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お久しぶりです。

遅くなったのは後書きにて。

「ほれ、ボルドー。土産だ。いくつか調味料をもらってきたぞ。それに、調味料の作り方の資料もだ。……ただ、役に立たん」


 大きいもので醤油・味噌それに贈答用の鰹節・昆布、そして酒に味醂。小さい容器にソース・ケチャップ・ペッパーソース・豆板醤などなど。そして、メインとなる沢山の資料を机の上に置いた。


 王城の一室で、料理長ボルドーの私室。技術顧問のワシと同じく職人を束ねる立場だが綺麗に整頓されている部屋。あいつの部屋も資料なんかは『パソコン』にブックマークを付けているとの事なので、もしかしたらワシの方が異端なのかもしれん。


 修二のパソコンにはせいぜい『料理』『メカニカル』『雑学』のフォルダとその中に『写真』『動画』ぐらいしか分けていない(隠しフォルダーはブランクの手では発見されていない)が、検索スピードが圧倒的に違うので整理整頓されているように感じているだけなのである。


「ふむ。調味料などは腐りやすい物もあるし、原料が無ければ作れんからな。仕方あるまい。容器も気になるが、なぜわざわざそんな事を言うのだ?」


 ボルドーはプラスチックボトルを持ち上げるときにその柔らかさに驚くが、グライダーを王都で複製が上手くいっていないと噂を聞いていた。加工技術が桁違いだと聞いている。それよりも年単位で放置していたオリを集めたような醤油の黒い液体が、光を通すと澄んでいることに驚いている。


 土産の調味料と言って渡したからマシなんだろうが、初めて見たテーブルに置いてある醤油をかけようとしたときは、てっきり墨壺をメシにぶっかけるつもりかと驚いたもんだ。


「あそこは不思議な場所でな。こう……、難しいな。とにかく、向こうではその文字は読めたんだが、こっちに来てからは何が書いてあるのかさっぱりわからん。ほら……、お前にもあるだろ? 作り方を聞けば現物モノを見ないでも手順を想像できることが」


「ああ、確かにあるな。解体などの説明は大雑把だから経験で想像がつく。なるほど、言葉から想像するのと同じで、自然と理解してしまうというのか。言葉ではない会話のようなものだな」


「そう、ソレだ。あそこはいろいろ混じってる。個人の認識なんぞ世界が混じっている事に比べれば小さい影響かもしれんな」


 どちらも学者ではない。あるものを受け止め、それを利用するしか能のない個人だと解っている。世界の秘密は他の人に任せている。


「それで、お前は何をしている?」


 ボルドーが醤油の蓋を指で押し上げたり、上からつまむように引っ張っている。やりたいことは解るが何をしている?


「このかぶせている栓が抜けない」


「ひねれば開くぞ。それと、解っていると思うが栓じゃないからな」


 醤油といえば、角煮が旨かった。アイツはつけ過ぎと言っていたがたっぷりのカラシが鼻をつんと刺激してたまらなかった。なぜだろう? 急に炊いただけの真っ白な米が食べたくなった。料理とは単体で完成するものだと思っていたのに、主食とやらがいつの間にか根付いてしまった。うむ、確かふりかけも奥にあったはずだ。


 カチカチと音が鳴り封を切ったが、何を思ったのかボルドーは開けたり閉めたりの繰り返しをしていた。


「おめえはさっきからいったい何をしているんだ? そいつは豆から出来た調味料で塩辛い! シュージはやたらとよく使うが、それなりに合う」

 

 種類は覚えていないが豆と麦に塩らしい。汗をかく仕事をしている奴らには塩気が効いたやつより、この濃い味がたまらない。向こうで唯一覚えた料理が鶏肉に醤油とニンニクをしみこませたカラアゲなのだ。


 いつまでたっても先に進もうとしないボルドーに腹が立ち、醤油を奪い取って蓋を開け、少々手強い内蓋を引っ張って呆けているボルドーの手に少し垂らして口に押し付ける。


 ボルドーにとって醤油は、材料は知っているが配合が解らないタレを再現してもらうのに必要な原材料の一つなのだ。


「甘っ!ぅぐわぁ?! これは塩っ辛いぞ。豆を使ったら甘いもんだろうが! 水水! ふう、しかし……これは味も濃いが香りもいいな。あれだけ塩辛かったのに、水を飲むと口の中に残らない」


「塩辛いって言ったろうが……。そういえば豆乳ってやたらと甘かったな。豆ってすごいよな! そんな事よりコレを作ってくれ」


 土産とは別に個人で確保し、三分の二ほどになった焼き肉のタレを鞄から取りだす。報告用以外でこの料理バカに一番多くの土産を用意した理由がこれだ。


「これを再現してくれ。本来ワシはかじるような大きな肉の塊が好きなんだが、早く焼ける薄い肉でも旨い」


「ちょっ! 何やっている! まだ数日しか経ってないのに封を切って鞄なんかに入れるから! まったく、こんなに溢したな」


「違う違う。きちんと蓋を閉めればこぼれねえよ。大体、今渡したやつもこぼれて無いだろうが」


「さっき開けたのはロウか何かで封をしていたのだろう? よくわからんが動いたときに音が鳴ったし、その後は動きが良くなった」


「あれは……、何だろうな? 中を開けていないとかの証だったかな? 中にイージーオープン蓋?っつうヤツがあって完全に密封しているんだが安全性に滅茶苦茶こだわってる国だ。むしろこのプラスチックキャップってのでもそう簡単に液ダレしねえ」


 口より先に手が出るワシがお上品な訳がない。乱暴に扱っても平気なものだけを持ってきた。


 今だ蓋を真上に引っ張ったり回して開けたりするボルドーに飽きて、銀無垢のスキットルボトルからお気に入りの酒で喉を潤す。向こうのは美味いんだが喉を通った後の雑味が少なく、雑味を消すためにもう一口と思わないのが残念なのだ。一口で満足してしまうくらい美味くて、かっくらうには癖が足りない。


「技術顧問のボルドー。お前はこの蓋を作れるか?」


「なんだ? それは料理長としての依頼か? 出来ることは出来るが、ベアリングってヤツを作ってからだな。いいか? あっちの世界は回転を上手く利用する技術が多いんだよ。大体蓋なんか優先順位が低いだ―――」

「優先順位ならこちらの方が高い! これと同じことができるなら旅をしても液体が漏れることはないのだろが!」


「落ち着けバカ野郎! ワシは今まで旅をしてきたがこぼれたことなんてない」


 ものすごい勢いで胸倉を掴みやがった。料理人ってヤツは細かい仕事のわりにかなりの重労働で特に指先の力が強い。力自慢のドワーフでも真面目に対応しないと抜け出せないのだ。本気を出したら簡単に抜けられるが生死に関わる事でもないし、それ以前にボルドーのメシは旨いのだ。怪我をさせる事は酒のツマミが貧相になる。


 料理長は例外なのだが、王都にいる事が多いが拘束されるほどすぐには結果が出ないのが技術職。橋を作る奴らなんかは下手したら代替わりでも終わらない場所で仕事している。シュージのように新しいタイプの技術者が居れば聞きに行き他の技術に組み込めないかを判断するのも技術顧問の仕事なのだから、それなりに旅をしてきた。


「遠征だ、遠征。若い頃は軍事遠征に付き合わされたんだが、護られている状態でものんびりと行く旅とは違う。それにお前みたいな戦闘も出来る人じゃないからな。急いだときに栓をしっかりしたつもりでも外れたり、走り回ったときに栓が外れたりで悲惨な事が起こる。この蓋があれば漏れることもないのだろう?」


 密封されていないのだから漏れる事もあるのかもしれないが、どう考えても外れるようなイメージがわかない。水袋にだったら潰せば栓が抜ける方がすぐに想像できる。


「理解したか? ならこちらを先に作れるようにしろ」


「いや、しかし……。目に見える結果を出さんことには……」


「……」


「ちょっ! 止めろ引っ張るな」


 ボルドーは無言でワシの襟をつかみ、引きずっていく。何故か、あの家のちみっ子の扱いを思い出した。。










「急ぎで集まって貰ってすまない。この技術顧問に事の重要性を理解して、早急に広めてほしく説得の為に集まって貰った」


「あのボルドー殿。情報部の私がこの場に呼ばれる意味が解らないのですが」


 技術顧問のワシに料理長のボルドー、情報部のカナンに宰相マゼランに女官長のアンバーが集められていた。


 いや待て、このメンバー集めた理由が解らない。遠征ではないにしろ、裏側も使っている情報部ならば旅に関係があるが、宰相も女官長も専門外だろう。


「城の中でしか生きられない女の私に望む答えが導き出せるとは思いませんが、僅かながらの力を出させてもらいますね」


「困ったものじゃの。儂のように古い人間には専門外の事はなかなか頭に入ってこないのじゃが……」


「いえ、マゼラン殿はこの重要性に直ぐ気が付くでしょう。女官長殿には私が料理人ですからそれ以外の事に疎いので活用法を提案してほしい。宰相として普及した後の対応を考えてもらいたいのです」


 集められた理由がはっきりして、それぞれがホッとしている。


 ボルドーは普段から集団で仕事をしているせいか、こういった役目を与える事に慣れている。今度職人集会でやってみるか? どうもウチの連中は血の気が多い奴らばかりだ。


「あれを出せ」


 ズボンのポケットに入れていたスキットルボトルを取り出し皆に見えるように置くと、ボルドーが乱暴に掻っ攫い蓋を外して中身を出し、蓋を閉めた。


「 ? ふむ。儂には何が何だかさっぱりじゃ。女官長はどうかな?」


「そうですね。まだ若い……。三・四年ほど寝かせたお酒のようです。私は十年物のもう少しまろやかになった方が好みに合いますね」


 若いからこそ味わえる飲みごたえもある。そこは個人の好みだが、女官長が嗜んでいるなんて知らなかった。宰相もボルドーも驚いているが、ワシも同じ顔をしているだろう。


「儂は年を取ってから胃が重くなくなってなぁ。昔は喉を流れていく強烈な刺激が好ましかったのに、今じゃ飲み方のコツを忘れてしまって鼻が痛いときもある」


 とりあえず話に乗っかってきた宰相を先人が若者を導くような目で見つめて、


「酒精をなだめるには冷たい方がいいですよ。他には魔鋼鉄の杯で魔力を流すと体に馴染みやすくなりますよ」


 魔鋼鉄は鍛冶を得意とするドワーフが鍛え上げる合金である。その正体は結晶粒を整え魔力を流しやすくしたもので、原材料は同じなのだ。

 金属製の魔道具作りもドワーフが得意としているのも当然であるが、タリスマンなどは違う概念を基に作っているので魔法の知識を持っていれば簡単なものだったら誰でも作れる。ただし、望み通りの物を作るのはそれ相応の技術が必要で難しい。しかも金属製の魔道具を人間が作るのは魔力を通しやすい金属で魔法陣を作った後、別の金属で周りを覆うという手間がかかるし、その工程で魔法陣が崩れてしまう。ドワーフ以外が戦闘に耐えられる物を作るのは当分先になると考えられている。

 広まっていない理由はドワーフ自身も感覚のみに頼っているので、目で見る確認ができないからである。技術顧問であるブランクも日本刀の針型結晶などを知って自分たちの技術がどんな結果を出すのか初めて知ったのである。

 魔鋼鉄について研究している人間もいるが、結晶粒自体を確認していないので一向に進んでいない。


 そのような魔鋼鉄は金品を出せば、ある程度の物が手に入る。だが、杯などに使うのはいない。ドワーフでも味が変わったという人もただの気のせいだと言う人もいる。

 言い換えれば、半信半疑の売っていない趣味で作るような杯を持っている女官長はドワーフと同等の酒好きという事になる。


「女官長にはそれ以外の知識を頼んだのだが、さすがに予想外だな。カイン殿は…… あちらに行っていたので開け方は判るだろうから、お二人にボトルの蓋を力いっぱい引っ張ってみて下さい」


「ちょっと待て! イヤイヤ。開けるもは構わんが、力一杯は止めろ。こぼれたらどうする?」


 ブランクの魂の叫びを聞きながらも宰相は解っていて意図的に無視し、力一杯引っ張ったり、指が外れるときにボトルを大きく揺さぶったりしている。年を重ねれば落ち着いてくるとは所詮幻想にすぎないのだ。

 ふざけた事をやっているがボルドーがしていたように蓋を回すのを真似たときに、ほんの一瞬だけ目が鋭くなり女官長に渡す。


 女官長のアンバーは初めからふたを回し、凹凸を触ってから蓋を閉め、最後に軽く栓を抜くように蓋を引っ張って机に戻した。


 考える為にしばらく無言の時間が過ぎてからボルドーは「ご意見をお願いします」と答えを求めたが、いつも口火を切るきっかけの宰相がボトルを手元に寄せゆっくりと確認するように口を開いた。


「……あれば便利だと思うが、儂は具体的にコレを使いどんな利益が出るのかさっぱりじゃ。だがな、料理長は『真っ先に』と言ったのはどう言う事じゃ? 同時には進めることができないのか?」


「これがその完成品だ。おっと、ただの部品と思うなよ。このボールベアリングってのは…… そう! よく回る! よく回るから軸受けの遊びを少なくできてガタが少ない。当然耐久力も段違いだ。そうだな。こっちの幌馬車ぐらい大きさのを一人で押すことができたな。他にも水車や糸車なんかにも利用できるぞ」


 ブランクは真っ先に作るために、弟子達に仕組みを理解させる為ラップの芯にビー玉と厚紙で作ったボールベアリングの模型を取り出して説明を始めた。

 修二が所有していた作業用の軽トラでも、サイドブレーキなど負荷がかからなければ片手でも簡単に押せる。また、回転させるには動く部分が必要でありボールベアリングが無いと隙間を遊び(隙間)を作る必要が出て、それが振動の原因の一つとなり全体を劣化させてしまう。


「幌馬車を一人でか……。ふむ、あの空飛ぶ道具を知らなかったらどんな魔道具を使っているのか気になるところじゃが……。仕組みは分かったが、儂の頭ではどういう計算があってこうなるのかが理解できん。で? この球体をお主は作れるのか?」


 真球は概念だけの物。それも、消耗品であるボールベアリングは同じ大きさで球体の物をそろえないといけない。

 修二のいる現代とブランクのいる世界は、小物入れやタンスなどでの優劣は好みなどにもあるが差はない。刃物などドワーフの魔法がある分ブランクが打った方が品質はいいが、工業製品など均一なものが必要なら修二たちの方が有利である。そして、ベアリングの玉はこういった製品を作り続けたノウハウがある為ブランクが教わりに行ったのだ。


「もちろん! 石臼の上下に半円の溝を渦のように掘り研磨しながら回すだけだ。少しずつねじれができて、これなら上下だけ削れるいびつな球体ではなくなる」


 今まで魔力を均一にするため水晶などを球体にしていたが、大きさを揃えると形がいびつになり、形を整えるとバラつきがでてしまうので複数揃えるのは難しかった。その結果一つの装備品に複数の水晶を入れ、使用者に違和感がなく利用できるのはかなり高価になる。


「なるほどのう。では、この蓋はどうやって作る?」


「他にもボトルをいくつか持ってきてあるからそれを金型にすればいい。どうしても新しく欲しいのなら鉄の棒に三角形の紙を巻き付け辺の部分に傷をつけて、後は段差のあるヤスリで同じ深さの溝を作れば金型の原型ができるぞ」


 ネジの起源ははっきりしていない。日本に入ってきたのは火縄銃の尾栓と共に入ってきた。だが、本格的に日本で使われ始めたのは鎖国が解かれてからになる。それまで細工物は金属を使わない事の方が職人の腕なのだと言わんばかりで技術を発展させた。同じような理由でブランクたちも楔や木組みで事足りたのだ。職人たちが使う工具に板錐やドリルに近いものがある為栓としての役割に気が付かなかったのだろう。


「どちらも設備さえ整えば量産できる。だが、現物を理解しているのはお主だけじゃな?」


「ですな。どんな道具を使えばいいのか? 何を気を付けるべきかは何度か試したワシの頭の中だけだろうな」


 構造を理解してもらう為のモデルは作ってあるが、玉の回転による摩擦が増えないようする保持器の存在は入れていないし、玉がつぶれないよう溝も入れていない。基本構造だけで作ってみたら成果が得られなく失敗したなどとは目も当てられない。

 それ以上にブランク自身が作ってみたいのである。ある意味、修二のDIY精神が移ったのかもしれない。


 どちらも日常的に使う技術で緊急性がない。完成形が見えているが、そこにもっていくには失敗も含め時間はかかる。マゼランはどちらかを選ぶのに決定力が無くて答えが出せなかった。そんな中女官長のアンバーは悪戯を見抜いた瞳でブランクに声をかけた。


「私は大きさの異なる蓋を欲しいですね。例えば塩を保管に乾燥させた火口ほくちが湿らないようにする容器。水が漏れないのなら入ることもないですよね?」


「……」


 ドワーフは酒が好きである。一日の終わりにがっつり飲むのはもちろん。作業の気分転換に軽く一杯。これが当たり前。できればそれに合うつまみも厳選したい。


 日本語に直訳訳すと『命の水』の名前は、アクアビットはもちろん。フランスではブランデー。イギリスではウイスキー。ロシアでは略されたものがウォッカになる。人でさえ酒をそのように呼んでいるのだから、ドワーフの血液の半分はアルコールで出来ていると言われても仕方がないほど酒を飲む環境にこだわる。


「後で責められても聞かれなかったからと、できるだけ情報を少なくしたんだがな。女官長の欲しいモノはこれだろ?」


 青唐辛子を齧りながら強い酒を飲む。修二が何処でいつ聞いたかも覚えていない飲み方をブランクに試させた結果、見事にはまってしまいハラペーニョのピクルスを持って来ていた。


「お前が野菜を食うだと。何があったんだ?」


「うるせえ。ワシは虫じゃないんだ。葉っぱや細かく刻んだのなんか野菜と認めん」


 ピクルスだけでなく新生姜の甘酢漬け、きゅうりのピリ辛醤油付けなど、味がはっきりして歯ごたえがあるものばかりを持ち帰ってきた。意外とお金持ちのブランクにとって、食べたときに音の出る野菜は好みに合うものだった。

 ガラスの透明度に驚いた様子だが、一か月以上それに慣れたブランクの前ではそれぞれ驚きを隠し見栄を張っている。アンバーだけは素直に「綺麗ですね」と一言があった程度だ。


 そんな中、今まで黙っていたカナンが手をあげ、


「私の個人的な意見ですが、この蓋は……、ネジはとても有意義でしょう。シュージ殿が使う道具は理屈さえ理解できれば誰でも出来るらしいです。本人は専門家ではないと言っていましたが、専門家が何人いてどれほどの知識を利用しているのか全く解っていません。ブランク殿、水樽に蛇口をつけることは可能ですか?」


 行軍などで水分補給の際に、安全な水を配給するために専用の荷馬車を使う。貴重な水を分けるときには大きな樽の上蓋を外し、一人分ずつ汲まなくてはならない。当然こぼれることもあるし、使い切ることも難しい。しかも、突然の魔物との戦闘の可能性もあるので、安全を確認するまで蓋が開けられないのだ。他にも嵐の中で飲み水の蓋を開けたがらない。他にも兵士の食事に使うのも手間がかかる。


 ブランクを除けばカナンが唯一修二の家で様々な道具を見てきた。だからネジも知っている。


 情報部の性質上専門家ほどではないがある程度技術の系統を判断することができる。ただ、何故そうなるのかまでは理解が及ばない。


「蛇口蛇口……。上下に動いていたから水門と同じ? だが、下に向かって開くのなら、あんなに首が長くなくてもいいはず。水が上に行って横に行って下に落ちる。何のために面倒な仕組みを? 最適化するような奴らだから、何か意味が……」


 技術の継承者なら職人の方がブランクより上の人も数人いる。それでも技術顧問になれたのは、問題を解決する発想とそれを形にできる腕があるからなのだ。


「おそらく……。恐らくだが、水の勢いを弱める為の仕組みだろう」


 ブランクは自分で確かめたわけではないのが間違いないと目が訴えている。


「あの者達は賢い。そうだな、ワシらの世界では魔法の才能のない人達の……。戦力として劣って、違うな。戦力の幅の少ない人がワシの想像をはるかに超える手段を得ている。いくつもの国を跨いで声を届ける事ができる。人が動くと勝手に扉が開く。掃除を簡単にする道具がある。ものすごく焦げにくいフライパンがある。いくつか魔法で同じことを再現できそうだが、魔法を使わない理屈を最初に発見した奴は相当切れ者だぞ。その分魔法を使えるワシ等としては恐ろしいのだがな」


「ふむ……。味方にするにせよ敵にするにせよ、此方には来れないのがお互い幸運のようじゃな。取り込めるか?」


「シュージ殿はそういった事に疎いようですが、その考えは危険です。今は世捨て人のような生活をしていますが、飛行道具を簡単に手に入れられる事からツテはあるはずです。そういった情報がない以上、賢者と呼ばれる方々と同じ着かず離れずがよいのではないでしょうか?」


「おい待て。あいつの知識。いや、ワシはあいつらの知識が欲しい。お前には考え付くのか? 安全な乗り物を作るには、脆い部分を作って衝撃を減らすという考えが!?」


「ならば! ならば用意できるのですか? そもそも飛行道具の報酬もこちらが勝手に渡しただけの事。シュージ殿が望んだのは簡易結界とタリスマン程度。もし魔法を解析されたら……」


 情報部の中で多くの断片的な情報を集め繋ぎ合わせ、報告するのがカナンの仕事。短い時間で修二の凝り性を見抜いていた。

 一度修二の家に滞在したときに、ペットボトルなどのゴミを回収し類似品を探してはみたが、似ているモノや原型となりそうなモノはあったが個人が手を加える程度で製品として作られていなかった。そもそも、容器は新品と交換するものも多く、改良すると容器も買い取らなくてはならない方が多かった。


「あいつは堂々とワシの前で魔道具の研究してたぞ。まぁ、うまくいってはいないようだがな。そもそもあいつは面白そうだから作る。作ってみたいから調べる。賢者なんて大層なもんじゃなく、職人連中ワシらに近い。……まあ、おだてると調子に乗りやすいがな」


 面倒だと言いつつも、修二が気にしている注意点を上手く突けば作業中でも多く口を動かし、当たり前と思っていることを聞けば邪魔だから出て行けと言う。職人に近いが趣味人と言った方がよかった。


「ほう。ならば、何人か送ってみるもの手の内じゃな」


「やめとけやめとけ。弟子もどきは受け入れたが、ほとんど役に立ってない。全部自分が気に入るようにやってるからな」


 苗を植えるうねを作る時も太陽の高さを計算して、森の陰に隠れないよう計算している。ちょっと神経質かと思いきや、料理などは目分量でドバドバ入れる。結構いい加減な男が修二なのだ。


「殿方はこだわりを持たないと魅力が半減しますよ。仕事や生活に直結しなければ可愛いじゃないですか。

 それに、その水の勢いを弱める蛇口は欲しいですね。水瓶の底に魔法袋の転移先を指定すれば、多少移動しても使えますから」


 アンバーは「子供の頃水運びが大変でズルをしたのですが、勢いが強すぎてびしょびしょになって怒られてしまいました」と恥ずかしそうに笑った。


 その場にいた男たちは唖然としていたが、マゼランがゆっくりと笑い出すし、


「そんな使い方は考えてもみなかったのう。この話し合いの答えにはなってはいないが、弟子入りさせるより頭の柔らかいやつを育てるべきじゃな」


 会議を答えを出さず、うやむやのまま終わらせる気で扉に向かっていった。


「そうそう、その蓋を作るのならば、薬師に話を通しておくのじゃぞ。飲み水と間違ってしまったら大変じゃからな」


 作ること専門のブランクには考えてもみなかった事に「調整が大変じゃな」と言いながら今度こそ本当に去っていった。最高位の補佐官である宰相の名は伊達ではなかった。


「参りましたね。私はこの蓋は広めるべきだと思っていましたが、用途別とは思いつきませんでした」


「だな。山の間隔ピッチを変えなきゃな。これじゃ、そのまま使えんな。一から作るか」




お久しぶりです。

言い訳など聞きたくないという人は、読み飛ばしてください。


ねじの原型は世界中に古くからあります(それこそ紀元前から)が、一般に広まった(規格が統一)のはレオナルド・ダ・ビンチあたりだそうで、千年二千年かけてやっとだそうらしいです。

考えはあっても広まらない。または、アイディアの芽を摘み取ってしまうのがこの話の舞台です。

(ネジ蓋の構想はあるけど、個人が適当に作ったからリサイクルに向いてないからやめろ!となる)

江戸時代に円周率関係の事を利用した計算があるらしいが、その一門だけの学問で一般には広がっていない為、学問としてはどうよ? と、同じ感覚です。


現代の物教えた→サイコー ではなく、

現代の物教えた→この手段だったら広がっていたのに…… にしたいため、無理のない理由ばかり考えてました。

思いついたら意外と単純だったり……


次回は今回調べたことを生かし、環境と発展についてです。

ものすごく気長にお待ちください。

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