車輪について考えてみよう
「いいんかねぇ。こんな昼間っから酒飲んで」
「アルベルト殿。歓迎されたら受けないのは失礼に値します」
「酒は長寿の薬だ」
「何かを決めなきゃいけない会議だったらさすがに不謹慎ですけど、お話を聞くに荷台の事でしょ? 考えすぎるとハゲちゃいます。氷は好みで使ってください」
岩塩を軽くふりかけたドラゴンのタン。略してドラタンを口の中に入れて奥歯で噛み砕き、すぐさまウイスキーを一口放り込むように飲む。燻製にし余分な脂が落ちたタンには岩塩と強い酒があうと思う。
「濁りの無いいい酒だ。この酒はどこで売っていた? それと荷台の技術を買いたい」
技術といっても、普通に車に付けるのを買ったヤツにベルトを固定しやすくしただけだし……。どうしましょ?
「買いたいという事は報酬があるのですよね。私が直接荷台を売ってもいいんじゃないですか?」
「シュージ殿が作れる数は決まっているでしょう? それならば我々に技術を売って利益を得たほうが他からの妨害工作も無く現実的です」
妨害というのは国からか、それとも同業者のようなものからか。はっきり言わないところがいやらしい。
気になって工具を見ると、電源ボタンは僅かに光っている。電気は通ったままなのにファンタジーの世界の人が来たのか? 電動工具は……魔道具みたいな扱いか? あまりうかつな事は言えなくなったな。いろいろ確かめないと。
「材料さえあればいくらでも作れるのですが、今回はキチンと返してもらった事ですしそちらに花を持たせましょう。何が聞きたいですか?」
考えて行動するのが社会人として当然ならば、評価するのも当然のこと。良い上司はこれがすごく上手い。
ファンタジーが本当ならば、荷台も相手が悪ければバラバラにされて帰ってこない事もありえるんだし。
「助かります。断られたらどうするべきか考えるのが大変でして」
この人怖いからやだ。
「なあなあ、あの幅の広い車輪の周りについてるヤツって何なんだ? あれがのおかげで楽に動かせたんだが、何で動かせられたのか解からねえんだ」
「ああ。衝撃を吸収するのまでは解かる。ワシも布を重ねて巻いて似たようにしたが、動きが悪くなっただけで意味が無いだけだった」
口で説明するより現物見たほうがいいな。「ちょっと待ってて」と言って、運搬用一輪車。いわゆるネコ車を奥の壁から取ってきて、空気バルブから少しだけ空気を抜く。「え!」っと声がしたが、この方が説明しやすい。
「何ださっきの音は?」
「? ああ、中の空気が抜けた音。空気を入れて膨らましている。貸したやつだとゴムが厚すぎて衝撃吸収って事しか解からないからね」
押すと潰れる説明にちょうど良い硬さに調整して、ついでに引き出しの中から仮止めに使っている強力輪ゴムを用意する。
「これがゴム。伸びたり縮んだりするやつ。配合を変えると硬くなる。車輪の周りにあるのがタイヤって呼ぶんだけど、硬いゴムで出来たタイヤの中に丈夫な糸を網目状に入れています。今このネコ車は糸の役割を果していない状態だから動かしてみて下さい」
ネコ車に重石を乗せて動かすと、潰れた上に進行方向に山が出来る。
ちょうど柔らかい泥の上で重いものを引きずったようになる。
「何だこれ! 動かすとき気持ち悪い」
「ワシが布で巻いたヤツより動かしにくいな。何でこんな中途半端なもの使うんだ?」
「凹凸の無い地面でこのタイヤを使う意味は無い。でも、小石があったり溝があったりするから、適度に衝撃を受け止めるタイヤが生み出されたんだと思う。ゴムはさっき見ての通り伸びるから、外側の方に糸を入れて必要以上に伸びないようにしています。他にも中に空気を入れないで使うタイヤも出来てるけど、お金と技術の面で使ってないね」
線路のような限りなく平らな地面だったらタイヤなんか使わないだろう。
「シュージ殿。それではゴムの製法を教えてはくれますか?」
「ゴムは荷台の作り方じゃないでしょ? っていうのは冗談で、作り方は大体知ってるけど配合は知らない。もし同じのを作りたいのなら諦めたほうがいいよ。暑い地方にしか材料はないからね。代用品を考えたほうがいいと思うけど」
パソコンで調べれば配合は解かると思う。だけど、荷台の作り方だけしか今は教えるつもりは無い。少なくても教えている間は安全が保障されている。上手い事用事を作り出して町に出て、熊用催涙スプレーみたいなのを買って来ないと安心できない。
「プッ、こいつはやられた。確かに荷台の作り方を教えてっていったもんなー。カナンさんよ」
「……そうでしたね。材料までは明言していませんでした。私の失態です」
これで報酬しだいで答えは出すが、言いなりにはならないという態度を示せた。
「タイヤの条件になるもんってのは何なんだ?」
衝撃を吸収しつつ硬い物。自然由来で日本にあるんだったら江戸時代の人が大八車に使ってるだろう。
悩みながら、他にないか考えていると、ドラタンを見たときに思い出した。タンの皮を剥くときに鉋を使うくらい硬かった。それでも作り続けたのは意地だったのだが。
「ドラゴンの腸って丈夫なの? 別に他の生き物でもいいけど、空気を入れて……。硬い皮をタイヤの形にしてその中に腸を入れ、空気をパンパンに入れれば何とかなるか? 皮がすべすべだと地面を食い込まないから膠とかで溝を作ればいけるかもしれないな」
「あー。んー……。試した事はないがやってみないとわからん。アルベルト、心当たりの魔物は知らんか?」
「ほとんど捨てるからな。丸呑みする奴らは大体胃も丈夫だと思う。あっ! ワームの子供だったら皮でもいけるんじゃねえ? あいつら討伐してもほとんど金にならないけど、使えるのならギルドからの報酬が高くなる」
ドラゴンがいる時点であぶないファンタジーだろうとは思っていたけど、討伐とかギルドとかどう考えてもヤバイです。
でも、ワクワクも止まらないです。
どうしよう。猟銃を持ってる人は近所に入るけど、その人でさえあまり使ったことはないって言っていた。
ハバネロの粉末を用意するべきか? 日本で栽培できるのはジョロキアが一番辛いんだっけ?
ペイントボールみたいなのに詰めれば魔物はどうなるか解からないが、人には有効だろう。買い物のついでに買ってこよう。ついでにアンモニア水も役に立つのか?
「そうだ! ご飯の材料を買ってこないといけないから、ここで休んでいてください。この小屋だったら好きに見ていていいですが、道具はいじらないほうがいいです」
「私もお供しましょうか?」
カインさんが付いてこようとするが、派手な軍服を隣に買い物行きたくない。今は三時だから歩いていけば余裕だろうし、
「大丈夫ですよ。夕方までには帰ってきますから」
家のほうは狸が入ってこないように閉めてあるので、そのまま町へと向かった。