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実際に使うと別の問題が出るものです

「なんだお前もいたのか?」


「リジャールさん……。いい加減にしなさい。セリーちゃんが居るんだからアル坊も居るに決まっているでしょ。あっ、これつまらないものですけど」


 長身のエルフと頭身のバランスが良い肉体に獣耳でふっくら尻尾の女性が、即席のレース場でタイムアタックをしていたところに現れた。


「ケイちゃんにリー君!! 見て見て! これすっごく楽しいよ」


 セリーは機体の中心に浮力を得るために一つと、後方に推進力メインを一つ。体重が軽いからこそ出来る配置で他は全部機体の前後でバランスをとっている。レースを開催するときには選手の最低体重を決めて、階級を決めなくてはならなそうだ。

 他にも地面からの風を受けるのに、スティルス戦闘機のような三角形の機体の両翼に二つ付けたりもしたが、短時間で決まるタイムアタックではサーフボード型の方が有利であった。


 もっと良いものを作ってほしいと言っていたセリーが一番夢中になったのは、単純な飛行魔法では今までの使用者に勝てないと気が付いたからである。


「これはこれはご丁寧に。えーと、どのようなご用件でしょう?」


「セリーに呼ばれてきた。それと、前は直接顔を出さなくてすまなかった」


 頭を下げられても何の事なのか覚えていなかったが、獣耳を持つ女性が説明してくれた。


「えっと、ほら。妖狐の一族もそうだけど、エルフも珍しくてね。面識がない人と会うときは用心しないと奴隷にされてしまうことがあるのよ。あのときもヒントを与えて一日経ってから、『ああ、貴方は違うんだ』そう思ったくらいなの。疑ったりしてごめんね」


「ごめんなさい。あのときの事よく覚えていないんです。その後が楽しくて、印象に残っていなくて」


 顔を出さなかったと言われれば、確かフード被っていたような気がする程度しかなかった。それにあの頃は怪しい人達と思っていたが、アルが来てからはファンタジーの人達で、特に害はないので忘れていた。 


「よっ。やっと来たな。リルが居なかったらシュージの計画が成り立たないんだ。シュージ、こいつはリジャールなんだけど、長いからリルでいいぞ」


「ケイちゃんケイちゃん。わたしが一番速いんだよ」


「タリスマン作ってくれよ。寝てる間に疲れが取れるくらいでいいんだって、エルフってそういうの得意だろ? 依頼としてシュージがお金出すからさ」


「……貴様ら……少しは静かにせんか!! 大体何なんだお前は? 貴族だったけど抜け出しただと? 馬鹿じゃないのか貴様は。頭のわりに常識が抜けてると思たらクソ貴族だったなんて知らずに仲間になってしまったよ。まったくふざけんなと言いたい! セリーだって変態クソ貴族に言い寄られてただろう? もう貴族と関わらないって言ってただろうが!」


 この二人の能天気なはしゃぎっぷりに少しばかりキレたようだ。








「それで、少しは落ち着きましたか?」


 最近人口密度が高くなってきた居間にて緑茶と各種浅漬けを出す。

 さすがにこの人数だと椅子も揃わず予備のちゃぶ台を引っ張り出して、テレビの前のテーブルにくっつける事になるのは仕方が無い。 


「リー君って真面目ちゃんで怒りっぽいんよねー。長生きしているんだからもう少しオトナの余裕が欲しいよ」


「セリーは少し黙ってろ。確かシュージ殿だったな。貴方の好意を疑ったりして申し訳なかった。何か力になれるような事があったら言ってくれ。出来る限り力になろう」


 何を言っているのかよくわからない。いや、『奴隷にされる』で予想はつくが、何もしない事がそんなに重大だとは修二は思っていなかった。

 荷台キャリーを貸しただけなのに……。そもそも、ドラゴンの舌なんて食べたことなかったから、冗談でもそれだけで十分だった。


「リルは固いよな。シュージは気にしないぞ。ケイの姉御も手土産なんて気にしなけれないいのに」


 アルはせっかく席を準備したのにお茶とカブの漬物とセリーを摘み上げて、窓際に座る。大抵のものは喜んで食べるが、漬物にしたナスの歯応えは向こうの人は総じて苦手らしい。


「はぁ、まったく。貴方達はそんなに汚して、二人とももう少しオトナになりなさい」


 見事な返しに、セリーは「ぐはっ」と胸を押さえ倒れて、アルは頭をかいている。


 実際二人とも汗だらけのうえ、コースギリギリを攻めるのだからときたま転倒し汚れがシミになっている場所もある。

 説明していたころの否定的な意見をひっくり返し、夢中になって遊んでいた。


「宿じゃないのだから自分たちで洗う事。いいですね?」


 アルが姉御と呼ぶ理由が解った。どうやらこのパーティーのお姉さん役であり、逆らってはいけない人のようだ。


「はーい。ほら、アル君洗濯に行くよ」


「あら? 珍しく聞き分けがいいですね。何かあったのですか?」


「何かあったんじゃない。ここにはあるんだよ。シュージ洗濯機借りるぞ」


「うん、ダメ。せめて泥は落とせ。洗濯機が壊れる」


 普段使いのドラム式洗濯機はもちろん作業服用の二層式でも、そのまま突っ込むと隙間に小石とか入ってしまいそうなのだから拒否は当然である。


「ブランクさん。一斗缶の蓋が外せるやつにこれ位の穴をあけといてもらえますか?」


 親指と人差し指で出来るだけ大きな丸を作り見せる。蓋は無くてもいいのだけれど、あった方がやり易い。


「ん。ホルソー使ってもいいのだろ?」


 ブランクは滞在中に技術を盗むのではなく、既製品を漁る事に考え方を変えた。

 科学を覚えるには時間が少なく、慣れ親しんだ修二さえも何から教えればいいのか解らなかった。だからブランクは教わる事を諦め疑問に思ったことを説明してもらう方法に変えたのだ。


「アル坊、洗濯機とは何ですか?」


「ん? ああ、また忘れてた。ここは別の世界と重なってるんだ。で、シュージは別の世界の人間なんだ。で、洗濯機ってのは起動させれば汚れを落としてくれる便利なキカイ? ってやつ」


「シュー君また忘れてた」


「お前だって忘れていただろうが!」


 一瞬エルフと妖狐の二人が鋭い眼を向けてきたが、おそらくエルフの『迷いの森』と同じだと気が付いただろう。妖狐一族も同じなのかもしれない。


 色々と細かい説明はアルに任せることにして、目的の物を取りにお風呂場へ向かう。


「で? なんでついてくるの?」


 そんなに広い場所じゃないのだからついて来たって入れないのに。


「洗濯機は見た方が早いだろ? アレはすごいぞ! 箱に入る大きさの洗濯物なら大きかろうが小さかろうが綺麗にしてくれる。手洗いだと見落としってのがあるからな」


「アル坊は今まで洗濯した事ありましたっけ?」


「この馬鹿はなかったな。結局は貴族根性が残っていたってことだ」


「もう……、いい加減にしなさいリジャールさん。これ以上の侮辱は生まれに対する侮蔑です。貴方が貴族を嫌っているのは仕方が無いですが、少し前まで一緒に馬鹿騒ぎをしていたのをなかったことにしないでください」


 ファンタジーで『奴隷』『貴族』『エルフ』も三つを使って文章を作れ。こんな問題が出たら、捻くれない限りほとんど正解するだろう。『エルフ』が『獣人』でも可。


「(面倒なことに巻き込まないで欲しかったんだけど)」


「(いやいや、元々貴族は指導者だったから自分の血筋は嬉しいけど、実際にろくでなしもいるからな。反論したら、そういうところも否定しなくちゃいけなくなるだろ)」


 アルにとっては貴族には発展させた指導者への誇りと汚点のの両方があるらしく、『自分は貴族と違う』と反論はしたくないらしい。


「エルフだって私から見たら微妙に賢い貧弱な種族なのよ。魔法なんて虚弱体質をごまかして何とか生きているって言われたいわけですか?」


 妖狐もそうだが獣人の血を引く人は筋肉の質から異なっているらしい。

 成績の良い陸上選手などはアキレス腱が長いとの事なので、エックス線やMRIで調べた結果でもないので筋肉自体が違うのか、骨格が違うのかはまでは解っていないが、とにかく力が違う。


「不愉快にしたのなら詫びよう。だがな、この馬鹿が黙っていたことが腹立たしいのだ」


「リー君。ツンデレって言葉知ってる? リー君みたいなのを言うんだよ」


 日本のオタク文化をあまり広げないでほしい。


「くだらん。しかしここは……。湿気が多いな。換気の悪い所に水瓶を置いたら水が腐るぞ」


 夏場だともっと換気を良くしておけばよかったと思い、冬場だと防寒を考えればよかったと思う場所のお風呂場に着いた。立派な温泉施設でも脱衣所の湿気の多い空気が嫌いなのだが、どこか良いモデルはとなる施設はないだろうか?


「腐らないよ。それに、シュー君の国は水が豊富なんだよ。ただ、湧き水に比べると飲んだ後口の中がシブイ感じがするけど、お腹を壊さないように薬を入れているんだって。安心してガブガブ飲めるよ」


 豆知識らしいものを披露しているが、海外でも水不足の場所に行ったことがない修二には今一実感が出来なかった。


「で、シュージはなんでここに来たんだ?」


「これ。お風呂を混ぜる湯かき棒。これが必要なんだよ」


 修二を除く全員がなぜ必要になるのか忘れていた。


「洗濯だよ洗濯。アルとセリーが汚したんでしょうが!」


 腕白少年なんか目じゃない位に泥だらけなのだ。洗濯機に良いわけがない。しかもこういう時に修二はピッタリの方法も知っている。昔教わったやり方だ。


「はぁ、ブランクさんも終わっているだろうから行きますよ」







「さて、フォル。洗濯すると汚れが落ちる?」


「え? えっと、食器と同じで汚れたものを水で洗い流します。揉んだり叩いたりするのは糸の中の汚れを出すためです」


 教育と洗脳により下宿している人は突然始まった寸劇のような青空教室に何の疑問も持たないが、新しく来た二人はついてきていなかった。


「ん? ねーねー。擦れば落ちるんじゃないの?」


「それは洗うと言わないで、こそげ落とすと言います。媒体に液体を使うのを洗うと洗濯になりますね」


「だよな。ちみっ子が言ってるのは洗濯より、研ぐとか削るに近いんじゃないか?」


「あー。納得したけど……。今までシミになってた所擦ってたことあるじゃん。あれは何だったの?」


「あるある! 見たことある! ホントだよね。意味がないなら早めに言ってほしかった」


 後ろから「あらあら、こちらに来てからやっていたなんて、信じられませんね」と、まったく信じていない声が出ていた。もちろん、聞こえた人は誰も信じていないし、期待すらされていなかった。


「そろいもそろって馬鹿かお前らは! あれは擦るものではなく揉むものだ。貴様らにやらせたら日が暮れてしまう。さっさとその服を貸せ俺が洗濯する」


「泥汚れが落ちれば洗濯機を使いますので、そんなに時間はかからないですよ。それに、理屈さえわかれば、そちらでも出来ます。この方法さえ知っていればすぐ終わります。ですので、その理屈を考えるためのやつです」


 一斗缶に水とアルから剥ぎ取った上着を入れる……。ポリバケツの方が大きさ的に良かったのかもしれない。


「服は布を縫い合わせたもの。布は糸を編んだもの。糸は繊維をより合わせたもの。汚れってのは服に付くんじゃなく、繊維にこびりついている。籠を洗うって考えたらわかりやすいかな?」


 湯かき棒でアルの服を押し込み、穴の開いた蓋に持ち手を通して一斗缶に蓋をする。


「篭が泥で汚れたら勢いよい水で流すでしょ? アレと同じで要は布の中を水を通す。そうすれば汚れは落ちていく。他にも篭を押して変形させて落とすように、布も曲げたりねじったりして繊維の間に水を流し込んで汚れを剥離させる」


 一斗缶に足をかけ湯かき棒を上下に動かす。かなり力がいるが十回ほどの上下運動で水がかなり濁っている。上手くすれば四・五回水を取り替えれると、かなり綺麗になるのではないだろうか? 

 

 思ったより力がいるし疲れるが、たまにラーメン屋に置いてあるニンニク潰しの道具のようにテコの原理を使えば樽とかでも出来そうだ。


「スッゴイね! シュー君一斗缶じゃなくって、桶とかでも大丈夫?」


「いえ。おそらくですけど、中でかなりの水が動いたからこれほど落ちたのでしょうね。桶だと水が逃げてしまってここまではいかないと思います」


 服を汚して叱られていたセリーだったが、新しいおもちゃを手に入れて遊んでいる。おそらくこの遊びは長く続かないと思っているのは修二のほかに妖狐のケイだった。


「シュージ殿。このやり方をそのまま使っていいだろうか? もちろん対価は払う」


 やけに深刻そうな声が聞こえたと思ったら、力を入れすぎて蓋を変形させたアルを怒るセリーを真剣に見つめるエルフの男がいた。男でエルフが洗濯についてあまりにも真剣だったため違和感が半端なかった。


「森の中で育ったエルフは自然と狩りに必要な技術を覚えていくんだが、町で育った者は生きていくのが難しい。下働きをして辛うじて生きていく子供が多いく、先に進むことができないでいる。これを使えば余裕ができる」


「これ位別にいいですけど、子供だったら一人で出来るように改造しないと……」


 普段着を一度でも手洗いした人は解るだろうが、一着洗うにのに十分位あっという間に過ぎ去る。下働きなのだから一人で十人分とかもあるのだろう。確かにそんな状態ならスキルアップなんて言ってられないのだろう。


「いや、二人か三人か集まればその分まとめて出来る。変にいじるより仕組みもシンプルなのがいい」


 どうも洗濯は一人でするものだと固定概念があったせいか協力してやろうとは思わなかった。湯かき棒に十字取っ手をつけて四人でやれば確かにできそうだ。


「それにしても、ここでは本当に洗濯をしていないのか?」


「宿の人に頼んでいた」

「同じく」

「あの、使用人が……」

「弟子がやっていたな」


 ほとんどの人が前に作った自然が動力の水がぐるぐる回る洗濯機を便利だと思わなかったのは、ここにいるメンバーは手洗いの辛さを知らない。又は忘れてしまった上に、ここに来てからスイッチ一つで終わるので、気にしなくなっていた。

 ただ、そのことに気を悪くした人が「男の方はともかく、基本を知らなくて応用は出来ません」と、使命感に燃えていた。


 自然式全自動洗濯装置は里芋を洗うとき木の凸凹がひげを落として大変便利なのだ。今回も調理用と化した洗い機を使いたくないがために新たな方法を示した。


「あちらはケイ殿に任せる方がいい。それでシュージ殿はこれだけの知識と発想を持っているのにタリスマンを欲しがる? しかも効果が低いものを大量にだ。詐欺の片棒を担ぎたくないのでな」


 日本での情報化社会の危険性と、まじないに対する認知度を説明するのに一晩かかった。誰でも学べる学問の知識と、素質が必要な才能の魔法は比べるべきではない。



 ちなみに手回しドラム型洗濯機はしっかり作れば使えるが、少しでも手抜きをすると不良品になってしまう事がわかった。





お久しぶりです。

すみません。予想外のことが起きてちょっと忙しかったのです。

手動ドラム式洗濯機は回転軸と支持がしっかり作らないとダメですね。

市販の自転車だと簡単に思えるものも、かなりしっかりした作りだと実感しました。


これからも不定期になりますがよろしくお願いします。

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