【1】
新連載です。よろしくお願いいたします。
「だって、華奢なかわいらしい女の子が乱暴に連れて行かれそうになっていたのですよ?」
「うん」
「そんな子を放っておけないでしょう?」
「そうだね」
「ですから、わたくしは間違っていませんわ」
「そうだろうね。はい、腕あげて」
マリオンの指示に、そのプラチナブロンドの女性は素直に従った。マリオンは直した肩の具合を確認するために腕をとって動かす。
「痛くない?」
「大丈夫ですわ」
「よし。なら正常にくっついてる。問題ないね。それと、女の子が連れて行かれそうになって怒ったのはわかったけど、それでロシェルが怪我してたら世話ないからね」
マリオンが冷静に指摘すると、プラチナブロンドの女性……ロシェルはむう、とすねたような表情になった。
「わたくし、やっぱり男に生まれたかったですわ」
「そうかい」
「そうですわ。そうすれば、女の子を助けに入っても誰にも咎められませんし、それに、あなたを口説けますもの」
「はいはい。熱烈な告白だね」
いつものことなので冷静に受け流すマリオンだが、ロシェルは面白くなさそうだ。
「本気ですのよ? どうして世の男性はあなたの魅力に気づけないのでしょう。こんなに素晴らしい女性は他におりませんわ」
「おほめに預かり光栄だよ、ロシェル」
あいかわらず適当に返事をする。こうするのが一番良いとわかっているのだ。
「ほらロシェル。治療も終わったし、いきな。今日は王妃様のサロンに呼ばれてるんだろ」
「そうですわね……マリオンは行きませんの?」
「うん。行かない」
マリオンでは身分が足りないのだ。王妃のサロンに呼ばれるのは侯爵家以上で、しかも美人に限る。マリオンは第二用件は満たしているかもしれないが、第一用件を満たしていない。
いってらっしゃい、とロシェルを見送ったマリオンは、診察室の奥に続く研究室を振り向いた。
「行ったよー。そろそろ出てきなよ」
マリオンがそう声をかけると、奥の研究室から長身の人影が二人分、出てきた。どちらも男性だ。そのうちやや背が高い方はうなだれた表情で言った。
「今日も……言えなかった」
そんな彼に、マリオンは容赦なく言った。
「うん。いつものことね」
△
マリオン・ド・シャレットはシャレット伯爵家の長女である。長い黒髪にグレーの瞳をしており、理知的な美人だと言われることが多い。長身痩躯の女性で、王立魔法研究所に所属する魔法医である。大人びて見られることが多いが、実年齢は十八歳だ。
専門は魔法外傷外科、一般外科、産婦人科が主になるが、数少ない女性医師として、他にもさまざまな病なども診察する。子供を見ることもある。そのため、実のところは総合医に近いのかもしれない。
黒い魔法研究所の制服に身を包む彼女は、二人の男性と向き合っていた。リシャール・アルファンとカロン・ラリュエットである。二人とも、マリオンの大学時代の友人だ。
リシャールはアルファン公爵家の長男で、現在二十五歳。七歳年下のマリオンが大学時代の友人なのは、マリオンが飛び級で十二歳で大学生となったからである。青みがかった黒髪に青い瞳の怜悧な面差しの青年で、見た目通り硬い人間だ。
今一人、カロンはラリュエット侯爵家の長男であり、現在二十三歳。彼もマリオンと同じく飛び級で大学生になった口だ。栗毛にアイスグリーンの瞳をした美青年で、女癖が悪い。
なお、マリオンは三年で大学を卒業しているが、リシャールとカロンは四年で大学を卒業した。リシャールも優秀な男であるが、マリオンとカロンはその上をいった。
そこで、現状である。ここは診察室にもなるマリオンの研究室だ。そこに、三人はいる。マリオンは診察の際に自分が使う椅子に座り、リシャールはその向かい側の患者用の椅子に座っていた。カロンは時々使用する患者用の簡易ベッドに座っていた。
「はあ……今日も駄目だった」
「相変わらずのヘタレで私は安心したけどね」
「僕もつついてはみたんだけどね。言えなかったどころか、会えてもいないからね」
リシャールのつぶやきに対して、年下二人は容赦がない。マリオンは真顔だが、カロンはにやにやしてどこか楽しそうである。これはいつものことであるが。
「女性になんと話しかければいいのかわからない……」
「リシャール、緊張すると小難しい話をしだすからね」
うなだれるリシャールに対し、マリオンは容赦なく言った。そんな二人を見て、カロンがニヤッと笑う。
「いやぁ、それにしても驚きだよね! まさか、リシャールに運命の君が現れるとは!」
「運命云々は話しかけられてからにしろ気持ち悪い」
マリオンの痛烈さは、相手がリシャールであろうとカロンであろうと変わらなかった。
リシャールは見た目通りのお堅い性格の持ち主だ。怜悧な印象の端正な顔立ちをしているので、モテることにはモテるのだが、近寄りがたい雰囲気があり、本人も『モテるのがなんだ』というような性格なので、今までお付き合いをしたこともない、と思う。
そんな彼が恋に落ちた。相手は、社交界の花、この国が誇る絶世の美女、ロシェル・ベルナディスである。ベルナディス侯爵の長女だ。マリオンより二歳年上の二十歳で、そして、やはりみんなより早く教養学校に入ったマリオンの同学年の友人であった。
と言っても、マリオンは通常十二歳で入学し、十六歳で卒業する教養学校と、通常十六歳から十八歳の間に就学する高等学校を、十歳で入学、十二歳で卒業した人物であるので、実際にマリオンがロシェルと一緒にいたのは二年ほど。それでも、マリオンにとってロシェルは親友と言ってもいい友人である。
ロシェルは美人だ。絶世の美女だ。プラチナブロンドに淡い紫の瞳をした女性で、やや小柄であるが出るところは出た女性らしい体つきの人だ。リシャールでなくとも彼女に見惚れる人間は多く、同じ女性であるマリオンも男が彼女に惚れる理由が理解できる気がした。
しかし、彼女にはいろいろと問題がある。いや、取り立てて言うほどでもないが、彼女は男嫌いなのである。いや、正確には女が好きなのである。
偏見があるわけではないが、同性愛者ともちょっと違うらしい。とにかく、女性が好きなのだ。可愛いもの、きれいなものをめでるのが好きなのだ。そして、そんなロシェルにマリオンは気に入られている。
リシャールがロシェルに一目ぼれしたのは、冬のことだ。ロシェルがマリオンと出かけていた時で、初めはマリオンに声をかけようとしたらしい。しかし、声をかける前にロシェルに見惚れて動けなくなった。その日は雪が降っていて、雪の中にたたずむロシェルは天から舞い降りてきた雪の精にも見えたらしい。いや、これはマリオンが言ったわけではなく、リシャールが言ったのだ。
その後、マリオンはリシャールの「彼女は誰だ!」という襲撃を受け、恋心を聞かされ、そして現在に至るのだ。
マリオンはリシャールとも友人だし、ロシェルとも友人。なら、引き合わせることくらいはしてやろうと思ったのだが、いかんせんリシャールがヘタレだった。そして、ロシェルも男嫌い。うまく行くようには思えないのだが、そこはマリオンには関係のない話。とりあえず引き合わせたいのだが、今までうまく行かずで、すでに春。気づけばどこからか話を聞いてきたらしいカロンまで加わり、マリオン共にリシャールの覚悟が決まる日を見物している。
「だが……今日はたまたまだぞ! 覚悟が……!」
「いつも決まってないでしょ、まったく」
マリオンが呆れてツッコミを入れた。机に頬杖をつく。
「リシャール。あなた、ちょっとカロンに弟子入りしてきなさいよ」
「お、いいね、やる? やってみる?」
カロンが楽しそうに両手を広げた。リシャールは無言でカロンを見つめ、結論を下した。
「……私には無理だ」
「だろうね。私ならできる気がするけど」
マリオンにはできるかもしれないが、リシャールができなければ意味がない。まあ……。
「カロンの性格って、ロシェルは嫌いそうだからそれはそれでいいのかもね」
いかにも軽薄。軽い。そして、女好き。ロシェルも女好きであるが、カロンはいわゆる『女泣かせ』の方の女好きなのでロシェルは嫌うだろう。だから真似しなくて正解ともいえる。いや、よくわからないけど。
「……私は順当に行く……マリオン、女性に話しかけるときはどうすればいいんだ?」
「いや、私に聞かれてもねぇ。参考にならないわよ」
マリオンは少々一般女性の範疇から外れているので、参考にはならない。ロシェルもそうだが、方向性が違うのでやっぱり参考にならない。
「何言ってるの、リシャール。簡単じゃないか」
などと言ったのはカロンだ。スタッとベッドから降りると、入ってきた看護師の女性の手を取った。
「お嬢さん、たった今、私の心はあなたに、ったぁ!」
カロンがセリフを言い終える前にマリオンが彼を蹴り飛ばした。それからツッコミを入れる。
「どこの恋愛小説のセリフだそれは! 恥ずかしい! お前、誰彼かまわずそんなことを言うから後ろから刺されるのよ!」
ちなみに、カロンは本当に刺されたことがあるので、マリオンの言うことはあながち間違いではない。
「まったくだ」
リシャールも同意してくれた。そもそも、あんなふうに初対面の男に話しかけられたら女性は怖がるだろう。
「ごめんね、ポリーヌ。そこの男に悪気はないんだけど。悪気がないのが一番悪い、タイプの男なの。それで、どうかした?」
「あ……その」
顔を赤らめたポリーヌは咳払いをした。いや、多少物馴れた女性なら、美青年に口説かれたらうれしいのかもしれないが。
「先生。患者さんがお待ちなのですが……」
「そっか。リシャール。話は今度また聞いてあげるから、カロン回収して出てってくれる?」
かなり直接的に邪魔だと言われ、リシャールは悄然としてカロンを回収してマリオンの研究室を出て行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ロシェルは同性愛者ではありません。念のため。
マリオンは始めアルレットの予定でしたが、アルレット・ド・シャレットはないな、と思ってマリオンになりました。




