がある。いや、ロシェルに気品がないわけではないけど。そして、条件だけみると同じはずなのに、リシャールとは言うほど似ていない。
「足の調子はどうですか?」
「大丈夫よ。ひねっただけなのに、みんな心配し過ぎなのよ」
と、クリスティーヌ、結構強い。マリオンは笑った。クリスティーヌは先日、石畳にヒールを引っ掛けて足首をひねったのである。その時はかなりの激痛だったらしいが、今ではすっかりいいらしい。治癒魔法もすべて使い、捻挫を治した。治療したのはマリオンである。捻挫はマリオンが専門とする外科とは少し違うが、基礎的な知識があるので見られないことはない。
「このまましばらく無理はしないようにしてください。今まで通り、歩くときは誰かについてきてもらってくださいね。次の診察でよくなっていれば、全治としましょう」
「わかったわ。本当に、いつもありがとう」
クリスティーヌは足首をさすり、痛くないことを確かめているようだった。マリオンにとってクリスティーヌはいい患者で、医者の言うことをよく聞いてくれる。一回り以上も年下の小娘の話を、しっかりと聞いてくれるのだ。まあ、リシャールの友人だから、というのが聞いている可能性もあるけど。
「やっぱり、女性の医師がいるっていうのはいいわね。たかが足首だけど、男性だと恥ずかしいし。それに、とてもかっこいいわ」
ニコリと微笑まれて、マリオンは頬が熱くなるのを感じた。
「可愛いところもあるし、あなたに見てもらいたくなっちゃうのよね」
「からかわないでください」
マリオンは唇をとがらせて言った。クリスティーヌはくすくすと笑う。アルファン公爵家はクリスティーヌとリシャールの二人姉弟なので、妹のようにかわいがってくれているらしい。リシャールの考察によると、そういうことらしい。マリオンが飛び級して十五歳で社会に入った関係上、どうしてもどこへ行っても妹キャラになるのである。
「アンリもあなたを慕っているし、陛下もわたくしに何かあると、『マリオンを呼べ』って言うし」
「……あはは。光栄です」
クリスティーヌは「少しお茶でも飲んでいかない?」とマリオンを誘う。王妃の開催するサロンには行けないマリオンだが、こうして私的にはお茶をすることもある。
「そう言えば、今年もまだ一度もあなたを社交界で見かけていない気がするわ」
「出ていませんから、当然です」
「でも、ラリュエット侯爵のご子息があなたをパートナーに誘ったって聞いたわ」
ラリュエット侯爵のご子息は二人いるが、長男の方か。次男のヨアンはまだ十三歳だから。
「……どこでそんな話を」
「カロン自身が吹聴していたわ」
それで王妃の耳に入るって……というかカロンは、確実に外堀をうめようとしている。
「……堀を埋められても、私は攻略されません」
「何の話?」
攻城戦の話です。というくだらない話は置いておき。
「あいつ、何をしたいんでしょうか?」
「うーん。ちょっとわからないわね。彼、読みにくいもの」
と、クリスティーヌが困ったように微笑んだ。ティーカップに口をつけた彼女は、「あ、でも」と話を続けようとしたので、マリオンは目を上げる。
「マリオン、軍人さんにもプロポーズされたと聞いたわ。モテるわね」
「あ~……」
即断ったから忘れていたが、そんなこともあった。あれは一応廊下だったし、目撃者にポリーヌがいたので、急速に宮殿に広まったのである。
「それ、たぶん、吊り橋効果ってやつだと思うんですよね……」
「前から思っていたのだけど、マリオン、世の中を斜めに見過ぎだと思うわ……」
王妃にちょっと呆れられた。だって、期待したら裏切られた時つらいじゃないか。
「王妃様。失礼いたします!」
女性近衛が敬礼して王妃の私室に入ってきた。クリスティーヌはどうしたの? と首をかしげる。
「は……っ。ドクター・マリオン宛に、魔法研究所から伝言が」
「なんて?」
「緊急を要する患者だそうです」
女性近衛の言葉を聞き、マリオンは立ち上がった。右手を左胸にあてて少し膝を折る。
「王妃様、御前失礼いたします。紅茶、おいしかったです」
「そう。またいつでも飲みにいらっしゃい」
クリスティーヌはそう言って快くマリオンを送り出してくれた。王妃の私室を出たマリオンは速足に研究所へ向かう。女性近衛もしばらくついてきたが、王族のプライベートスペースの境目あたりで、「お気をつけて! こけないでくださいね!」と言われつつ別れた。心配されているのか、ドジだと思われているのかちょっと気になるところである。
「どうしたの?」
「ああ、マリオン。よかった」
ポリーヌを含む看護師もいたが、声をかけてきたのはベクレルだった。案内された病室に入ると、若い女性がベッドの上で暴れまわっていた。腹が膨らんでいるので妊婦だろう。だが、産婦人科医のマリオンも初めて見る女性だ。
「どうしたんですか? 陣痛?」
「……だと思うんだが。破水もしないし生まれる気配がなくてだな……」
「了解。見てみます」
単純にまだ破水していない可能性もある。切迫早産も考えたが、臨月に入っているくらいの腹の大きさだ。マリオンは妊婦の額に手を当て、唇をひっくり返した。うん。ちょっと貧血気味。
「彼女、年齢は?」
「十六歳と聞いていますが」
「十六歳ねぇ」
マリオンより二つ年下だ。貴族では、この年齢で嫁いで子を産む女性も少なくはない。マリオンは女性、というか少女の腹に触れて触診を行う。彼女は透視能力があるので、これで大体の検査はできる。
「……うん。逆子ね。たぶん、産道を通れないわね……」
普通、子供が生まれるときは頭から出てくるものだ。頭を下にして母親の胎内にいるからである。逆子はその逆。足を下にしている。この場合、最後に出てくる頭が産道に引っかかってしまうケースが報告されている。
初期段階で気づけば、逆子を正位に戻すこともできるが、気づくのは難しい。おそらく、彼女を見た医師も見逃してしまったのだろう。
「帝王切開で子供を取り出しましょう。ポリーヌ。旦那さんに許可もらってきて」
「あ、いや、それが……」
歯切れの悪いポリーヌに、「何」とマリオンは尋ねる。
「彼女、離婚調停中らしいんです……」
「はあ!?」
またややこしい患者が来たな! マリオンは思わずベクレルを見上げる。
「いや、宮殿内で倒れたらしくてな……」
「臨月で宮廷に上がってくるってどうなの……ご両親は?」
離婚調停中の場合は、妊婦の親から許可をとることになっている。ベクレルが「それがな」と顔をしかめる。
「俺も帝王切開になると思って、一応聞いておいたんだ。そしたら」
娘の体に傷をつけるだと!? そんなことは許可できん!
と言われたそうだ。マリオンは呆れる。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうに……」
「先生! 意識レベルさがってます!」
看護師に言われて、マリオンは即決した。
「離婚調停中の旦那の方は? 話聞いてきた?」
「私が行ってきました。その旦那さん、結構いい人で。それで妻と子供の命が助かるなら、って言ってました!」
と、マリオンより少し年上の看護師が言った。マリオンは「よし」とうなずく。
「旦那さんの方が人間できてるわね。旦那さんに許可証にサインもらってきて。私はこのまま手術に移るから」
「了解です!」
何故その人のよさそうな旦那と離婚調停中なのか気になるが、まあ、聞いただけでは人間なんてわからない。ベクレル医師を補佐に付け、マリオンの緊急術式が行われた。
手術自体は成功し、無事に赤子を取り出して母体にも影響はなかったわけだが、面倒なのはその後だった。母親となった娘の両親と、娘の離婚調停中の旦那が全面戦争である。まあ、当然だ。しかもどうやら、娘の子は、旦那の子ではないらしい。
医師としては人命優先。帝王切開が一番、母子ともに無事である可能性が高かったとマリオンは訴え、その訴えは聞き入れられたが、娘の父親には傷が残ったらどうしてくれる! と言われた。ちなみに、魔法医療であれば、ほとんど目立たないくらいに傷跡を消すことができる。
旦那の主張としては、マリオンの言うとおり、二人とも助かる可能性が高い方に賭けるべきだったと主張。例え、妻の腹の子が自分の子ではなかったとしても、その子には何の罪もないのだから、生まれてくるべきなのだと、お前どんな人格者だ、という発言をした。医師であるマリオンもびっくりの人格者である。
ちなみに彼、二十五歳で大卒らしいので、マリオンの同窓生の可能性が高い。
術後の離婚論争に巻き込まれ、やっと解放されたマリオンは部屋を出た。手術より疲れた気がする。
「あっ。お姉様!」
何やら聞き覚えのある声が聞こえて、マリオンは目をしばたたかせた。マリオンより顔半分ほど小柄な少女がマリオンを見つけて駆け寄ってくる。
「やっぱりお姉様が執刀していたのね」
「あー、イレーヌ」
ふわりと黒髪をなびかせた小柄な少女。それは、マリオンの実の妹だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
マリオンは即断即決。




