【4】
マリオン視点かつ現在軸に戻ります。
マリオンが目を覚ますと、知らない部屋にいた。はっとして起き上がり、周囲を見渡す。眼をこすり、頭を振ってみてもやっぱり見知らぬ部屋だった。
「……どこ、ここ」
さすがのマリオンも、目を覚ましたら違うところにいると言うのは怖い。必死で寝る前の状況を思い出す。
確か、出産の手伝いに行って、帰りに歩いていたらカロンと会って……。
「……」
その後、カロンとご飯を食べに行った。慣れないのにお酒を飲んだから眠ってしまったのだろうか……カロンが一緒だったので、少なくとも変な場所ではないはずだ。
「お目覚めですか、マリオン様」
ベッドの中で頭の中を整理していると、侍女のお仕着せを着た女性が声をかけてきた。三十代半ばほどの茶髪の女性で、何となく感じのいい人である。
「えっと、おはよう」
「はい、おはようございます。マリオン様に置かれましては、どうしてここにいるか覚えておいでですか?」
尋ねられてマリオンは正直に首を左右に振った。すると、女性はにこにこしながらマリオンをベッドから立たせる。
「まず、自己紹介しておきます。私はラリュエット侯爵家で侍女をしております、ニノンと申します。マリオン様はうちのカロン様が連れてこられたのですよ」
やっぱりラリュエット侯爵家だったようだ。現在地がわかってほっとしたマリオンである。
「カロンが連れてきてくれたのね。あとでお礼言わなきゃ」
「マリオン様がぐっすり眠っておられたのでこちらに連れてこられたそうですよ」
「……うん。謝罪も追加しておく」
マリオンは苦笑してそう言った。迷惑をかけてしまったようだ。シャレット伯爵家も王都に屋敷があるが、マリオンはシャレット伯爵家所有の別邸に暮らしている。宮殿に近いので、通いやすいのだ。
「さあマリオン様。着替えをご用意いたしました。丈が足りるといいのですけど」
「あはは」
マリオンは背が高い。おそらく、一般サイズのドレスでは裾の長さが足りなくなってくるだろう。めちゃくちゃ背が高いわけではなく、一般女性より少し大きいかな、くらいなのだが、服を着ると丈が足りない。かといってオーダーメイドにする程でもないし……という微妙な身長なのである。
用意してもらったワンピースを着ると、やっぱり足首が見えていたが、こちらは自前の編み上げブーツを履いてしまえばあまり目立たない。
髪はとかしてハーフアップにしてもらった。そして、カロンに挨拶をしてそそくさと帰ろうと思っていたマリオンに、ニノンはにっこり笑って告げた。
「さて。旦那様と奥様がマリオン様と朝食をとろうとお待ちです。ご案内しますので、ついてきてくださいね」
「……え、待って。旦那様ってラリュエット侯爵?」
「もちろんですわ。ああ、夏休みに入りましたから、カロン様の弟のヨアンさまもおりますよ」
「え、いや、そうじゃなくてなんで朝食……」
一応、ラリュエット侯の息子であるカロンが連れてきたので、マリオンは客人と言う扱いになるのだろうが、当主が息子の客人に会うことなどめったにない。しかも、朝食、だと……?
「カロン様が連れてこられた女性に会ってみたいそうですよ。カロン様は、まあ、ちょっと女癖が悪いですけど、今までお屋敷に女性を連れてきたことはありませんから」
と、ニノンはにっこり笑う。カロンの女癖の悪さは『ちょっと』で済まされるレベルではないと思うのだが、マリオンはツッコミを入れている場合ではなかった。
「いや、私はいいから……お世話になりました!」
「ここでマリオン様が帰られたら、旦那様が残念がりますわ。カロン様にも叱られてしまいます」
ニノンは自分が受けるであろうことを口にし、ぐいぐいマリオンを引っ張っていく。食堂前と思われる場所で、マリオンはカロンと出会った。
「やあ、おはようマリオン。よく眠れた?」
「あ、うん。おはようカロン。昨日はお屋敷に連れてきてもらったみたいで、ありがとう」
「お礼を言われるほどのことじゃないよ。僕も飲ませすぎたかなぁって思ったし」
カロンが話しを聞いてくれるので、愚痴もたくさん言ったし、お酒もたくさん飲んだ気がする。
「……でも、本当にありがとう。じゃ、私はこれで帰るから」
「ほらカロン様。マリオン様ったらそう言って聞かないんですよ」
ニノンがカロンに訴えた。マリオンはカロンに手を取られる。振り払ってしまえばそれまでだが、行動を読まれていたのか強く手を握られた。
「朝食くらいいいでしょ。ほらほら、遠慮しないで」
「いや、私、侯爵に会うとかはちょっと……」
マリオンは往生際悪く言ったが、カロンは笑って大丈夫だよ、と食堂に連れ込んだ。
「あら。やっと入ってきたのね。なかなか入ってこないから」
「そうだぞ。一人で楽しむんじゃない」
カロンの母と父がそれぞれ言った。ラリュエット侯爵と公爵夫人である。当たり前だけど。
「あ、あの、お邪魔しております。昨日は失礼いたしました」
マリオンがぺこりと頭を下げる。貴族令嬢としてはスカートをつまむカーテシーを行うべきなのかもしれないが、十五歳から魔法研究所に属するマリオンは、貴族の社交界に不慣れなのである。
「どうぞ座って。遠慮することないわ」
侯爵夫人が微笑んでマリオンを促した。ほんわかした雰囲気だが、顔立ちはカロンとよく似ている。カロンの美貌は母親譲りらしい。
「ほら、マリオン」
「……」
カロンに手を引かれて、マリオンはカロン母の向かい側に座った。いわゆるお誕生日席に座っているカロン父の隣でもある。マリオンの反対側の隣にはカロンがいるので少し安心した。
カロンの向かい側にはカロンの弟らしい少年が座っていた。寄宿学校が夏休みなので、帰ってきているのだろう。それほどカロンと似ておらず、父親似だと思われた。
給仕が取り分けてくれる朝食を見つつ、マリオンは一応自己紹介した。
「ええっと。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません。シャレット伯爵家のマリオンと申します。ご子息にはいつもお世話になっております」
「おや、これはご丁寧に」
マリオンの右隣にいるラリュエット侯爵が微笑んだ。彼もさくっと家族を紹介してくれる。
「私はラリュエット侯爵家の家長ブレーズだ。こちらは妻のジュリア、次男のヨアン。十三歳だ」
カロン弟の方は年齢まで付け加えられた。
「こちらこそ、いつもカロンがお世話になっている。よろしくな、マリオン」
ニコリと人好きのする笑みを浮かべ、ラリュエット侯爵ブレーズは言った。マリオンは恐縮しつつ「よろしくお願いします」と答えた。優しそうな人でちょっとほっとした。
「マリオンはカロンと大学で会ったそうね。お話には聞いていたわ。とても頭のいいお嬢さんがいるって」
好奇心からか、ジュリアが興味津々で尋ねてくる。マリオンは首を左右に振った。
「いえ……大したことはないです。いつもカロンに助けてもらっていますし」
「カロンがあなたの役に立っているのか?」
「父上。それはちょっとひどい」
カロンがブレーズのセリフに苦情を申し立てた。面倒事を持ってくることもあるが、たくさん助けてもらっていることもあるので嘘ではない。
「マリオンはお医者さんだと言う話じゃない。うちの息子、手癖が悪いからやっぱり迷惑かけてるんじゃない?」
「あ~……えっと」
ジュリアに突っ込まれてマリオンは口ごもる。まあ、よく治してくれとやってくることはあるが、これは迷惑をかけられているのだろうか。
「まあ、確かによく怪我を治してもらいに行ってるけどね」
いつもありがとう、とカロンに微笑まれ、マリオンは照れ隠しのようにグラスを両手で持って水を飲んだ。
「いいわねぇ。頭が良くてお医者さんで、それにかわいらしくて。カロンにはもったいないくらいのお嬢さんね」
ジュリアは楽しげに反応に困ることを言う。ブレーズが苦笑して助け舟を出した。
「すまんな。こんなにカロンと仲良くしてくれる女性は少なくてな。ジュリアも、あまり質問攻めにしないように」
「あら。ごめんなさいね」
悪びれなくジュリアが謝った。まあ、ブレーズの言うことはわかる気がする。カロンは女好きという性格が災いしてか、『女友達』と呼べる存在が少ないのだ。
「マリオンさんっていくつなの」
そう尋ねてきたのはカロンの弟のヨアンだ。マリオンは「え?」と言いながらも答える。
「十八歳だけど……」
「ってことは、飛び級したの? 兄上も飛び級したけど……」
十八歳で大学を卒業していると言うのは、自分で言うのもなんだか驚異的だ。ヨアンがいぶかしむのも無理はない。
「……私は十五歳で大学を卒業したから……」
マリオンは控えめに笑い、ヨアンにそう答えた。ヨアンが目を見開く。
「すごい! 兄上よりすごい!」
こうして素直に感心されると言う反応は珍しい。マリオンはやはり反応に困って黙り込んだ。
それを横目で見たカロンが彼女に尋ねる。
「マリオン。今日仕事は?」
「え? あ~。特に何もないかな。往診も入ってないし、明後日の午後には会議があるけど……」
マリオンがそう答えると、カロンは「ちょうどよかった」と微笑む。
「僕も休みなんだよ。よかったら、一緒に出かけない?」
「……」
マリオンは目をしばたたかせた。カロンはにこにこしている。ちらっと見た彼の家族も笑っている。妙な威圧感を感じだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
気づいた人がいるかわかりませんが、マリオンは家族仲があまりよくなかったので、「親」という相手に拒否反応。




